環境変化を読み取り、即応する仕組みとは──市場変化に対応するためのアダプティブ・マネジメント次世代ソリューションPLMとは(2)

モノがあふれている現在、多様化する顧客ニーズをつかんで売れる商品をつくるのは難しい。苦労してつくった製品も、その「旬」の時期は年々短くなってきている。製品のライフサイクルにかかわるコストを抑えながら品質を保持し、市場が求める製品を最適なタイミングで投入する仕組み作りが必要だ。そこで注目されているのがPLMによる「アダプティブ・マネジメント」だ。今回はアダプティブ・マネジメントのコンセプトを中心に解説する

» 2003年05月24日 12時00分 公開
[久次 昌彦,@IT]

ビジネス環境への柔軟な対処が必須

 従来の企業戦略では、財務体質の強化や生産効率の向上を主眼に置いた強靭な企業体質を作ることが優先されてきました。さまざまな顧客ニーズや経済環境の変化に耐えられる体力をつけるためです。 しかし、市場環境が急激に変化している今日、それぞれのシチュエーションに合わせて企業戦略を練るのでは遅過ぎます。

 市場環境は刻々と変化しています。やっと自社の仕組みが変わったときには、すでに市場は想定していた状況とは異なっていた??ということがしばしばあります。また年度ごとに実施される強化策は市場の変化に追いつけず市場ニーズに合わなくなった途端、古臭いレガシープロセスとして君臨することになり、これが将来のプロセス改善を妨げるというケースもあちこちで散見されます。

 顧客ニーズは絶えず変化するため、予測は不可能です。しかしかすかな兆候を感じ取り、すばやく対応することは可能です。そこで今日、環境の変化をいち早く感知し、柔軟に適応するための「アダプティブ・マネジメント(Adaptive Management=市場環境に適応した経営戦略・製品戦略)」が必要になってきています。

なぜAdaptiveManagementが必要なのか

ライフサイクルにわたって収益とコストを管理する

 現在、し好の多様化により、企業は「多品種少量生産」を余儀なくされています。さらに製品の新鮮さをアピールできる期間も短くなっています。こうした多品種少量生産・ライフサイクルの短期化にもかかわらず、消費者側は従来以上の品質を維持することを求めています。

 下図のように製品ライフサイクルの視点で収益性を考えた場合、製品に対する投資が回収できる期間は、製品がマーケットに投入されている時期しかありません。当該製品に掛かる投資コストは、生産・販売時点はもとより、製品が廃棄されるまでの期間や製品が開発される期間も含めて考える必要があります。しかし現在では、ライフサイクルの短縮化により投資回収期間が短くなり、製品に掛けたコストを回収できなくなるケースが発生しています。

ALT グラフ1 製品ライフサイクルとコストの関係

 このような状況下での製品戦略として、“right product to market”、“at the right time”、“at the right cost”がますます重要になってきます。量産段階だけのコスト管理ではなく、製品単位にサービス段階や設計段階のコストも把握して、製品の投入時期や廃棄時期までをもコントロールしなければ、競争に勝ち残っていくことが難しくなってきたのです。

ライフサイクル戦略

 製品のライフサイクルを通して見てみると、成長期と衰退期を繰り返していることが分かります。 製品の成長期には増産し、衰退期には減産するのが望ましいのは、誰にでも理解できます。一見常識的なことなのですが、この成長期と衰退期の把握は非常に困難です。

 その理由の1つに、製品データ管理と会計システムの分離が挙げられます。現在一般的には、製品構成データを管理しているシステムは、必要に応じて基幹の会計システムから必要な情報を取り込んできて利用しています。つまり情報が統合管理されていないのです。このため製品ライフサイクルを通して「利益」と「コスト」を把握することが非常に難しい環境になっています。

 一方、会計システムのデータの評価も、基本は制度会計に由来する会計期間を基準とした仕組みになっているため、製品ライフサイクルにおけるROIが把握できず、数値的な観点での成長期と衰退期を把握することが難しい状況です。

ALT グラフ2 製品ライフサイクルの成長期と衰退期

 プロダクト・ライフサイクルの成長期と衰退期を把握しない(できない)と、どうなるのでしょうか?

 通常、製品は複数の製品群から成り立っており、それぞれの成長期と衰退期がグラフ2のように幾重にもなった波形に表現できるでしょう。この波が相互に補完していればよいのですが、ライフサイクルをコントロールしないと、グラフにあるような“製品ライフサイクル”の谷が発生してしまいます。

 このようなシチュエーションでは、いかに販売促進に力を入れようが流通を効率化しようが効果はありません。唯一の対策は、次期製品の市場投入時期をコントロールして、この谷を埋める製品をリリースするしかありません。

 昨今のライフサイクルの短期化により、このような“製品ライフサイクルの谷”が頻繁に発生するようになってきているのです。

サービス業務のビジネスモデル

 1990年代のアメリカは未曾有の繁栄の時期でした。ITやソフト産業を中心に企業は大きく成長しました。しかし、従来からの製造業の利益の伸びはかろうじてプラスという程度でした。そこで、一部の製造業では製品のライフサイクルという視点で自社製品のROIを分析した結果、川上の事業より川下の事業の方が利益率が良いことに気が付きました。

