第5章 エクスペリエンス・システム 〜顧客満足度を左右するエクスペリエンス〜eCRM実現のためのメソドロジー入門(5)(1/2 ページ)

» 2001年05月23日 12時00分 公開
[松尾順,@IT]

[1]優れたエクスペリエンス(経験)が顧客を満足させる

 今回は、“エクスペリエンス・システム”の解説です。この耳慣れない言葉である“エクスペリエンス・システム”とは何でしょうか。

 まずは前回までの内容を振り返ってみましょう。第3章の“マーケティング・システム”は、「非顧客(ノン・ユーザー)」を「見込み客」、すなわち、製品やサービスを購入する可能性のある人々に変換する仕組み・方法でした。次の第4章“セールス・システム”では、その「見込み客」が「購入客」に変換される仕組み・方法を説明しました。

 一般的なマーケティングやコミュニケーション理論の教科書では、たいていここまでの議論で終わっています。つまり、「どうやって自社製品を売るか」までなのです。これこそが「製品中心主義的な発想」であり、とても顧客中心主義とはいえず、「とにかく売ってしまえば勝ち、後は知らない」という印象を受けます。

 しかし、上記のような売り逃げ的な発想だけでは、eCRMの基本的なコンセプトである、顧客との長期にわたる関係づくりには不十分です。そこで、「エクスペリエンス・システム」の設計が必要になるのです。

エクスペリエンス・システムが提供するものとは

 エクスペリエンス・システムの機能は、「購入客」を「満足客」に変換する仕組み・方法です。具体的には、購入客に対し、実際に製品を利用してもらう際に、優れたエクスペリエンス(経験)を提供することがエクスペリエンス・システムの役割です。その結果として、満足した顧客、すなわち「満足客」が生み出されるということなのです。

 まず、エクスペリエンス・システムのホッパー図でこの仕組みをご確認ください(図1)。なお、ホッパー図の右側にある、「ステージング施策」「IT施策」については後ほどご説明します。

図1 エクスペリエンス・システムのホッパー図 図1 エクスペリエンス・システムのホッパー図

 ところで、「製品の利用を通じて……」ということだと、それはマーケティング(狭義の)やコミュニケーションの領域の問題ではなく、「製品開発」の問題ではないの?

と疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。確かにそのとおりです。だからこそ、これまで、マーケティングの教科書ではあまり触れられることがなかったのです。

 顧客が製品・サービスに求めるものはどんどん高度化しています。以前は「所有」するだけで満足していた時代がありました。その次の段階では、その製品が提供する機能を重視しました。あるいはその機能を利用することで得られる便益、つまりベネフィットが製品の良しあしを決める重要な尺度になりました。

 ところが、現在は製品自体が提供できる機能や便益だけでなく、その製品が持つイメージや開発企業のイメージ、付帯するサービスなどを含めた「トータルな利用経験」が、顧客満足度の高さを左右します。

 というのも、基本的に不足しているものなどないという満たされた現代社会を背景に、企業が製品の機能・便益レベルではほとんど差別化できないという競合状況に陥っているからです。従って、トータルな利用経験の優劣が成功のカギとなっているのです。そうなると、もはや企業の研究・開発セクションだけで対応できる問題ではなくなってしまうのです。

まつおっち先生の“ココがポイント”

商品の差別化が難しくなってきた現在では、顧客満足度を左右するのは、商品そのものだけでなく、商品を利用する際の経験の優劣が重要なポイントになっている


「経験価値」という概念

 このトータルな利用経験のことを「経験価値」と呼びます。これは、『経験経済』(流通科学大学出版、原題:Experience Economy)の著者である、B・J・パイン氏、J・H・ギルモア氏や、『経験価値マーケティング』(ダイヤモンド社、原題:Experiential

Marketing)の著者、バーンド・H・シュミット氏などが中心となって提唱している概念です。

 ここで、経験価値とは具体的にどのようなものなのかを「コーヒー」の例を用いて説明してみましょう。インスタントコーヒーやコーヒー豆をスーパーやコンビニで買ってきて、自宅で飲まれる方は多いと思います。この場合、コーヒー1杯はおおむね20〜30円程度でしょう。これが自宅でコーヒーを飲んだ場合の、コーヒー1杯が持つ“経験価値”の値段となります。

 では、外出中に、ちょっとした時間で気軽にコーヒーを飲みたくなったとき、どんなお店を選択しますか? おそらく、ドトールのような立ち飲み感覚の喫茶店でしょう。この場合、“経験価値”への対価として180円前後が支払われます。

 もっと洗練された雰囲気の中でコーヒーを楽しみたいときは、スターバックスのようなお店に行くのではないでしょうか。この場合は対価が300円前後となるでしょう。あるいは、仕事上の打ち合わせや、ゆっくり本でも読みながら時間をつぶすのが目的なら、従来の形式の喫茶店に入るのではないでしょうか。そうすると、対価はコーヒー1杯当たり500円程度となりますね。

 このように、私たちは、そのときの気分や目的に応じて、同じコーヒー1杯を飲むのでもいろんなお店を使い分けているわけですが、この使い分けの基準となっているのが、コーヒーそのものの味だけでなく、各店が持つブランド・イメージや店内の雰囲気、サービス内容などを総合的に勘案したトータルな経験なのです。それぞれのお店での経験に対して価値の違いを認めるからこそ、自宅で飲めば1杯数十円程度のコーヒーに対して、その数倍のお金を喜んで支払うわけですね。

まつおっち先生の“ココがポイント”

商品そのものの価値以外に、商品のブランド・イメージやそれが提供される際のサービス内容などのトータルな経験によっても、顧客が感じる価値は異なってくる。そうした経験による価値を「経験価値」として捉えるとよい


では、実際にこうした高い経験価値を提供し、

満足客を生み出すためのエクスペリエンス・システムは

どのように設計すればよいのでしょうか?

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