連載:グループウェア徒然草(5)

アプリケーション基盤
としてのグループウェア


関 孝則
2001/10/13


 多くのグループウェアは、電子メール、電子掲示板、電子会議室といった汎用パッケージ的なアプリケーションのほかに、アプリケーション開発のための各種機能を備えています。ロータスのNotes/DominoやマイクロソフトのExchange Serverなどは、本格的なアプリケーション開発機能を持つグループウェアとしても有名です。今回は、グループウェアとアプリケーション開発機能との関係を考えてみましょう。

開発環境としてのグループウェア

 多くのグループウェアが持つアプリケーション開発機能としてまず思い浮かぶのが、書類の書式を画面に作成できる「フォーム作成」機能でしょうか。典型的なグループウェアの利用例であるワークフローなどでは、すべてのワークフロー業務がおのおの独自のフォームを持つでしょうから、この機能は極めて重要なわけです。さらにフォームがあることで、内容のチェックや計算処理など、簡単にコンピュータならではの機能を加えられる簡易プログラミング機能のようなものも必要になってきます。また単にフォーム内での処理にとどまらず、フォーム間での連携や、ワークフローにおける書類のバッチ処理の自動化なども考えたくなります。そのために、多くのグループウェアではスクリプト言語によるプログラミング機能を備えています。さらに外部のシステムとの連携やグループウェア自身の拡張のために、C言語やJava言語での高度なプログラミング環境を備えているものもあります。

 このように一口に開発環境といっても、エンドユーザーが使えそうな簡易的なもの、情報システム担当者が利用するもの、さらに外部ベンダーへの依頼が必要となるようなより高度なものが、グループウェアを取り巻いているわけです。ただWebのみでの利用を想定したパッケージ的なグループウェアには、このようなプログラミング環境がない場合もあるようです。一方、グループウェアでなくとも、C言語やJava言語に代表される本格的なアプリケーション開発環境は、最近ではWebアプリケーション・サーバを中心に、極めて充実した環境が準備されています。そうなると、グループウェアで開発すべきアプリケーションというのは、いったいどんな分野なのでしょうか?

どんなアプリケーションがあるのか?


Illustration by Sue Sakamoto

 アプリケーションのもともとの目的は、ビジネスのプロセスや仕事のやり方をコンピュータ化することにあったわけです。ただそのビジネスのプロセスをよく見ると、「すでに効率よく、効果のあるやり方が定まっているもの」「新しくプロセスになりそうだけれども、どれが最もよいやり方かは分からず、試行錯誤でいろいろ試みられているもの」「プロセスまでなるかどうかも分からないけれど、突然発生した新しい仕事のやり方」などがあるでしょう。これらの3種類を大まかに、それぞれ「基幹業務」「不定型業務」「臨時業務」と呼んでみましょう。

 基幹業務は、まさに会社のビジネスそのものです。例えば製造業であれば、設計/開発/生産/出荷といった一連の流れの中心に当たる部分でしょう。

 不定型業務はどうでしょう。製造業において新しいアイデアさえあれば売れていたようなこれまでの状態から、分野が成熟し競争が激しくなることによって、もっと営業や顧客の意見を設計や開発に取り入れるようなプロセスを考えていく必要が出てきたとしましょう。そこでは、営業や顧客の声を反映するための情報のデータベース化といった、さまざまなCRM的な観点が生まれてきます。この周りではいろいろな試行錯誤が続き、その会社で確立したプロセスとなるにはやや時間がかかるでしょう。

 臨時業務には、例えば会社の経営陣が会社のビジネス状況をとらえるために、特定のマネージャへ臨時アンケートを行ったり報告を求めたりするようなことが挙げられます。これらは、会社のビジネスプロセス健全化のために、定期的に、しかも定型的に行うところまでプロセス化している企業もあります。

不定型/臨時業務のアプリケーション化

 どの種類のどんなプロセスであれ、会社として効率的に処理するためにはコンピュータ化、つまりアプリケーションとして実現したいと考えるのは当然でしょう。1980年代にはそのためか、アプリケーション化を待つ膨大なビジネスプロセス、俗にいう「バックログ」の存在がすべての会社での課題でした。そんな中で1990年代に入ると、臨時の業務などには、すでに確率されていた「汎用アプリケーション」としての電子メールの活用で、かなりの部分が効率化されたようにも思えます。一方、バックログが多いとはいえ、基幹業務に関しては、そのビジネス上の重要性と効率化に対する効果の大きさから、それなりの投資がなされ、手作りでのアプリケーション開発が行われてきたといえるでしょう。

