ナレッジマネジメントの落とし穴eマーケティングの現場から技術者向けの、eマーケティングTIPS(6)

» 2001年01月20日 12時00分 公開
[水島久光,株式会社 インフォシーク]

 テクノロジは、合理化を通じて生産性の向上に寄与することを生業としている。こうした(流通を含めた広義の)生産管理の場面では、そのプロセスにかかわるさまざまなものが合理化の対象とされてきた。

 合理化の歴史は、素材生産、加工といった工場内の場面から始まった。そしてついには工場を飛び出し、ロジスティックスから、流通チャネルまでのあらゆる“物理的な”要素を対象として繰り広げられてきたのだ。

 ナレッジマネジメントをこうした文脈の中でとらえてみると、ぞっとしないだろうか? ビジネスにかかわる物理的な要素を「合理化」し尽くしたあげく、知的生産分野までもその対象に巻きこもうとした動きだとしたならば……。

 確かに、ビジネスの成功要因は、物理的な生産分野だけにあるのではなく、それ以上に大きな要因が、一部の人間の「発想」や「知識」「経験」「判断」などに支えられていることにだれもが気付いてはいた。

 いままで、この知的生産分野を合理化の対象としなかったのは、ただ単に“できない”と思い込んでいたからである。なぜなら、こうしたものは、合理化の3条件ともいえる「平準化」「複製」「スピードのコントロール」が困難だからである。

 情報テクノロジの進展で、いままで特定の人にしか“できなかった”ことが、だれにでも“できる”ようになった……と、皆思ったことだろう。が、この1年を見ている限り、ナレッジマネジメントとは、いまのところ概念の域を出ていない。

 「ナレッジマネジメントが必要だ」という声をたくさん聞くには聞くのだが、鳴り物入りで導入されたテクノロジ、つまり「ナレッジマネジメント・ツール」がうまく稼働し、成功したというケース・スタディをあまり聞かない。これはなぜだろう。

 ナレッジマネジメントの成功事例としてよく取り上げられる企業の物語を見ると、そこでキー・ファクターとして働いているものは「テクノロジ」ではなく、システム導入以前の「企業文化」とか「制度」とか、社員の「ディシプリン(行動規範)」である場合が多い。ここに「知」の本質が表れている、といえるのではないか。

 “知識の共有”というナレッジマネジメントの一場面を切り取ってみよう。知識を共有するためにグループウェアとデータベースを導入したが、しばらくして様子を見ると、そこには何の情報もためられていないし、グループウェアのディスカッションルームも活用されていない……これは多くの人が経験しているシーンではないだろうか。

 こうした場合、往々にして起こっているのは、「知識(と、思われるもの)」を放りこんでおくことだけが制度化されてしまって、積極的に情報を仕入れにいくというモチベーションが形成されていないという状況だ。

 このような問題点の解決策としては、ナレッジマネジメントのためのテクノロジとしては極めてプリミティブではあるが、「活気のあるメーリングリスト(ML)」に学ぶ点が多いように思う。

 つまり“知識は交歓されている”のだ。「交換」ではなく「交歓」。つまり喜びを伴っているということだ。情報を披歴する人は、教えることができてうれしいし、情報を手に入れる人は「助かった」と思う……この関係がMLの活気を支えている。これは「知識」だけでなく「発想」「判断」という“知(ナレッジ)の3つの側面”すべてにいえることである。

 IBMが当初、製品導入のケース・スタディをWebに蓄積し、ほかの人がプレゼンテーションに活用したのはナレッジマネジメント技術としては極めて単純なものではある。が、そこには“披歴してうれしい”と“あって助かった”の交歓が成立し、“知”が結び合った好例だといえよう。

 “知識の共有”とは「これいいじゃん!」「Thank You!」といったインタラクションの産物である。ゆえに、物理的な生産要素と同様に扱おうとしたところで、マネジメントするのは難しい。

Profile

水島 久光(みずしま ひさみつ)

株式会社 インフォシーク 編成部長

mizu@infoseek.co.jp

1984年慶応義塾大学経済学部卒業後、旭通信社にて、ダイレクト・マーケティングを手がける。1996年にはインターネット広告レップ「デジタルアドバタイジングコンソーシアム」の設立に参加し、インターネット・マーケティングに関する多くのプロジェクトに携わる。そのうちの1つ、情報検索サービス「インフォシーク」の日本法人設立準備にあわせて旭通信社を1998年10月に退社し、「インフォシーク」を運営していたデジタルガレージに入社。1999年6月、インフォシークの設立後、現職に着任。現在、日本広告主協会傘下のWEB広告研究会広告調査部会幹事も務めている。日経BP社『ネット広告ソリューション』インプレス『企業ホームページハンドブック』(いずれも共著)。


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