米国の「SIPS」事情 〜 SIPS発展の過程と現状、今後の展望を探る 〜@米国IT事情(9)

» 2000年12月08日 12時00分 公開
[長野弘子,@IT]

 企業のWebサイトが単なる企業案内から、企業データベースとのシームレスな統合、電子商取引(EC)、それにかかわるセキュリティ管理や効果的な顧客サポートシステムを含んだ企業システムの中核を形成しつつある現在、企業の戦略コンサルティングからサイト構築サービスまでを包括的に提供する企業に注目が集まっている。marchFIRSTやiXLなどに代表されるこうした企業はWebコンサルティング企業とも呼ばれ、急成長を遂げている。

 日本でもネットイヤーやメンバーズに始まり、今年に入り電通とmarchFIRSTとの合弁会社が話題を呼び、「SIPS」(Strategic Internet Professional Services)という総称で呼ばれるようになった。ここでは、米国のSIPS発展の過程と現状、今後の展望を探る。

サイト開発から戦略コンサルティングへ

 米国では、企業のサイト開発を行うWebデザイン企業が1995年ごろから急速に増え、そのうちフロント・エンドのデザインだけではなく、ネット広告出稿などのマーケティング分野も同時に担当するようになった。さらに、企業のネット戦略にもかかわるようになり、企業のレガシーシステムとWebを統合するシステム・インテグレータなどの仕事も受けるワンストップ・ショップ的な役割を強めていった。

 これらの企業は一括してインタラクティブ・エージェンシーと呼ばれており、その草分け的存在がサンフランシスコに本社のあるOrganic Onlineである。1993年に設立された同社は、Webサーバの「Apache」を開発したことでも有名であり、現在、DaimlerChrysler、Tommy Hilfiger、Blockbusterを含めた250社以上のクライアントを抱えている。クライアントのネット戦略を確立する「iビジネス」、メディア・プランニングや広告購入を行う「メディア」、PRやマーケティングの「コミュニケーションズ」、eCRMやサプライチェーン管理の「ロジスティクス」などの多様なサービスを提供している。

 また、Organic Onlineの2年後にニューヨークで設立されたRazorfishは、早い時期から自らを総合Webコンサルティング企業として位置付けており、競合企業はWebデザイン企業ではなく、Andersen Consultingなどの大手コンサルティング企業だと主張している。MTVやRevlonなどをクライアントに持つ同社は、もともと洗練されたフロント・エンドのデザインで有名だったが、バックエンドおよびデータベース統合分野に強いI-Cubeを買収し、総合コンサルティング企業としての地位を固めていった。

 市場全体では、1998年ごろからSapientによるStudio Archetypeの買収、US WebとCKS Groupとの合併、XceedによるMercury Sevenの買収を含めた統合/淘汰が激化し、これらの企業の総称としてインタラクティブ・エージェンシーに代わり、「ネットコンサルタント」、「I-ビルダー」、「Webサービス企業」、「Webインテグレータ」、「戦略インターネット・サービス」などさまざまな呼称が使われるようになった。なお、US Web/CKSはその後、技術コンサルティング企業のWhittman-Hartにより買収され、現在はmarchFIRSTと社名変更している。

サービスの種類や形態が異なるSIPS

 SIPSは、例えば、RazorfishやRare Mediumではメディア・プランニングや広告購入サービスは提供しないなど、各社によりサービス提供の範囲には大きな違いがある。また、クライアントに対しての付加価値サービスなどで差別化を図る努力を行っている。

 T3 Mediaでは、クライアント企業がサイト開発の進行状況をリアルタイムで確認できるエクストラネットサービスを提供している。クライアント企業は、T3Mediaのエクストラネットに自社用のIDとパスワードを使ってログオンし、サイトの進行状況、メールのやりとり、提案されたコンセプトやデザインなどの過去の情報をすべて確認できる。これにより、企業のWebサイトのプロジェクト管理は非常に効率的になり、互いの意見を十分に反映した質の高いサイト開発が行えるようになる。

 また、Xceedは特に企業イントラネットの開発に強く、社内トレーニング、通信、営業スタッフの業績評価、賞品やストックオプション制度のシステム統合を行っている。同社のScott Mednick CEOは「ほとんどのWebコンサルティング企業がコンシューマの視点を中心とした外側からのWeb戦略を立てているのに対して、われわれはイントラネットを中心とした内側からの効果的なソリューションを提供している」と語る。

 また、主要事業であるWebコンサルティングとベンチャーキャピタル(VC)投資をうまく組み合わせた、ユニークな事業を展開している企業も存在する。AmazonやNew York Timesなどを手がけたRare Mediumは昨年、8500万ドルのベンチャーキャピタル(VC)を集め、新興企業のインキュベータ的な役割を果たしている。

 同社のGlenn S. Meyers会長兼CEOは「われわれは、Webコンサルティング企業という立場であり、ベンチャー企業の立ち上げ時もしくはそれ以前から企業のビジネスプランやアイデアに触れることができる。われわれは、このチャンスを生かして、有望な新興企業に投資を行い、それらの企業にWebコンサルティング・サービスを提供している。Webサイト開発、コンサルティングをうまく組み合わせたこのビジネスはわれわれにとって自然の流れだ。昨年は25社に合計1600万ドルを投資し、これらの企業の売上総額は5000万ドルにのぼる」と語る。

