米政府は2000年10月、外国人の技術者に適用される「H1-B」ビザの発給枠を今後3年間にわたり年間19万5000件に増やす方針を決定。このニュースは米国のハイテク業界を大きく沸かせることになった。株式市場が落ち込み、ドットコム企業のレイオフが連日のように報じられる中で、ハイテク企業の多くはいまだに慢性的な技術者不足に陥っており、この傾向は今後さらに強まるものと見られている。
ここでは、新しく決定されたH1-Bビザの発給方針の詳細、またドットコム企業のダウンサイジングと「ハイテク移民」の関係、インドや中国の頭脳流出に関する懸念などを中心に、米国のニューエコノミーを陰で支えるハイテク移民について探ってみる。
米上下両院は2000年10月、エンジニアやプログラマなど外国人技術者に適用される「H1-B」ビザの発給枠を、現行の7割増の年間19万5000件にするという法案「S.2045」を圧倒的多数で可決した。H1-Bビザは、有効期限が6年間の特殊技能者用ビザで、申請者の半数以上がエンジニアやプログラマなどの技術職。その多くがインド、中国、東欧諸国からの「ハイテク移民」である。
米国では、技術者不足からハイテク移民への依存度が年々高まっており、今年3月にはすでに今年度のビザ枠11万5000件が消化され、次年度へ持ち越されている。H1-Bビザ申請者は毎年増加の一途をたどる一方だが、この法案が通らなければ、2001年度のビザ発給件数は10万7500件、2002年度は6万5000件へと大幅に縮小される予定だった。
可決された法案は、オリン・ハッチ上院議員(共和党・ユタ州)とスペンサー・エイブラハム上院議員(共和党・ミシガン州)が発起人となり提出したものであり、ビザの発給件数を今後3年間にわたり年間19万5000件へと増やし、手数料は現行の500ドルのままで維持するというもの。また、非政府組織(NGO)や学術機関によるH1-Bビザ申請は、この発給枠からは除かれるので、企業にとってえさらにビザ枠が広がることになる。
さらに、米国永住権(グリーンカード)やそのほかのビザを申請して結果待ちのH1-Bビザ就労者は、米政府の発給手続き遅延によりビザが許可されていない場合に限り、6年間の期限が切れても国外退去の必要がない。ただし、雇用者は同じ仕事をする米国人よりもH1-Bビザの申請者を安く雇わないという証明をする必要がある。
ところで、連日のようにレイオフや倒産が報道されるドットコム企業のダウンサイジングの傾向を見ると、プログラマなどの技術者不足は緩和されているのではないだろうかと思われがちだが、実際はどうなのだろうか。
米の業界団体であるComputer Technology Industry Association(CompTIA)によると技術者不足は26万9000件、また、Association for Competitive Technology(ACT)によると技術者不足は何と60万件にも及ぶと推測されている。さらに、米IT企業協会(ITAA)は2001年には160万件の技術職が新たに生み出され、そのうち84万人の技術者が不足すると予測している。
そして、米労働省によると、シリコンバレーの失業率はわずか1.8%であり、実際にはハイテク就労者の需要は衰えるどころか高まる一方ということらしい。
例えば、Microsoftでは、世界中から年間10万件の履歴書が送られてくるにもかかわらず、社員の約1割に当たる3000人以上の技術者が不足しているという。H1-Bビザ取得社員が全体の約8%を占めている同社のビル・ゲイツ会長は、2000年6月に開催された技術サミット「Joint Economic Committee」で、米国のハイテク業界の成長を促進する最大の要因は「ビザの発給」だと述べ、Intelのアンディ・グローブ会長をはじめとする大手ハイテク企業の経営陣もこれに同意した。
つまり、こうした技術者不足の状態が続いているにもかかわらず、ビザの申請が遅れて発給枠からもれた外国人技術者の多くは次年度まで申請を持ち越さなければならず、下手をすると1年以上も米国へ入国できないという事態が起こっている。その結果、製品リリースが遅れて競争力に悪影響を及ぼすことがあり、ハイテク企業の多くが不満を募らせている。こうした損害は想像を絶するほど大きく、CompTIAでは技術者不足が米国経済にもたらす損害は年間で1000億ドルになると推測している。
そこで、この法案が成立することで、ビザの発給枠制限による弊害が緩和されれば、ハイテク企業の大部分は大きな利益を得ることになる。
慢性的な技術者不足には、IT業界の急成長もさることながら、米国人学生によるコンピュータサイエンスの人気のなさも大きな原因の1つになっている。米労働省は、2008年までに最も雇用数が伸びる職種はコンピュータ・エンジニアリング、コンピュータ・スペシャリスト、システム・アナリストと技術系で占められ、それぞれ108%、102%、94%の増加になると予測している。
