ITプロだからお勧めしたい「この本」

Advanced IT School
学長 川俣 晶
2001/05/15

お勧め(カモしれない)本

 このほど筆者は、自分のサイトに「推薦(カモしれない)図書」というコーナーを新設した。最近、立て続けに、読むに値する本に遭遇して、それを私からのお薦めの本としてまとめる必要があるのではないかと思ったためだ。自分のサイトでは普通の読者向けの紹介になっているが、ここでは特に、IT業界関連の人たちにとって分かりやすい言葉で語り直してみたいと思う。

『ふわふわの泉』 野尻抱介

 立方晶窒化炭素という物質を偶然に生成してしまった化学マニアの女子高生が、それを売って大金持ちになるという小説である。ジャンルとして分類するなら、ハードSFと呼ばれるべきものだろうか。つまり、科学的なバックグラウンドのあるフィクションである。確かに、そのような物質は今のところ実在しないが、物語は化学的、物理的な現実をベースに展開されている。そのため、純粋なファンタジー小説などと違って、「もしかしたら本当に起こりえるのでは?」という小さな希望を抱きつつ読める点がよいのである。

 さて、タイトルの「ふわふわ」とは立方晶窒化炭素に名付けられた名前である。空気よりも軽い微粒子状の物質であることから、そう呼ばれるようになった。後半の「の泉」は、アーサー・C・クラークの「楽園の泉」の「の泉」である。「楽園の泉」は、安価に宇宙に行けるようになる軌道エレベータと呼ばれる巨大な建造物を建設する物語なのだが、「ふわふわの泉」は軌道エレベータとは違う別の巨大建造物を「ふわふわ」を用いて建設することになる。詳細は読んでからのお楽しみ、と言うことでここでは触れない。

 ここで重要なことは、IT業界の関係者に、なぜこの本を薦めるかである。それは、一介の化学マニアの女子高生が、偶然によって得たノウハウによって、大金持ちにのしあがり、そして、社会の在り方すら変化させてしまうというストーリーそのものが、IT業界ではずっと高確率で実現し得るからである。ちょっとしたアイデアで起業して大金持ちになり、さらには、社会の在り方にすら影響力を行使するという状況は、化学の世界ではそうそう起こらないかもしれない。しかし、IT業界では、高頻度で起こっても不思議ではないのである。そのため野心ある若者は、このような夢多い本を読んで、未来を心に描くべきだろう。
(『ふわふわの泉』  野尻抱介 著/エンターブレイン 発行  ISBN4-7577-0405-4 出版社の紹介ページ


『ふわふわの泉』

『ベルリン1945ラストブリッツ』 梅本弘

 第2次大戦、ベルリンが戦場になったときに、そこにいた外交官の息子の日本人少年が何を体験し、何を見たのかを描いた小説である。綿密な調査の上で書かれた作品であり、リアリティが秀逸である。架空の歴史を空想するいわゆる架空戦記ではない。

 この小説の何がよいのかというと、強さを喧伝する戦場の英雄の話でもなく、かといって、戦争の悲惨さだけを強調した反戦のための反戦小説でもく、淡々と事実に即した描写が続くことである。ここで主役なのは、戦争ではなく人間である。首都に他国の軍隊が迫ってきたという非常時にあって、人間たちはその状況に対して、粘り強くどう対処したのか、ということを描写した作品である。

 事実、修羅場を経験するのは戦争だけではない。ソフト開発の現場でも、締め切り間際の修羅場という状況がしばしば出現する。絶対に守れるはずがない納期を前に、それでも必死に戦い続けるプログラマ、という状況は珍しいものではない。そのような状況に、人はどう対処すべきか、と言うことを考える題材になる本の1つ、と言えるだろう。

 特筆すべき点を1つだけ書くなら、ドイツ軍は、首都が戦場になるという非常事態においても、食料を兵士に供給するシステムを持ち、戦車の修理工場もぎりぎりまで稼働していたという事実である。これが旧日本軍なら、飢えを耐え忍び、装備の補充もままならぬ状況で戦わされたところであろう。この差について考えることは、修羅場を乗り切らねばならない者にも、有益な教訓になるのではないか?

