障害事例:ネットワークの理(3)

信号強度100%の見えない線(上)

塩田紳二 (協力:NECフィールディング
2003/12/19

 この連載では以下の人物たちがトラブルにつまづき、障害の原因解明、解決に挑んでいます。
  読者の皆さんも登場人物とともに、問題の原因を考えてみてください。

前回の障害「トラフィックの通らなかった道」を読む
     主人公:松島

主人公の上司: 課長
  職場の女性: 中田
 液晶モニタで悦に入る

 会社に行くと、ウチの部署の唯一の女性社員である中田さんが、ニコニコして待っていた。

「ま・つ・し・ま・さん、注文してた液晶ディスプレイ来たわよ」

 なぜ、彼女がニコニコするのか、それは、僕がいままで使っていた17インチのモニタが彼女のところに行くからだ。彼女は、15インチの古いモニタを使っていて、高解像度に設定できないで困っている。かといって、使える15インチのモニタをおいそれとは捨てられないので、誰かのモニタが空くのを待っていたのである。こうやって、同僚に時々、モノを回しておいて恩を売っておけば、いつかは回収できるというものである。

 モニタとキーボードを置くと机の上が狭くなってしまうので、課長に頼み込んで液晶モニタを買ってもらった。「机が狭くて設計資料も広げられません」なんていったのと、前回のトラブル対策がうまくいったのが良かったみたいだ。

 環境が悪いと結果まで悪い、とは、師匠のお言葉だが、液晶モニタは見やすくて、ちょっと視力が落ちてきた僕にはぴったりである(断じて老眼なのではない)。

 ああ、液晶モニタっていいなぁと、観光案内のWebサイトなど見ていたら、また、課長の呼ぶ声が……。

課長:「松島くーん、ちょっと来てくんないかなー」

 はいはい、行きますよ。どうせまた、トラブルなんでしょ。

課長:「ビル間接続の無線機器が異常なんだ。機材を交換したけど、回復しないらしい。ちょっと行って見てきてくれ」
松島:「どこなんですか?」
課長:「それがY社なんだよ」

 Y社は、うちのかなりお得意さまである。何でも、社長同士が仲が良いとかで、当社の売り上げの上位3社に入る。なので、ここのトラブルは特急扱い。それで僕に話が回ってきたわけだ。これは、のんびりしているヒマはないと、早速現場に出掛けることにした。

 モニタにラインが……

 Y社に向かう途中、駅で電車を待っていたら、ディスプレイをあげた中田さんから携帯電話が入った。

だって、横線が1本画面に出てて、これじゃ気になって仕方がないわ(中田)

中田:「ひどいわ、松島さん、不良品くれるなんて……」
松島:「えっ、何、モニタ? 昨日までちゃんと動いたってば」
中田「だって、横線が1本画面に出てて、これじゃ気になって仕方がないわ」
松島:「横線が出るって? グラフィックスカードの故障じゃない?」
中田「前のモニタでは出なかったもん。新しいモニタに変えたら急に出たのよ」
松島:「ええーっ。そんなぁ」
松島:「ごめん、ごめん、明日、見てあげるから、今日は前のモニタ使っててよ」
中田「ひどいー。せっかく楽しみにしてたのに。シクシク」
松島:「分かった、分かった。今度昼メシでもおごるからさあ、機嫌治してよ。あっ、電車来た。じゃ切るからね」

 何でも、画面に横線が出ていて、それは、グラフィックスではなく、ウィンドウを動かしても、同じ位置に真横に1本出ているらしい。どうもソフトウェア的な問題ではなく、ハードウェア的な問題のようである。

 仕事に加えて、こんなトラブルを抱え込むなんて、そういえば、机に確保しておいた3Dグラフィックスカードがあったので、あれを自分のに入れて、いま使っているやつを中田さんのマシンに入れてしまおう。