 そんな状況の中、残る不定型業務については、そのプロセスの不安定さからか、より簡易にアプリケーションを開発できる手法を持つグループウェアが、1つの受け皿になっていったように思えます。グループウェアの簡易的な開発環境、あるいはスクリプトのような容易なプログラミング環境は、プロセスが不安定で十分な投資が行えなくとも、それなりのアプリケーションの早期開発に貢献したわけです。ワークフロー実現において、グループウェアが1つの流行となったのは、社内の多くのワークフローがある意味で不定型で、場合によりその形が変化する業務であることと無関係ではないでしょう。

アプリケーション基盤としてのグループウェア

 一方、昨今のWebアプリケーション・サーバや開発環境も、GUIやオブジェクト指向の考え方からより簡易な開発へと、急速に取り組みが始まっています。しかし、グループウェアにとって不定型業務のアプリケーション開発で有利な点は、簡易的な開発環境を持っているということだけではないでしょう。

 グループウェアでは、電子メールなどの汎用アプリケーションを標準で備えていることから、アプリケーション基盤としても非常に有利な点を数多く持っているといえます。電子メール機能があるということは、社員ほぼ全員のユーザー情報を管理し、認証するディレクトリを持ち、それぞれ個人別データを細かく管理するセキュリティ体系を持ち、ユーザー全員に同じクライアントを配布し、新しいアプリケーションの追加が容易な体系を持っているということです。つまり不定型業務がアプリケーション化されても、このグループウェアの体系と仕組みをそのまま流用することで、アプリケーション・ロジックの実現以外のコストを、かなりの部分で安価に済ませることができるわけです。この基盤部分をより積極的に利用するユーザーの中には、グループウェアを不定型や臨時の業務以外に、基幹業務への入り口のアプリケーションとして位置付けている方もいるほどです。

 もちろんWebアプリケーション・サーバなどでも、このような体系と仕組みを作るべく努力がなされています。ですが、こと社内システムにおいて、このアプリケーション基盤ともいえる世界には、グループウェアがすでに10年近く前から先鞭をつけているわけです。

インスタント・アプリケーションへの期待

 昨今、アプリケーション開発環境という観点でのグループウェアは、より高度なアプリケーションを開発すべく機能強化が行われてきました。これらは、基幹業務との連携など、高度な利用をグループウェアに求めているユーザーにとっては、かなりの朗報だったでしょう。また一方で、Webアプリケーション・サーバなどでは、より簡易的な開発環境や体系的なアプリケーション基盤を目指す動きが進んでいます。ただいずれの動きも、目指しているのは、インターネット系の技術を中心にISVがより短期間で高度なアプリケーションを開発できるかということではないでしょうか。

 ところで、企業において不定型な業務はいつの時代にも存在し、その中でも消えていくもの、あるいは基幹業務になっていくものとさまざまです。これらは、ある意味で企業の進化の過程そのものではないでしょうか。そんな性質の不定型な業務は、おそらくISVが手を付けるような本格的な開発環境ではなく、エンドユーザーかそれに準じた人たちが自ら“開発”ではなく“作成”という感覚で短期間にそれなりに作り上げるものではないでしょうか。

 個人の生産性を高めるものとして表計算ソフトがありますが、まさにこの世界の規模は小さいものの、ある意味で不定型な業務としてユーザー自らがインスタントにアプリケーションを作り、そして捨てていっているようにも思えます。不定型な業務に先鞭をつけたグループウェアにとって、インスタントなアプリケーション開発の機能強化こそ、今後も力を入れなければならない分野のように思えます。


筆者プロフィール
関 孝則(せき たかのり)
新潟県出身。国産コンピュータメーカーでの経験を経て、1985年IBM藤沢研究所へ入社。大型計算機のオペレーティングシステムなどの開発、IBMの著作権訴訟、特許権訴訟の技術調査スタッフなどを担当。1994年から日本IBMシステムズ・エンジニアリングでロータスノーツの技術コンサルティングを統括。代表的な著書に、リックテレコム社『ロータスドミノR5構築ガイド』(共著)、ソフトバンク ノーツ/ドミノマガジンの連載『ノーツ/ドミノ・アーキテクチャー入門』、日本IBMホームページ上のWeb連載『SE関のノーツ/ドミノ徒然草』など。
メールアドレスはts@jp.ibm.com


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