ALT 図1 製品ライフサイクルでROIを分析

 例えば自動車1台に掛ける出費を、自動車のライフサイクルで見た場合、自動車そのもの購入費は全ライフサイクルの20%にしかならず、残りの80%はガソリンや保険、整備、ローンなどサービスビジネスに費やされていることが分かりました。さらに、こうしたサービス分野では大規模な設備投資が必要ないため、長期にわたり安定した収入を得ながら40?60%の利益率を確保できることも分かりました。

 このことにより、現在製造業では川下事業のビジネスモデル化を模索しています。また、製品ライフサイクルの短期化により、製品の廃棄タイミングを判断できる仕組みが必要となってきています。

アダプティブ・マネジメントとは

 このような市場変化が激しい環境に対応するためには、

  1. 製品ライフサイクルの成長期・衰退期を踏まえた適切なタイミングでの製品投入
  2. 製品ライフサイクルにわたる損益分岐点を把握し、適切なタイミングでの製品の廃棄
  3. 市場環境に柔軟に変化できるビジネスプロセスとそれにこたえる安定した統合システム

を実現する「アダプティブ・マネジメント」が必要になってきます。

 アダプティブ・マネジメント(市場環境に適応した経営戦略・製品戦略)とは具体的にはどのようなことを指しているのでしょうか? アダプティブ・マネジメントに近いモデルで、現在一般的になっているビジネスモデルとして、「セル生産」と「CMM(Capability Maturity Model=能力成熟度モデル)」があります。セル生産は、従来の長いラインを廃止し、作業者を多能工化することにより、需給状況に応じて製品を効率的に生産する方法です。またCMMとは、ソフトウェアの品質と生産性を客観的に評価するモデルです。

 この2つのモデルに共通することは、

  • 不安定な顧客ニーズや開発スキルに対し、
  • 柔軟な「人のプロセス」と、それを支える確固たる手順

でもって構成されていることです。これは、ビジネスの視点が「製品」でなく、「プロセス」と「組織やシステム」に戦略がシフトしていることを表します。

 アダプティブ・マネジメントは、これを製品戦略やマネジメント戦略に適用した考え方で、

  • 「吸収すべき変化」と、「自ら起こす変化」を判断し、
  • 通常の会計期間と製品のライフサイクルを通したファイナンス戦略を
  • 変化に柔軟な組織/プロセスとそれを支える安定した基盤・システム

で実現するビジネスモデルです。

「吸収すべき変化」と「自ら起こす変化」

 アダプティブ・マネジメントを実現するうえで一番重要なことは、環境の変化が自社・製品にとって「ノイズ」なのか「チャンス」なのかを判断することです。

 環境の変化はさまざまですが、絶えず変化している市場環境において、その変化要因すべてに“対応”すべきではありません。自社の経営や製品に必要のないことは、無視するか従来の仕組みの中で吸収するかして、これまで手順を通した方が都合が良い場合もあります。このような変化は「ノイズ」としてとらえて無視するか、あるいは多少なりとも対応できるよう自社の柔軟性や製品の市場競争力を強化するといった策を取る必要があるでしょう。

 さて、このように「ノイズ」の混じった市場の変化の中からビジネスの芽をどのように拾い上げるべきでしょうか? ビジネスチャンスは案件の金額で判断するのでしょうか? それとも企業規模によって判断すべきでしょうか?

 ビジネスチャンスはほとんどの場合、非常にささいな現象から発生します。例えば、ある特定の顧客のみに、定例業務にないイレギュラー作業で対応していたところ、気が付いたら通常の業務より仕事量が多くなり、イレギュラー処理が日常の業務になっていた──といった例があります。また、自社製品の情報を載せたWebサイトに、他社製品の情報も同様に載せた結果、売り上げは変わらなかったけれどWebサイトへのアクセスが増え認知度が上がり、かつ競合製品を選んだ顧客のし好も把握できたため、次期新製品には顧客ニーズに合った製品を開発できたといった例もあります。

 このように重要な変化は、既存顧客以外の兆候を見ることで把握できます。重要な変化=チャンスには、たとえイレギュラーの処理であっても、自ら変化を受け入れ柔軟に対応する必要があります。

会計期間と製品のライフサイクルを通したファイナンス戦略

 企業活動を客観的な数値で把握するためにも、1会計期間に作成される損益計算書や貸借対照表、キャッシュフロー計算書などは重要な情報の1つです。これらの数値は正確かつ確実に集計されなければ意味がありません。

 しかし会計情報は、人間で言うところの定期健康診断でしかなく、「いま、あなたの状態はこうなっています」ということが分かるだけです。定期的な健康診断も確かに重要ですが、これは「いつ事故や事件に遭遇するか」までは教えてくれません。事故や事件だけでなく、人生におけるチャンスに対してうまく対応するためには、自分の体の状態だけを把握するのではなく、周りの環境に対して情報を収集・吸収することが必要です。