 とか何とか考えているうちに現場に到着。早速担当者を呼び出してみる。

 いまは、現場を離れられないというので、こちらも現場に行くことにした。現場に行けば、先方の担当者がいて、お小言をいただくのがどうもつらいのだが、どうしようもない。

 無線状況は悪くないのに

 Y社に入れたのは、近所のビル間を接続する無線によるLAN間接続装置。150m離れた2つのビルの間を2Mbpsの無線LAN(2.471〜2.497GHzを使用)で接続している。

 現場には、やはり先方の責任者の人がいた。

松島:「すいません、××の松島です。手伝いにまいりました」
お客様:「ああ、そう。何人来ても同じだと思うけどね」
松島:「どう?」
吉田:「ああ、松島先輩、来てくれたんですね。ちょっと状況を説明しますから……」
松島:「すいません、ちょっと打ち合わせさせていただきます」
お客様:「早く何とかしてよね。こっちも忙しいんだから」
松島:「はあ、すいません」

 としばらくお小言をいただく。まあ、これは仕事柄しょうがない。責任者の方が席を外したのでようやく打ち合わせができるようになる。

松島:「吉田君、機材には問題がないわけ?」
吉田:「ええ、予備機があったのでそれに交換してみたんですが、状況は変わらずです」
松島:「確実に動いている機材はないの?」
吉田:「それが、ほら、これ2Mbpsでしょ。なんで、もう在庫が残り少なくて、取りあえず、うちの会社でテスト用に持っていたのとも変えてみたんですが、全然ダメなんです」
松島:「で、障害としては、通信ができないってわけ。アンテナとか見たの?」
吉田:「信号強度は100%なんですよ。なのでアンテナとかケーブルとかじゃないみたいなんです」

吉田君は、電波強度が100%だから、アンテナなんか見る必要はないといっていたけれど、トラブルの原因は、絶対にないと思っていたところにあったりする。(松島)

松島:「つまり、電波はちゃんと受信しているわけか」
吉田:「ええ、しかもSN比も、70%以上あるんです」
松島:「で、障害はいつから始まったの?」
吉田:「先週ぐらいから時々、通信ができない状態が起きたそうなんです。で、昨日からはずっと通信ができなくなっちゃったんです」
松島:「で、機材は交換してもダメ?」
吉田:「全然、変化なしです」
松島:「有線側じゃないの?」
吉田:「あっ、そっちは調べてませんでした。でも、無線LAN装置の管理ツールはちゃんと動いてるんですよ」
松島:「そうか、有線がダメなら、信号強度とか表示できないものなぁ」
松島:「ノイズとか、あり得ないの?」
吉田:「管理ツールの信号品質表示は、悪いときでも90%以上あるんですよ。そういうことはないでしょう」
松島:「するとほかの電波かなぁ」
吉田:「でも、信号レベルとか、SN比はちゃんとしてますよ」
松島:「そっかぁ」
松島:「で、まったく通信できないの?」
吉田:「通信パケットのうち、7割以上がエラーになっちゃうので、事実上、通信が行えない状態に近いんです」

 いやはや、これはまったくお手上げである。原因がさっぱり分からない。
 それで、例によってまた、全部をちゃんと記録しつつ見て回ることにした。

 北風が身に染みる

 まずは、屋上である。無線なのだから、アンテナがポイントだろうと直接見ることにした。先方の担当者にいって、屋上の鍵を開けてもらう。もともと、屋上に出ることを想定していないビルなので、屋上には手すりもなく、空調のパイプや水道タンクなどがある。

 吉田君は、信号強度が100%だから、アンテナなんか見る必要はないといっていたけれど、トラブルの原因は、絶対にないと思っていたところにあったりする。それで、アンテナもちゃんと調べてみようと思ったわけだ。

