成功は落とし穴

Advanced IT School
学長 川俣 晶
2001/07/14

Microsoft Train Simulatorの余波

 筆者は以前、仮想鉄道模型Vゲージというのを提唱したことがあるのだが、鉄道車両を3Dソフトでモデリングする段階で、資料不足で断念した経緯がある。しかし、新しく発売されるMicrosoft Train Simulatorは、シーナリー(地形や建物)や車両の自作が可能と言うことで、Vゲージメーリングリストを復活させた。しかし、数人の方々と意見交換を行った結果、予想もしない方向に話が進んでしまった。それについて今回は語ろう。

 まず、鉄道ソフトの歴史を簡単に振り返ってみよう。嘘か本当か、この業界には鉄道マニアが多いという説がある。米Microsoft副社長の古川享さんが鉄道マニアというのは有名だし、ゲームソフトで有名なハドソンは、国鉄最後の蒸気機関車C62の車軸配列(2-C-2つまり先輪2軸、動輪3軸、従輪2軸)の名前から取られたという話もある。それにもかかわらず、鉄道を題材にしたソフトは、飛行機や自動車に比べて、花開くのが遅かったと言える。おそらく最初にヒットしたのはアートディンクのA列車シリーズだろうが、これは模倣者をほとんど生まず、鉄道ソフトというジャンルを形成したとは言い難いものであった。本格的な鉄道ソフトの大ブレークは、ゲームセンターの電車でGO!の大ヒットと、パソコンゲームである音楽館の中央線201系トレインシミュレータの出現によって起こったと言えるだろう。この2つのゲームは、表現手段が3D CGと、実写映像という相違はあれど、鉄道車両を運転するというコンセプトは同じである。表示画面も、運転台から見た風景が表示されるという点で共通である。この2つのシリーズは対応路線や車両を増やす形で、発展を続けてきた。また、専用の運転コントローラなどの周辺機器にまで、影響力を及ぼしている。このブームの延長線上に、あのマイクロソフトまで、鉄道シミュレータ・ソフトを発売するという事態になったのである。

解放された願望

 さて、問題はMicrosoft Train Simulatorである。どうして、Microsoft Train Simulatorの出現が、これから語る出来事の契機になったのか。それは、Microsoft Train Simulatorが、同社のFlight Simulatorと同様に、自作データを受け入れる機能を持っていたためだ。車両やシーナリーを自作できるからこそ、もしかしたら、これまで不満があったいろいろなことが、自分でデータを作れば解決できるかもしれない、という夢を抱かせてくれたわけだ。ならば、どの程度カスタマイズできるのか。自分のやりたいことができるのか、と言うことが興味の焦点になる。つまり、今まではソフトが決めた機能しか使えなかったから黙っていたが、本当に欲しかったものは違う、という意見が次々と飛び出してくる事態になったのだ。

 例えば、最高のCPUと最高のビデオカードを要求してもよいから、徹底的にこだわって車両をモデリングしたいとか、自分で運転することよりもダイヤ(運行予定を記した線表)を作成して、ダイヤ通りに運行される列車を見る方が楽しい、という意見が出てきた。つまり、これまで鉄道ソフトは、運転手として鉄道車両を運転するリアリティの向上とバリエーションの拡大を目指してばく進してきたが、ふと立ち止まって本音を確認し合ってみると、実は真の願望は「車両の運転」にはなかったと言うことである。もちろん、鉄道マニアとして、運転シミュレータは興味深い存在である。触りたくもないという鉄道マニアはいないだろう。その意味で、運転シミュレータ・ソフトがヒットするのは、当然の成り行きだ。しかし、いちばんほしいのが運転シミュレータ・ソフトかと言われると、これは真ではないかもしれない。鉄道趣味は極めて多様である。

 これだけの願望を実現するプラットフォームとして、Microsoft Train Simulatorは十分ではないかもしれない。だが、本来鉄道趣味とは個人的なこだわりの世界である。他人よりこだわることが鉄道趣味の神髄と言ってもよい。また鉄道模型は常にクリエーションと一緒にある。たとえば、鉄道模型の完成品の車両を買ってきても、車両のマークや番号などは自分で選択して貼り付けることが多い。何もかもメーカーが決めて、ファンが自主性を発揮する余地を全く与えないようなことはない。そのような個性や創造性の発揮と表裏一体の鉄道(模型)趣味を背景に考えれば、カスタマイズ能力を積極的に提供しようとするMicrosoft Train Simulatorの姿勢は評価されるべきであろう。さすがは、Flight Simulatorの伝統長いMicrosoftである。

教訓として読みとるべきこと

 この出来事は、単なる鉄道マニアの問題として切り捨てることはできない。なぜなら、この問題は典型的な「成功は落とし穴」というパターンそのものだからだ。つまり、一度成功すると、成功した方法論が一人歩きしてしまい、本当のニーズを見失うという現象だ。おそらく、まったく別個に企画され、ほぼ同時期に出現した「電車でGO!」と「トレインシミュレータ」という2つのソフトがヒットした結果、運転シミュレータこそが売れるソフトであるという風潮が作られたのであろう。もちろん、運転シミュレータがゲームのなかでも人気ジャンルの1つであることは事実だろう。だが、人気ジャンルであるからと言って、そればかり提供していても、鉄道マニアの方が「飽き」を感じてしまうことは否めない。つまり、成功が失敗の引き金になりかねない状況なのである。

 このような「成功は落とし穴」というパターンは、他にいくらでも見られる。例えば、次世代携帯電話なども、現世代の携帯電話の成功法則に支配されているように見える。BSデジタル放送も、昭和30年代にテレビが最初に普及したときの成功体験を捨てきれないために、普及が頭打ちになっているような印象も受ける。大きなスケールで見れば、製造業によって日本は発展したという成功体験が、まだまだ日本国内を支配しているように見える。現在は、知的所有権や、付加価値などのソフト分野にこそ、利を得るポイントがあるので、ハード偏重の姿勢は有利な作戦とは言い難い。そして、過去の成功法則から脱却するのは待ったなしである。なぜなら、時代はソフト重視の時代から、更にサービス重視の時代に転換しつつあると言われているためである。1世代の遅れは取り戻せるが、2世代遅れたら、そう簡単には追いつけない恐れがある。

 成功法則はいつか失敗への道に変化する。過去は過去。今は今。目の前で本当に求められているものを、しっかりと見極める目を持とうではないか。End of Article


川俣 晶(かわまた あきら)
 株式会社ピーデー代表取締役、株式会社サンブリッジテックユー取締役 Advanced IT School学長、日本XMLユーザー・グループ代表、日本規格協会 次世代コンテンツの標準化に関する調査研究委員会 委員、日本規格協会XML関連標準化調査研究委員会 委員。1964年東京生まれ。東京農工大化学工学科卒。学生時代はENIXと契約して、ドラゴンクエスト2のMSXへの移植などの仕事を行う。卒業後はマイクロソフト株式会社に入社、Microsoft Windows 2.1〜3.0の日本語化に従事。退職後に株式会社ピーデーの代表取締役に就任し、ソフトウェア開発業を始めるとともに、パソコン雑誌などに技術解説などを執筆。Windows NT、Linux、FreeBSD、Java、XML、C#などの先進性をいち早く見抜き、率先して取り組んできている。代表的な著書は『パソコンにおける日本語処理/文字コードハンドブック』(技術評論社)。最近の代表作ソフトは、携帯用ゲーム機WonderSwanの一般向け開発キットであるWonderWitch用のプログラム言語『ワンべぇ』(小型BASICインタプリタ)。

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