大手コンサルティング企業の参入

 SIPS市場は、ネットビジネスの中でも特に急成長を遂げている分野であり、調査会社のIDCでは、今年のSIPS市場は270億ドル市場、2001年には422億ドル市場にまで拡大すると予測している。この急成長市場を狙い、大手コンサルティング企業が次々と参入を果たしている。Andersen Consulting、Deloitte & Touche、Ernst & Young、KPMG 、そしてPricewaterhouseCoopersというコンサルティング企業のビッグ5は、技術系コンサルティングとして信頼のある歴史を強みに、大手企業のアカウント獲得を狙っている。

 これらの企業は、昨年から親会社の会計事務所から次々と独立を果たしている。KPMGは昨年、コンサルティング・ビジネスの20%をCisco Systemsに売却し、今年2月にはErnst & Youngもコンサルティング・ビジネスを仏Cap Geminiに売却、8月にはAndersen ConsultingがArthur Andersenから独立、2001年1月1日よりAccentureと社名を変更する。PricewaterhouseCoopersは9月、HPによる買収計画で大きな話題を呼んだ。

 この動きの背景には、米証券取引委員会(SEC)が会計事務所とコンサルティング企業が顧客企業の情報を共有することに関して懸念を表明し、数年にわたり完全分離を呼びかけてきたという事情がある。またそれと同時に、コンサルティング的な役割を果たすSIPSに対抗するために、ネット分野の専門家を採用するなどの再編を行うための資金集めという意味合いもある。Andersen Consultingは独立後、IPOを行うことがささやかれている。

相次ぐSIPSのレイオフ、淘汰の時期に

 4月以降の株式市場の低迷により、SIPSの多くは現在、苦境に立たされている。ドット・コム企業の相次ぐ倒産により顧客を失うケース、また大手企業の意思決定の遅れなどにより、今年後半になるとOrganic Online、marchFIRST、Razorfish、Viant、Xpedior、Xceed、Sapientなどの企業が一斉に売り上げの下方修正を行い、レイオフをする企業も登場した。

 marchFIRSTは6月に260人、11月には1億ドルのコスト削減のために社員の10%に当たる1000人をレイオフした。また、iXLも9月に350人、11月末には社員の35%に当たる850名のレイオフを行い、ベルリン、ハンブルグ、デンバー、東京を含めた7カ所のオフィスを閉じる計画を発表した。クライアントも現在の300社から75社に絞り、従来のドット・コム企業から、金融、旅行、小売店、消費者製品メーカーの大手企業をターゲットにするという。Razorfishもまた、売り上げ予測を達成できずに社員の10%をレイオフすると発表し、Luminant Worldwideも11月に170 人をレイオフしている。

 今後、この市場は、前述の大手コンサルティング企業の参入などにより競争がさらに激化し、淘汰が起こるものと予測される。中小規模のSIPSは、規模を縮小して小規模なドット・コム企業の仕事を受けるか、大手企業に買収されるかの厳しい選択を強いられることになりそうだ。

 しかし、Webサイトが存在する限りSIPSは必要であり、実力のある企業は生き残るといえる。Organic Onlineの共同設立者であるJonathan Nelson氏は「株式市場の低迷は、ある意味では健全だ。ドット・コム企業に対する期待が極端過ぎたのだ。ほんの少し前までは、ドット・コムと名の付く企業はどんな企業であれすぐに何億ドルもの価値が付いたが、そういう時代ではなくなりつつある。利益の出る着実なビジネスモデルを持っていなければ、生き残れない時代がやってきている」と語る。

米国の主要SIPSのリスト

社名 本社所在地 銘柄 株価($)00/12/4付 7-9月四半期の売上($) 利益($)(▲損失)
Agency.com ニューヨーク ACOM 5 13/16 5730万 310万
AnswerThink マイアミ ANSR 4 9/32 8410万 660万
iXL アトランタ IIXL 1 5/32 8780万 ▲5200万
Luminant Worldwide ダラス LUMT 15/16 3800万 ▲530万
marchFIRST シカゴ MRCH 1 7/16 3億6940万 200万
Modem Media ノーウォーク MMPT 4 1/8 3780万 150万
Organic Online サンフランシスコ OGNC 1 3/4 3740万 ▲450万
Razorfish ニューヨーク RAZF 2 5/16 7710万 90万
Sapient ケンブリッジ SAPE 15 1/8 1億3810万 1610万
Scient サンフランシスコ SCNT 5 15/32 1億200万 570万
Viant ボストン VIAN 4 1/4 3310万 ▲110万
Xceed ニューヨーク XCED 11/32 3370万 ▲1億3920万
Xpedior シカゴ XPDR 23/32 5090万 ▲3850万
注:Xceedのみ6-8月期

更新履歴

【2000/12/11】 米国の主要SIPSのリスト中の「Xpedior」の利益欄について、事実とは違うとのご指摘を読者の方よりいただきました。事実関係を確認しましたところ、編集段階で損失(▲)の記号が抜け落ちたものと判明いたしましたので、本文を修正するとともに、読者の方々、および筆者の長野氏にご迷惑をおかけいたしましたことをお詫びいたします。


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