 ちなみにこの本は、「となりのトトロ」で有名なアニメーション監督「宮崎駿」氏の推薦文が付いているのだが、それにもかかわらず、売れ行きは芳しくないようである。無敵の戦艦大和がバッタバッタと世界中の戦艦に勝ちまくる、と言うような荒唐無稽な小説の方が売れ行きがよいらしい。しかし、埋もれてしまうには惜しい本なので、あえて紹介したいと思うのである。
(『ベルリン1945ラストブリッツ』  梅本弘 著/学研 発行  ISBN4-05-401387-2)


『ベルリン1945ラストブリッツ』

『「わからない」という方法』 橋本治

 この本は小説ではない。「わからない」という状況は恥ずかしいことではなく、「わかった」に至るための出発点であるということを書いた本である。一見、当たり前のことを言っているようにも思えるが、現実には、「わからないことがあるのは恥ずかしいこと」という人は多い。また、一度「わかった」に到達すると、別の「わかった」に行くために「わからない」という立場に戻って再出発したがらない人も多い。だが、あらゆることが「わかり」続けるような便利な状況があるわけがない。つまり、「わからない」を認めないと言うことは、袋小路に行き詰まると言うことである。

 この本は、特にXMLの背景の思想を理解したい人にお勧めである。なぜなら、XMLは「わからない」を積極的な価値として認めた言語だからだ。何もかも分かるような便利な状況というのは、現実世界ではあり得ないことである。そのあり得ないことを前提にして消えていった多くの技術がある。XMLの元になった技術であるSGMLは、その好例と言える。SGMLでは、最初から(ある言語が対象とする)あらゆる文書の構造がすべて分かっているという前提に立たねば文書作成ができない。だが、そのような状況は、空想上の理想郷でしか実現できないものであり、現実の多くのSGML利用の試みが挫折した。その反省の上にXMLは生まれてきたのである。XMLは、最初からすべての文書構造が分かっていなくても文書を書くことができ、利用できる。XML文書を処理するアプリケーション・プログラムは、理解可能なボキャブラリだけ処理し、知らないボキャブラリは無視するように作ることができる。

 このような、「わからない」ことを積極的に認める立場は、けしてXMLだけの独自のものではない。社会そのものが、20世紀的な価値観から21世紀的な価値観に転換しつつある中で、21世紀的な価値観に即して登場したものがXMLと考えると分かりやすい。そのため、XML 1.0勧告のような文書でいちいち説明するようなことはなく、それだけ読んで理解できることではない。それゆえに、もっと一般的な立場から、「わからない」の価値を解説した本を読む価値があるのである。End of Article
(『「わからない」という方法』  橋本治 著/集英社 発行  ISBN4-08-720085-X  出版社の紹介ページ


『「わからない」という方法』


川俣 晶(かわまた あきら)
 株式会社ピーデー代表取締役、株式会社サンブリッジテックユー取締役 Advanced IT School学長、日本XMLユーザー・グループ代表、日本規格協会 次世代コンテンツの標準化に関する調査研究委員会 委員、日本規格協会XML関連標準化調査研究委員会 委員。1964年東京生まれ。東京農工大化学工学科卒。学生時代はENIXと契約して、ドラゴンクエスト2のMSXへの移植などの仕事を行う。卒業後はマイクロソフト株式会社に入社、Microsoft Windows 2.1〜3.0の日本語化に従事。退職後に株式会社ピーデーの代表取締役に就任し、ソフトウェア開発業を始めるとともに、パソコン雑誌などに技術解説などを執筆。Windows NT、Linux、FreeBSD、Java、XML、C#などの先進性をいち早く見抜き、率先して取り組んできている。代表的な著書は『パソコンにおける日本語処理/文字コードハンドブック』(技術評論社)。最近の代表作ソフトは、携帯用ゲーム機WonderSwanの一般向け開発キットであるWonderWitch用のプログラム言語『ワンべぇ』(小型BASICインタプリタ)。

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