キーマンに訊くIPv6の過去、現在、未来
連載:IPv6 Trend Review(7)

PtoPアプリケーションは
IPv6普及を促すか?

〜OS提供と開発者支援で普及を後押し

マイクロソフト
ウィンドウズ開発統括部
エンタープライズ&エンベディッド グループ
シニア マネージャ
及川卓也

2002/7/25

 IPv6が普及するかは、最終的には使う側にきちんと使うための環境が整っていることが重要なのではないだろうか。その意味で、クライアントOSで最大のシェアを誇るマイクロソフトには大きな期待が集まる。今回は、マイクロソフトでIPv6に関する開発案件を統括する及川卓也氏に、今後の製品リリース計画や業界各社へのサポートなど、どのような戦略を進めているのかを聞いてみた。

(聞き手:@IT 鈴木淳也)



 IPv6の正式サポートはWindows XP SP1から

――マイクロソフトのこれまでのIPv6への取り組みについて教えてください

 マイクロソフト・リサーチ(MSR)という世界的な研究機関があるのですが、そこでの研究ベースでの取り組みがスタートでした。当初は、1997年当時に市場に出回っていたWindows NT 4.0を対象にしていました。最初は研究ベースですから、開発したIPv6スタックをソースごと公開することも行っていました。1998年〜1999年にかけて、ほかの研究機関との共同開発が始まり、TCP/IPスタック以外にも、NAPTやモバイルIPなどの実装に関する成果が出ています。

 MSRの成果はあくまで研究ベースでしたが、2000年にはMSDN(Microsoft Developer Network)を通してWindows 2000向けのIPv6スタックのベータ版の提供を開始しました。これが、初の一般向けのリリースとなります。最初は英語版のみだったのですが、日本のコミュニティからの強い要望もあり、本社に働きかけを行って、ランゲージ・ニュートラルな多言語対応版の登場となりました

――Windows 2000+SP2の組み合わせでは、組み込んだIPv6スタックが正常に動作しないという問題がありますが、今後の対応はどうなるのでしょうか?

 基本的には、このままでいくと思います。それよりはむしろ、Windows XPへの対応に注力していきたいと思います。Windows 2000以前のWindows 9xやNTについても同様で、旧バージョンのOSよりは、Windows XP以降のOSをきちんとサポートしていきたいと思います。

――Windows 2000ではGUIベースでIPv6スタックが簡単に導入できましたが、Windows XPではCUIベースでコマンドを実行しての導入です。考えようによっては、IPv6サポートに対して多少消極的な印象も受けるのですが、これはどうしてなのですか?

 一番の理由は、Windows XPにおけるIPv6の位置付けにあります。2002年内にWindows XPのSP1が登場する予定ですが、そこでは、完全な商用のオフィシャル・サポートを開始していきます。実際、Windows XPの開発当初はプロパティ・ダイアログにIPv6に関するオプションがあったのですが、リリース直前にわざと隠しました。というのは、一般ユーザー向けに提供していないプロトコルを簡単に利用できてしまうリスクを考えると、このような形態にしたほうが安全だと考えたからです。

Windows XPは、SP1のリリースで
正式にIPv6対応となります


 PtoP SDKで開発者支援

――クライアントOS分野で最大のシェアを持つマイクロソフトには、IPv6普及を願う業界各方面からの期待も大きいです。実際に、アプリケーションやサービスなどの提供に関して、どのような活動を行っていますか?

 私たちは、やはり最初はコンシューマ市場から普及していくものだと考えています。そこでの問題は、どのようなアプリケーションを対象にしていくかです。現状のIPv4で実現できているものではなく、まずはIPv6でないと実現が難しいような新しい市場をにらんだ展開をしていきたいと考えていました。それが「PtoP」です。現在のところ、「インターネットを使う=Webとメールを使う」のが一般的ですが、ファイアウォールやNATを越えて、真にEnd-to-Endの接続が実現できれば、いろいろ可能性は出てくると思います。

 2002年のWinHECでは、開発者向けに「PtoP SDK」の提供することを発表しました。まずはこのSDKを開発者に提供することで、今後のアプリケーションへの展開につながればと考えています。GnutellaやNapsterなどのファイル交換ソフト、Grooveのようなグループウェア、マイクロソフトではRTC(Real-Time Communication)と呼んでいるインスタント・メッセージ(IM)、あと少々毛色が違いますが「SETI@home」のような分散コンピューティングなども、広い意味でPtoPの範ちゅうに入ると思います。

――PtoPアプリケーションの開発のうえで、どのようなことが必要になりますか?