 アダプティブ・マネジメントのキーワードの2点目は、会計システムからの売り上げや原価の把握だけでなく、「製品別に、会計期間を越えたライフサイクルの視点でROIを把握し、環境の変化を見えるようにすること」です。そのためには、会計システムだけでクローズするのではなく、製品管理システムで管理されている製品構成や製品情報と、会計の数値情報を関連付けて管理していく必要があります。

 例えば第1四半期の売り上げが未達成のとき、会計システムと製品管理システムが分かれていると、原因を探るためにさまざまなリソースから情報を取り寄せて検討することになりますが、決まって下記のようなことが起こります。

  • 販売状況の詳細をリアルタイムに把握できないので対応が遅れてしまう
  • お客さまセンターに寄せられるクレームに対して十分な対応ができない
  • 製品データと原価試算データが連携していないため、試作品完了後になって初めて原価に合わないことが分かり仕様を変更する。度重なる変更で、どのバージョンの話をしているのか、仕入れ先と混乱する
  • 販売状況が伝達されるまでのタイムラグが大きく、生産計画の反映が遅れてしまう

 不況で売り上げが伸び悩む中、購買業務の改善や効率化を推進し、企業内コストを削減することで収益力の強化を追求しなければなりません。しかし、膨大な量の購買申請や突発的な発注、条件を満たす仕入先の選定などが、効率化を図るうえで購買部門の大きな課題になっています。

 こうした事例は日常よく起こっていることですが、この原因を追究した場合「“by Nameで”誰それが悪い」といった、業務プロセスの不備が通常指摘されます。不思議なことにITシステムはあまり悪者にはなりません。しかし、上記のような状況は、会計システムと製品管理システムが統合されていないシステムにも一因があるといえます。

変化に柔軟な組織/プロセスとそれを支える安定した基盤

 日々の業務をこなしている現場の人間で構築されたビジネスプロセスは、非常に柔軟で変更も容易です。これをITで代替すると、変更があった場合の対応が非常に困難なことは容易に想像できます。しかし、個人が好き勝手に自分のしやすいように業務を実施していては企業活動は成り立ちません。企業活動を成り立たせるためには、上層から下層まで統制された指示が一貫して保証される組織が必要です。

 アダプティブ・マネジメントでは、一見相反する組織活動を実現しようとしています。指示・命令系統を間違いなく一貫して組織中に伝えるためには、ITの利用が最適です。また組織のメンバーには、ビジネスプロセスを市場環境に適応させるために、定められた役割の中で柔軟性を確保しなければなりません。つまり、現場に権限委譲した組織で業務を運営しつつ、当該組織のメンバーに対しては、正確かつ迅速に首尾一貫した情報を提供するITインフラを用意する必要があります。

 しかし、通常このITインフラの構築がボトルネックになります。膨大なプログラム開発がクリティカルパスになったり、さまざまなシステムを連携することにより情報の流れが制限されたりしがちです。情報はリアルタイムで伝達されなくてはなりません。1日や1週間、半年や1年たたないと情報が取り出せないということでは、情報が行き渡った時点では市場環境が変化しており、もはやその情報の価値がないということも考えれます。

 ただし、ITをビジネスプロセスの変更に対応させるため、膨大な期間とコストを掛けてはなりません。プログラム開発でなく、チューニングによって“変更に耐えることのできる”ITインフラが必要なのです。

Master of Game(ゲームの達人)

 「成功している企業がより強くなる」という知識集約産業の収穫逓増モデルに対して、経済学者ブライアン・アーサーは次のようにギャンブルに例えて説明しています。

 「あなたがいま、賭け金の高い新しいゲーム、すなわち、デジタル通信に参入したいと考えているとしよう。最初の賭け金は数十億ドルだ。たとえ勝負の相手が分からなくても、あなたはゲームを始める。

 すべてのプレイヤーが参加するまでルールは確立せず、またゲームの途中で変わる可能性もある。しかもどんな技術が開発され得るか、政府がゲームを規制する意思決定をどのように下すかという情報はない。かといって、情報を手にするまで様子見を決め込むこともできない。なぜなら最初からゲームに参加していた者だけが、勝利に向けた適切な手を打てるからである。

 つまり、参加しながら出来事の意味を知ろうと試み、それに応じて行動して賭ける。しかも、他のプレイヤーの行動と意味を知ろうとする努力が、ゲームの進行方向に影響を与える」


 このたとえは、知識集約産業の置かれている環境をうまく表現しています。このゲームの勝者になるためには、従来の企業が目指したAgility(俊敏な)な経営戦略でなく、Adaptive(順応した)な経営戦略の仕組みを構築する必要があります。

著者紹介

久次 昌彦(ひさつぐ まさひこ)

SAPジャパン株式会社 プロフェッショナルサービス事業部 PLMコンサルティング部 部長

1990年代初頭よりPDMのシステム構築に従事し、システム構築と同時に設計分野におけるコンサルティングを実施。主に自動車、ハイテク、重工といった製造業における設計情報管理のコンサルティングおよびシステムを構築。2001年よりPLMの領域に活動を広げ、SAPにおける複数のPLMプロジェクトにてコンサルタントとして活躍

e-mail:masahiko.hisatsugu@sap.com


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