ものになるモノ、ならないモノ(47)

脅威のフレームワーク「Meteor」で
来れ、1億総Webアプリ開発者の時代

山崎潤一郎
2012/5/16

フリーエージェントなニオイのするフレームワーク

 次は、低コストでスピード感にあふれた開発という視点で、Meteorに思いを巡らせてみよう。

株式会社ひとひねりを起業した河内純也氏

 思えば、このスピード感と自由度こそ、昨今のIT業界を席巻している「思想」に、とてもよくマッチしている。その思想というのは、小さくスピーディに、そして低コスト(リスク)で「失敗を恐れず、とにかく始めてしまおう」という考え方である。バズワード的な言い方をすると「リーンスタートアップ」で「フリーエージェント」なニオイのするフレームワーク、とでもいうのだろうか。

 積み木を重ねるように、パッケージ化されたプログラムを利用してアプリケーションを構築できるさまは、「アイデアを思いついたら、即、試してみよう」という気にさせてくれるのに十分なオーラをまき散らしている。さらに、サーバ(データベース)とローカルを意識する必要がない点も、スピード感の演出に一役買っているのだろう。とにかくサービスを出してみよう、そしてユーザーからのフィードバックを得ながら回していこう、という今風な思想にはまりすぎるくらいはまったフレームワークということだ。

 だから、Web開発の技術や現状を知る人にとっては刺激される部分も多いようだ。今回の原稿を書くにあたり、複数のエンジニアにMeteorに関してアドバイスをもらったのだが、異口同音に「とんがり感が面白い」「時間があれば没頭しそう」などと興奮した面持ちで話してくれる。

 今回アドバイスをくれた1人であり、リクルートを退社した後会社を起こし、受託開発を主な業務にしている株式会社ひとひねりの河内純也氏などは、「サイトを見て手軽なので驚いた! 面倒くさい設定とかもいらないので、時間を節約できる」という。「ローカルマシンが1台あれば、すぐに修正し、反映できるので、純粋な開発コストと期間は圧倒的に下がる」「受託業務をこなしながら、自前のサービスを立ち上げたいというニーズにとてもよくマッチしている」とも付け加える。

日本人はこのフレームワークを使いこなすことができるか

 確かにMeteorは、1人あるいは小さなチームで、仕様書などなしに頭の中にあるアイデアをいきなり形にする、ダイレクト感に満ちたサービスの立ち上げにも十分に応えてくれるツールのようだ。ユーザーからのフィードバックに即応しながら、その場でコードを書き換えてサービス内容を変更する、といった運用にも耐え得るに違いない。

 ただ、ここまでのリアルタイム性とスピード感を伴ったツールを得たとしても、これを日本という社会が使いこなすことができるのかどうか、心配だ。

 というのは、開発ツールが高速になればなるほど、意思決定のプロセスもそれに正比例して高速化しなければならないからだ。つまり、ツールの持つ潜在能力を十二分に引き出すための組織・開発体制が作れるのか、という部分である。多くの日本企業では、スピード感が求められるWeb上のサービス開発ですら、ステークホルダーのコンセンサスを重視する。

 だが半年、1年をかけて仕様書を書いて、マーケティングして、クレームに配慮して……などという開発体制には、Meteorはおよそそぐわない。

 そもそもWebサービスというのは、星の数ほどのサービスが誕生しては消え、という死屍累々の状況の中から、ポコッと予測不可能な「大当たり」が出る、そういった類のものだろう。最近話題のInstagramやPinterestの出自を知ると、1人ないし少人数の仲間の「面白いから作ろうぜ!」というアイデアをスピーディに実現した結果であり、綿密なマーケティングの上にステークホルダーのコンセンサスを重視した末に生まれたサービスではないことは明白だ。

大企業だからこそ導入すべき

 だから、Meteorは、インディ開発者、あるいは小さなチームのためのものといえるのと同時に、これまでネット上で繰り返されてきた、予測不可能なイノベーションの数々を振り返ると、大組織でこそ、このような「思想」を取り入れたサービス開発が必要な時代になるのではないかと思うときがある。例えば、1億円の予算があったら、1件の大規模開発を行うのではなく、10件の1000万円の開発を小さなチーム単位で走らせるといった考え方だ。

 Meteorのようなフレームワークやクラウドのような低コストのインフラがあれば、必要なのは人件費とアイデアだけなのだから、10件の中から「大当たり」を出す努力をするという手法も必要だろう。米国から次々と登場する人気のWebサービスを見ていると、右上に向かって伸びる「持続的イノベーション」の線上に成功の「答え」があるとは思えない。「破壊的イノベーション」によって、思いもよらない価値観が育まれ、「大当たり」を産む。それがネットなのだ。

 というわけで、これからのネット社会をたくましく生き抜くためには、Meteorのようなツールを利用して、個人も組織人も皆でコードをゴリゴリと書きまくろう!……という、文系で印象派人間の筆者にはちょっと荷が重い結論に達したところで、このコラムの筆を置きたい。

  山崎潤一郎

音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライター稼業もこなす蟹座のO型。iPhoneアプリでメロトロンを再現した「Manetron」、ハモンドオルガンを再現した「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。近著に、『心を癒すクラシックの名曲』(ソフトバンク新書)、『iPhone/Androidアプリで週末起業』(中経出版)がある。 TwitterID: yamasaki9999


「Meteor」で来れ、1億総Webアプリ開発者の時代
  簡単でスピーディな開発を可能にした脅威のフレームワーク
コードを書ける者と書けない者、「格差の拡大」
文系でも「これならできるかも」と思わせてくれるMeteor
フリーエージェントなニオイのするフレームワーク
日本人はこのフレームワークを使いこなすことができるか
大企業だからこそ導入すべき
「Master of IP Network総合インデックス」
→「ものになるモノ、ならないモノ」連載各回の解説


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