 デジカメ片手に水道タンクによじ登り、脇にあるアンテナと給電部の写真を撮る……つもりが、手が滑って慌ててアンテナマストにしがみつく。しがみついた拍子に手に力が入って、デジカメのシャッターボタンを押したままになってしまう。手がかじかんでいるのと、力を抜くと落ちそうなので、緩めることができない。北風の中で、デジカメのシャッター音がシュイー、シュイーと鳴り続け、妙に耳に障る。なんで、デジカメなのに音がするんだろう? ああ、盗撮防止か。

 ようやく、下に降りると、服は汚れ、手を擦りむいていた。ちぇ。下からズームで撮ればよかったじゃん。バカだなぁ。

 ケーブルも軽く引っ張ってみたが、問題なし。やはりデジカメを使って、対向側のビルの方を撮影しておく。向こうのアンテナもチェックしないとなぁ。

 壊れてないじゃん

 翌朝、早めに出社して、中田さんのモニタをチェックすることにした。出社すると、新品の液晶モニタに付せんが。「早く直してねー。今日は午後出社でーす」と中田さんの文字。一応、最後にハートマークが付いているのでそんなに怒っていないのかも。

 まずは、確保していた3Dグラフィックスカードを自分のマシンに取り付け、そこに中田さんにあげた17インチモニタをつないでみる。見慣れたデスクトップが表示される。別に線は出てないようだ。取りあえず、モニタはOKなようである。じゃ、やっぱり彼女のマシンのグラフィックスカードだろうと、グラフィックスカードを交換することにした。

 カードを交換して、17インチモニタをつなぐ、最初はグラフィックスカードドライバが入ってないから、VGA画面でWindowsが立ち上がる。彼女のマシンは時々面倒見ているから、Administratorのパスワードもちゃんと分かっている。インターネットから、ドライバをダウンロードして、組み込めば終了である。

 やっぱり線なんかどこにもない。カード交換したらこれでOKだろうと、再度、現場に出掛けることにした。今日は、対向の2つのビルを調べてみるつもり。

 こっちも問題なし

 無線LANで接続しているビルは、150mぐらい離れている。成長著しいY社は、社屋が足りなくて、近所のビルを借りてしのいでいる。来年の春には、新しいビルを借りてそこに引っ越すらしい。そのときに、ネットワークとか、システムの更新とかを請け負う話になっているので、今回のトラブルはかなり重要度が高い。これを解決できないと大変なことになる。

 今日は、双眼鏡を持ってきた。ちゃんとアンテナが向き合っているかどうかを確認するためである。同じように屋上に上って、アンテナをチェックする。ケーブルも問題なし。双眼鏡で、アンテナの向いている方向を見ると、ちゃんと対向側のアンテナがこっちを向いている。ここにも問題はなさそうだ。

 だったら、原因は何なんだ? 胃のあたりがグルグルしてきた。なんか鉄でも飲み込んだようなずっしりとした重みを感じる。

 携帯が鳴った。

中田「ひどーい。松島さん。何にもしてくれなかったのね」
松島:「ええっ? 今朝、グラフィックスカード変えて、ちゃんとしてたの確かめたってば」
中田「うそー。だって昨日と同じ線が出てるもん」
松島:「ええー」

 何だか、こっちも大変である。同時に2つもトラブルを抱えるとは……。これじゃ昼飯ものどを通りそうにない。

状況のまとめ
150m離れた2つのビルを2Mbpsの無線LAN(小電力データ通信システム)で接続

アンテナには問題なし

機器の管理ツールでは、
信号強度 100%
SN比 70%
信号品質 90%

と問題のない値であるにもかかわらず、パケットの通信成功率が30%程度とほとんど通信が行えない状態。
有線側も管理ツールが正しく接続できるために問題なし。
また、ビル内のネットワークにも特に異常は見られない。

下に続く

イラスト:土井ラブ平

本連載に登場する人物や団体すべてフィクションですが、障害事象については、NECフィールディング株式会社にご協力いただき、実際に発生した内容を参考にしています。


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