CRMの実践におけるデータマイニングの効果(第2章)マーケターのためのデータマイニング講座(2/2 ページ)

» 2001年10月10日 12時00分 公開
[村田悦子(エス・ピー・エス・エス株式会社),@IT]
前のページへ 1|2       

2.プラクティスを改善する“アクション”

 データマイニングの結果、ときには担当者の予想を超えた重大な発見がなされる場合があります。例えば、事業部制を廃止して、それぞれに属していた営業、マーケティング、サービスなどの機能を全社で統合するのが現状打開のための最善策であることが分かったとします。このような場合、アクションの決定は経営判断にエスカレートします。それほど大掛かりではなくても、営業テリトリーの再編や、プロモーションを広告中心からダイレクトメールにシフトする、あるいはカタログ販売からインターネット販売へ移行するなど、関係者からの抵抗が予想されるアクションが必要となる場合も多々あります。

 ビジネス問題解決のためにデータマイニングに真剣に取り組むのであれば、「痛みを伴う変革」も受け入れるだけの覚悟が必要です。そのため、データマイニングは経営トップ主導のプロジェクトとして、全社挙げての協力体制が確立されたうえで行う必要があります。

 しかし、この問題は本稿の目的を超えるものですので、ここでは担当者の業務範囲内で実行可能なアクションについて考えてみましょう。

データマイニングの効果

 データマイニングに限らず、何らかの形で現状のオペレーションを変更する場合には、その結果どれだけのベネフィットが見込まれるか、効果を事前に検討する必要があります。ダイレクトメールキャンペーンの例では、以下のような計算式を利用します。ここでは便宜的に、データマイニングの結果、受注率は一定で返信率のみが向上すると仮定します。実際には受注率の向上までを視野に入れたマイニングが有効です。

収益  =売上−固定費−(ダイレクトメール1通当たりのコスト×送付数)

売上  =1人当たりの平均売上高×購買者数

購買者数=送付数×返信率×受注率



 この場合、データマイニングでの予測精度は「返信率」に影響します。

購買者数=送付数×((予測)返信率×予測精度)×受注率



シナリオ1

 マーケティング経費(1通当たりのコスト×送付数)は一定で、返信率を向上させることにより売り上げを伸ばしたい場合を考えます。

 マイニングを行う前の各数値を次のように仮定します。

ダイレクトメール1通当たりのコスト 180円
送付数 10万通
1人当たりの平均売上高 10万円
返信率 3%
受注率 30%

 式に当てはめると、

収益A=(10万円×(10万通×3%×30%))−(180円×10万通)

  =9000万円−1800万円

  =7200万円



 データマイニングにより、85%の予測精度で返信率が6%に向上するという結果が出たとします。つまり85%の確率で6%に向上し、15%の確率で6%以下(仮に最悪不変の3%)と考えます。すると収益は、

収益B=(10万円×(10万通×(6%×85%+3%×15%)×30%))−(180円×10万通)

  =1億6650万円?1800万円

  =1億4850万円



収益B−収益A=1億4850万円−7200万円

      =7650万円



 各項目の数値は自社の例に置き換えてください。例えば1人当たりの売上高が3万円だと、収益の差は2295万円に減少しますが(3195万円−900万円)、伸び率は高く、また一般的に価格の安い商品ほど購買者数は多くなりますのでその点も計算式に反映させる必要があります。

シナリオ2

 送付数を減らすことによりマーケティング経費を削減し、収益を上げたい場合を考えます。

 収益A(データマイニングを行う前の収益)はシナリオ1と同じ7200万円です。

 データマイニングにより、50%の送付数で同じ売上があることが発見されたとします。予測精度は同様に85%とします。すると収益は、

収益B'=(10万円×(5万通×(6%×85%+3%×15%)×30%)−180円×5万通

   =8325万円−900万円

   =7425万円


注:3000人(10万通×3%)の購買者数を5万通で獲得するには返信率が6%必要になります。

収益B'−収益A=7425万円−7200万円

      =225万円



 例えば、ダイレクトメールではなく通販のカタログの場合は1冊当たりの制作費と郵送料は数倍から十数倍になりますので、シナリオ2が選択される可能性が高いでしょう。またマーケティング予算の制約からシナリオ2しか選択肢がない状況も考えられます。

 また上記2つのシナリオ以外にも、返信率を下げずにより多くの見込み顧客にアプローチする(送付数を増やす)方法もあります。特に市場の追い風に乗っていると感じるときなどは、このような攻めのマーケティング戦略を検討するといいでしょう。

 通常データマイニングソフトには、利益グラフやゲイングラフなどのマイニング効果測定のためのツールが搭載されていますので、判断の一助として活用したいところです(図8図10参照)。ただし、上記各変数の値は担当者が自分自身の業務経験から、その内容と意味を把握している必要があります。マーケティングプロセスである「Plan-Do-See」のSeeができていなければ、マーケティングプロジェクトを計画することすらできないことを念頭に置くべきでしょう。