 いまはどうにか使えているかもしれませんが、NATが障害となっている部分は多々あると思います。PtoP SDKでは、PtoPアプリケーション開発に必要な「グローバルIPアドレスによるアクセス」「中央にサーバがない状況でのグルーピング」「相手の認識などのセキュリティの確立」「トピックスなどのインデックスの入手」といった要素を盛り込んでいくつもりです。特にPtoPを意識した場合は、セキュリティ・モデルの新しい考え方が必要になると思います。そして最終的には、いかにグローバルにEnd-to-Endでのコネクティビティが実現できるかに掛かってくるでしょう。

PtoPが実現できるかは、NATを越えて
いかにEnd-to-Endの
接続を実現できるかに掛かっている

――PtoP SDKは開発者の支援ですが、マイクロソフト自身のアプリケーションのIPv6対応はどうですか?

 2002年夏にベータ版の提供を開始する、Windows Mediaの次期バージョン「CORONA(開発コード名)」*1が筆頭に挙げられます。ストリーミング業者の多くは、NATを越えるためだけにHTTPを使うことに抵抗を持っています。実際、認証やフロー・コントロールなど、グローバルなコネクティビティを行うだけで、実現できる機能も多いからです。

 次に、地味ではありますが、Windows標準機能のIPv6対応があります。プリンタ/ファイル共有のほか、Webサーバの機能などが対象になります。Webクライアント機能については、すでにIE6.0で対応済みです。

*1インタビュー実施時期(2002年5月)での名称。現在では、「Windows Media 9 Series」という正式名称が付けられている


――サーバ・アプリケーション群の対応はいかがですか?

 企業ユーザーの導入フェイズを見つつ、順次対応していく予定です。まだつかみきれていない部分もありますが、2003〜2004年以降での対応になると思います。企業におけるサーバ・アプリケーションの導入は、ネットワーク・システムのリプレイス間隔である3〜5年という数字とリンクしています。それを考えれば、およそ2003〜2004年以降というのが目安になってくるでしょう。

――IPv6普及に向けて、ほかに支援策とかはありますか?

 IPv6普及のための柱として「プラットフォーム」「開発ツール」「アプリケーション」「インフラ」の4つの要素が必要だと考えています。プラットフォームについては、Windows XP+SP1で正式サポート、.NET ServerやWindows CEも順次対応していきます。また開発ツールについては、.NET FrameworkやWinSockでのサポートがすでに行われています。そして、いまようやくアプリケーションの登場段階に到達したところです。マイクロソフトとしては、IPv6対応アプリケーションを円滑に利用できる環境を提供する必要があると考えています。それが、IPv6機器接続を実現するトンネル・ソリューションです。

 トンネル技術にはいくつかありますが、現状でサポートしているのが「IPv6 to IPv4トンネル」と「ISATAP」の2つです。前者はIPv4でグローバルIPアドレスがある場合に外部との接続を実現するもので、後者は社内でIPv6の島同士を接続するものです。もう1つ、「TEREDO(テレード)」という開発中の技術がありまして、これはSOHOなどの個人ユーザー向けの技術です。IPv4のUDPパケットでカプセリングを行っているので、UDPパケット通過の許可さえしておけば、簡単にNAT越えができるのが特徴です。TEREDOについては、.NET Serverの次期バージョンでサポートしていければと考えています。

――企業ユーザーに向けて、IPv6に関するメッセージは打ち出していきますか?

 例えば、VPNを1つとっても、アドレスの重複が起こっただけで実現できません。それを考えれば、NATによるプライベートIPアドレスの弊害は大きいと思います。また、先ほどPtoPの話をしましたが、これはコンシューマだけでなく、企業にもメリットのあるものとなるでしょう。Napsterは、ユーザー管理の仕組みなど、BtoC、BtoBビジネスを実現するうえで面白いものだと思います。これらのメッセージを、きちんと伝えていく必要があると考えています。


 IPv6最大のキー・プレイヤーであるマイクロソフトの活動のポイントは、Windows XPでのIPv6正式サポートと、PtoP SDKなどの提供に見られる開発者支援にあった。クライアントOSの対応は、すべての基本となる。2002年末でのSP1のリリースをもって、ようやくIPv6普及の本格的な足掛かりをつかめるのではないだろうか。「IPv6普及は組み込み分野から」とはいわれるが、企業用途を考えると、やはりPCのクライアントOSは外せない。SP1リリース以後のマイクロソフトの動向に注目したいところだ。

 

「Master of IP Network総合インデックス」

 



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