しかしその一方で、業界団体American Electronics Association(AEA)の1999年の調査によると、1990〜1996年の間に米国で取得されたハイテク学位は5%ほど減少しており、減少傾向は今も続いているというのが現状だ。
米教育省の調査では、米国の1996年のエンジニアリング学士号取得者は6万2000人、コンピュータサイエンス学士号取得者は2万4000人にすぎず、しかも、1996年のハイテク分野における修士号取得者は32%、博士号取得者においては実に45%が外国人学生で占められているという。
こうした状況を打開して米国人技術者の養成に本腰を入れるべく、米政府は1998年、H1-Bビザを申請するすべての雇用者は、ビザ申請1件につき手数料500ドルを支払わなければならないという制度を定めた。こうして集められた手数料は、米国人向け技術トレーニング・プログラムの教育基金として使用される。
現在までに1億5370万ドルの手数料が集められており、労働省では2000年末までに8300万ドルを5000人の米国人の教育補助金として提供する計画である。そして、今後3年間で4億ドル近くの手数料が集められると予想されているが、これらは教育補助金として6万人の米国人学生への奨学金、また15万人の技術トレーニングに使われることになる。
ここでの問題点は、これらのトレーニング・プログラムが即戦力のある技術者を生み出せるかどうかである。ハイテク企業の多くは、たった6カ月のトレーニング・プログラムを受けた米国人とH1-Bビザ就労者とでは、その技術レベルは比較の対象にならないと、H1-Bビザ就労者を高く評価している。
H1-Bビザを申請する技術者は、その半数以上が博士号を取得しており、半数近くはインド出身者で占められている。インド政府によると、同国の大学はコンピュータサイエンス専攻の学生を年間6万7000人輩出しており、これはどこの国よりも多い数字だという。
ドットコム企業AskMe.comの共同設立者の1人、ラメシュ・パラメスワラン氏もインド出身だが、同社を設立する以前はMicrosoftでWebブラウザ「Internet Explorer」および「Windows 2000」のプログラム・マネージャを担当していた。同社のウォルター・コナー部長は「ラメシュはボンベイのインド工科大学(IIT)を卒業している。IITは米国のMITやハーバード大学よりもレベルが高いといわれており、ほとんどの米国のネット企業ではIIT出身者を採用している」と語る。
その結果、優秀な技術者が米国に集中することによって起こる諸外国の「頭脳流出」問題も大きくなっている。特にインドでは、国内のIT市場は38億ドル規模、就労者数も20万人程度と小規模であるため、よりよい条件を求めて優秀な技術者が海外に大量に流出するという事態を招いている。
大量に入国するハイテク移民に対して、米国人技術者の中には、彼らが低賃金で働くため、米国人技術者の仕事を奪ったり、全体的な給与の低下を招いたりすることになると批判する意見もある。確かにそうした意見は、ハイテク企業が、「H1-Bビザの発給枠を取り除く代わりに、ハイテク移民に対して最低4万ドルの年収を保証すること」という代替法案に激しく反対したという経過もあり、一概には否定できない。
しかし、カリフォルニア公益研究所の1999年の調査によると、ハイテク移民は米国人の仕事を奪うどころか、新たなビジネスを創出することで巨大な雇用機会を生み出しているという。同調査によると、シリコンバレーのハイテク企業の2割はハイテク移民によって設立されており、これらの企業では総計5万8000人の社員が働いており、総合売上は168億ドルに上るという。
現在、シリコンバレーで働く技術者の3分の1がハイテク移民であり、この傾向はさらに続くものと見込まれる。米国ではニューエコノミーにしても、またもや移民によって支えられているという現実が浮き彫りになった。
決定されたH1-Bビザの新方針 | |
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■ | ビザの発給件数を今後3年間にわたり年間19万5000件へと増やす |
■ | 非政府組織(NGO)や学術機関によるH1-Bビザ申請は別枠として扱い、発給枠外とする |
■ | 手数料は現行の500ドルを維持。集められる4億ドル近くの手数料は、6万人の米国人学生への奨学金、また15万人の技術トレーニング・プログラムに使われる |
■ | 6年間の滞在期間が過ぎても、ほかのビザを申請中のH1-Bビザ就労者は、米政府の発給手続き遅延によりビザが許可されていない場合に限り国外退去の必要はない |
カリフォルニア公益研究所の1999年の調査
http://www.ppic.org/publications/PPIC120/ppic120.press.html
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