歴史から学ぶ技術論

川俣 晶
2001/02/14

 自分はただの技術者で、歴史なんて興味はない、という方はちょっと待っていただきたい。時代遅れの昔の技術を学んでも、今の時代には役に立たないから無意味だと思う人もいるだろうが、技術に取り組む人間の問題に関してはそうでもない。人間という存在が何千年も変わらず続いている以上、技術に向き合ったときに人間がやることも、それほど大きく変わっているわけではない。だからこそ、歴史から有意義な教訓を読みとることができるのである。

技術史からみる戦争と兵器

 特に技術史で注目したいのは戦争と兵器である。もちろん、戦争の技術を学べとか、兵器の開発こそ技術者のロマンなどと言う気はない。だが、技術史において、特に戦争と兵器に関して注目する理由がある。それは、戦争と兵器に関しては、その性質上、民間企業では採算に合わずにチャレンジされないテーマや、あまりに大胆すぎて予算が付かないようなテーマであっても、それが実行されるという点である。つまり、平和な時代を生きている我々には試せないような大胆な試みが、実際に行われ、結果が出ていると言う点で、特筆すべきなのである。

 しかし、過去の戦争や兵器の記録から、現在でも通用するような技術的な教訓が出てくるものなのだろうか。これが意外と出てくるのである。例えば、三野正洋氏の書かれた本に『日本軍小失敗の研究』、『続・日本軍小失敗の研究』、『ドイツ軍小失敗の研究』という本がある。(検索してみたら、ほかに『連合軍の小失敗の研究』というのも出ていたようだがこれは筆者は読んでいない)。筆者はハードカバーで持っているが、現在文庫本としても入手できる。これらの小失敗の研究シリーズは、戦争を始めてしまったという政治レベルの大失敗ではなく、現場レベルの組織や技術の失敗を研究しよう、という趣旨のものである。そのため、この本の主人公は、政治家ではなく、軍人と技術者である。軍人が扱う戦略、戦術面の問題も話題として出てくるが、ここで注目したいのは、技術面での失敗の研究である。

木製飛行機の開発

 『続・日本軍小失敗の研究』には、木製飛行機の開発に関する話題が掲載されている。太平洋戦争が開始された時点で、日本の陸海軍が所有していた第1線機の多くは、軽量な金属素材の一種であるジュラルミンで作られていた。しかし、戦争中に原料の入手難に遭遇した結果、国内にも豊富にある木を使った軍用機を開発することが行われた。しかし、最前線で戦えるだけの航空機を迅速に開発することはできず、結局、木製の日本軍機が活躍する場面は見られなかった。

 では、木材で軍用機を作るということがナンセンスかというと、そうではない。イギリスでは、エンジン以外のほとんどを木材で作られたモスキートという機種がある。しかも、ただ試作しただけでなく、大量生産しているのだ。木材だから性能が低いと言うわけではなく、戦闘、爆撃、偵察をこなす高速機という位置づけであり、ドイツ空襲などで大活躍したという実績もある。

 この差はいったいどこからくるのか。『続・日本軍小失敗の研究』が指摘するのは、基礎研究の差である。木製機と言っても、単に木を削って飛行機の形にするわけではない。薬品を使って強度や工作性を高め、加工にも専門の技術が必要とされる。そのような技術に関して、イギリスでは戦前から基礎研究を進めており、それが結実したのがモスキートと言うわけである。それに対して、日本はどうかというと、終戦の年である昭和20年の1年前の昭和19年に、木製機の開発に本格的に着手したが、それでは遅すぎたと言うわけである。

教訓は何か

 日本は島国なのだから戦争をすれば原材料が入手できなくなる可能性もあるのは当然のことだ。いざというときに、日本列島のなかにあるものを使って、生産を継続できるようにすることは、けして無駄なことではない。素人が考えても、その程度のことは分かる。だが、現実には、日本の軍用機の専門家達は、そのように考えなかったのである。その背景には、あまりに急速すぎる日本航空機産業の進歩があると言えるだろう。太平洋戦争開戦時、日本海軍は世界に誇れる水準の最先端航空機を取りそろえていた。それは、日本航空機産業の1つの輝かしい勝利と言えるものであった。そこまではよい。問題は、その勝利に酔ってしまい、他の可能性に対する意識を閉ざしてしまったことだろう。つまり、次世代の航空機開発は、過去の成功例の延長線上にしか考えられなくなってしまったのだ。異なる発想、異なる方法論による解決は、誰も取りあげなくなってしまったと言ってよい。

 このような、一度成功すると、その成功法則に縛られてしまうという状況はけして昔話ではない。状況が変化して過去の成功法則が適用できなくなっても、成功法則を捨てることができず、没落した事例は珍しくない。例えば、MS-DOS時代の有力ブランドが、Windows時代に入って没落してしまったり、多くの利用者を抱えたパソコン通信ホストが時代の変化に対応できずに消えていったり……。

 しかも、まだまだこれからも、この種の変化が次々と訪れそうである。とりあえず、インターネット産業に今到来しつつある次の波は、「ソフトを売る」時代から、「サービスを売る」時代への変化である。「ソフトなんかタダで配ればよい、それでも、がっぽり儲ける」という時代がくるかもしれない。実際に、現在マイクロソフトが提唱している.NET構想のなかでは、ソフトよりもサービスが中心に位置づけられている。この波が我々利用者にまで及ぶのは時間の問題であろう。

 このような次々訪れる変化に対応するにはどうすればよいのか。答えは上記のエピソードのなかにある。普段から基礎研究を怠らないことである。もちろん、学術的な研究をせよと言うことではない。幅広いニュースに接し、世のなかの動向を知ることが必要ということだ。どんな変化も突然襲ってくることはない。幅広い情報に接していれば必ず予兆が見えるので、冷静に対処する余裕が得られるのである。End of Article


川俣 晶(かわまた あきら)
 株式会社ピーデー 代表取締役、日本XMLユーザーグループ代表、INSTAC XML SWG 委員。1964年東京生まれ。東京農工大化学工学科卒。学生時代はENIXと契約して、ドラゴンクエスト2のMSXへの移植などの仕事を行う。卒業後はマイクロソフト株式会社に入社、Microsoft Windows 2.1〜3.0の日本語化に従事。退職後に株式会社ピーデーの代表取締役に就任し、ソフトウェア開発業を始めるとともに、パソコン雑誌などに技術解説などを執筆。Windows NT、Linux、FreeBSD、Java、XML、C#などの先進性をいち早く見抜き、率先して取り組んできている。代表的な著書は『パソコンにおける日本語処理/文字コードハンドブック』(技術評論社)。最近の代表作ソフトは、携帯用ゲーム機WonderSwanの一般向け開発キットであるWonderWitch用のプログラム言語『ワンべぇ』(小型BASICインタプリタ)。

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