図8 AnswerTreeで、ダイレクトメールキャンペーンの反応を示したもの。応募なしの人にはマーケティング経費が、応募はしたものの買わなかった人(購買なし)にはマーケティング経費と営業費がかかる。利益は、「購買あり」の人からだけ得られる。それぞれの見込み経費と見込み利益をインプットすることにより、マイニング効果を評価するための各種グラフが出力される[画像拡大] 図8 AnswerTreeで、ダイレクトメールキャンペーンの反応を示したもの。応募なしの人にはマーケティング経費が、応募はしたものの買わなかった人(購買なし)にはマーケティング経費と営業費がかかる。利益は、「購買あり」の人からだけ得られる。それぞれの見込み経費と見込み利益をインプットすることにより、マイニング効果を評価するための各種グラフが出力される[画像拡大]
図9 AnswerTreeの利益グラフ。収益性の高い人から55%付近で利益がゼロになる。ダイレクトメール送付数の目安になる[画像拡大] 図9 AnswerTreeの利益グラフ。収益性の高い人から55%付近で利益がゼロになる。ダイレクトメール送付数の目安になる[画像拡大]
図10 AnwerTreeのゲイングラフ。返信見込みの高い人上位約75%から全体の50%の返信が得られることを示している[画像拡大] 図10 AnwerTreeのゲイングラフ。返信見込みの高い人上位約75%から全体の50%の返信が得られることを示している[画像拡大]

アクションの選択

 上記の例は、選択肢はあったものの、ダイレクトメールの送付数やターゲットの変更という大枠が決まっていたケースです。大枠を決定するにも現実のアクションとしては複数あるいは無数の選択肢が存在する状況が多々あります。実際、ビジネス上の問題点がダイレクトメールキャンペーンにあるという具合に分かったとしたら、その段階でマイニングはほとんど終了しているのです。

 例えばマイニングにより優良顧客のセグメントが発見されたとします。さて、その結果からどんなアプローチが考えられるでしょうか? それに対する答えは、1冊の本になるほど多くの可能性を持つでしょう。優良顧客の維持が目的か、あるいはほかの顧客を優良顧客に育成することが目的なのかによっても異なります。ここでは一例を示すにとどめますが、マイニングの成否を決定する重要な判断ですので、必要に応じてマーケティング研究者など、専門家の知見を仰ぐのが賢明でしょう。

ソフマップの例

 デジタル製品の販売を店舗とインターネットの両方で展開しているソフマップでは、データマイニングを行い優良顧客を特定しました。それら顧客の購買データからデジタルライフスタイル(DLS)という独自の尺度を開発し、DLSに従って購買傾向が同質の優良顧客ごとにセグメント分けしました。

 ほかの顧客も同様に購買傾向からDLSグループに振り分け、各グループの優良顧客が好む商品をリコメンドすることにより、優良顧客へと育成する、あるいはどこかに潜んでいる優良顧客予備軍を発見する戦略を実施しています。具体的にはSofmap.comというECサイトでのリコメンデーションエンジンとしてデータマイニングの結果を活用しています。

アクション結果の検証

 最適なアクションを決定するためには、事前の効果シミュレーションが有効です。しかしアクションを起こしたあとの結果の評価を怠れば、マイニングのノウハウを蓄積できないばかりか、将来大きく方向を間違えてしまう危険性があります。

 また複数の選択肢から、事前には最適のアクションを判断できない場合もあります。例えば有名なビールとオムツの例では、文献によって対策が2つに分かれています。ビールとオムツを隣同士に陳列して買い忘れを防止するものと、反対に遠くに置き、その間にターゲット顧客が必要としそうなほかの商品を数多く並べ、非計画購買を促そうとするものです。

 どちらが「正解」なのでしょうか? 前者はニーズが顕在化していない場合、後者はしている場合に有効だろうという予想はつきます。しかしターゲット顧客のニーズが顕在的か潜在的かを知るには意識調査を行うなど追加の作業が必要ですし、通常は混在していることもあり、正確に把握するのは極めて困難です。

 こういった場合は両方を試してみるしかありません。価格などほかの可変要素は一切変更せず、陳列位置だけを変えてどれだけ売り上げが上がったか、両方テストしたうえでアクションを評価します。その結果効果が少ないと分かったアクションをテストするための経費、時間、労力は無駄と感じるかもしれませんが、それがなければ効果があいまいなまま方向性を見誤り、将来的に大きな機会損失を負ってしまうことでしょう。


 データマイニングは、業務効率向上を助ける技術ではありません。正しい経営を保証するものです。根気の要る、決して楽ではない作業なのです。ですがそれを覚悟のうえでも採用すべき価値あるビジネスインテリジェンステクノロジです。そう合意してくださった読者のために、次回ではいよいよデータマイニング実践に必要なITやアルゴリズムの詳細を、マイニングの標準プロセス「CRISP-DM」に沿ってご紹介していきます。


連載記事の内容について、ご質問がある方は<@IT IT Business Review 会議室>へどうぞ。

Profile

村田 悦子(むらた えつこ)

米国ボストン大学経済学部卒。ブラビス・インターナショナルにて機械翻訳システムの辞書開発。日本SEにて米国キャンドル社、BGS社の大型汎用機用運用管理システムのマーケティングに従事。1991年、日本SEと米国SPSS Inc.の合弁会社であったSPSSJapan Inc.に転籍。マーケティングマネージャを経て現在ビジネスインテリジェンス事業部担当上級副社長。ビジネス界でのデータマイニングの普及を推進するとともに、JACS-SPSS論文大賞特別審査員や学生を対象とした講演など、産学の橋渡しとなる活動に携わる。


エス・ピー・エス・エス株式会社

米国SPSS Inc.の日本法人として1988年に設立。設立以来、統計解析ツールSPSSを中心とした製品群と、関連サービスを提供。CRMなどの分野を中心にデータマイニングが注目される中、1999年5月、データマイニングツールClementineを発売。国内データマイニング分野では、最大級のユーザー数を誇る。2001年からは、データマイニングプロジェクトの標準であるCRISP-DMに沿ったコンサルティングサービスの提供など、顧客のビジネスを成功に導くソリューションを提供している。

代表取締役:イアン・スタンレイ・デュエル

東京都渋谷区広尾1-1-39

ホームページ:http://www.spss.co.jp/


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