障害事例:ネットワークの理(4)

信号強度100%の見えない線(下)

塩田紳二 (協力:NECフィールディング
2004/1/17

【前回起きた障害の状況】
150m離れた2つのビルを2Mbpsの無線LAN(小電力データ通信システム)で接続している。アンテナにも有線側にも特に異常は見られない……。
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     主人公:松島
主人公の先輩: 師匠
  職場の女性: 中田
 やはり最後の手段か

 バタバタとあちこち調べているうちに、なぜか突然、通信が回復。一同、ほっとする。

松島:「原因が不明だと、また発生するかもしれないなぁ」
吉田:「そうですねぇ。でも、障害が起こらないと、原因突き止められないですよ」

 なんて、言っているうちに、また通信が途切れた。

吉田:「ありゃー」
松島:「もう少し、ここで様子を見ていてくれないか」
吉田:「いいですけど……。松島先輩どこ行くんですか?」
松島:「気になることがあるから、僕は社に帰って資料とか調べてみたいんだよ」
吉田:「調べて何とかなるんですか?」
松島:「まあ、こういうときは、謙虚に基本的なところからやってみないと」
吉田:「そういうモンなんですかねぇ。先輩、逃げないでくださいよ」
松島:「もう課長に頼まれちゃったんだから、逃げられないよ」

と吉田君にはいったが、ほんとは会社に戻るんじゃなくて急いで師匠のところへ行こうと考えていた。もう僕にはほかに打つ手がないのだ。

 やはり、師匠は今日もイヤミをいう。

師匠:「また来たの? またトラブルなんでしょう? 君が不幸だから、トラブルを呼ぶんだよ」
松島:「はあ、そういうものなのでしょうか?」
師匠:「そうだよ。トラブルは不幸なヤツのところにしか訪れないのさ。君が会社辞めれば,あの会社のトラブルも減ると思うよ」
松島:「でも、僕はどうなるのでしょう?」
師匠:「そうねぇ。あまりに不運でのたれ死にするかもねぇ」
松島:「そんなぁ……」
師匠:「で、今回は急ぎなんでしょ?」
松島:「どうして分かるんですか?」
師匠:「だって、こんな時間だもの。トラブル現場から急いで来たんでしょう?」
松島:「実はそうなんです」

 無線LANのトラブルは1つしかない?

師匠:「今回は何なの?」
松島:「無線LANなんですが」
師匠:「ああ、接続できないってことね」
松島:「そうなんです。何で、それも分かっちゃうんですか?」
師匠:「君ねぇ、無線LANのトラブルは、つながらないこと以外はないよ」
松島:「そうなんですか? でもスピードが出ないとか、ほかにもありそうな気がしますが

漬物石を載せても自動ドアは開くでしょ? つまり人の存在そのものを検出しているわけじゃないんだよ(師匠)

師匠:「スピードが出ないなんてのはトラブルじゃないでしょ? 電波が弱ければ場所やアンテナ変えればいいし、少なくとも接続してるんだから、いろいろ調べようがあるでしょ? だから僕のところになんか来ないよ」
松島:「それはそうですねぇ」
師匠:「論理的な結論ってやつだよ。君、頭ちゃんと使ってる? ゲーム脳なんじゃない?」
松島:「で、これが資料なんですが……」

 と、急いで集めた資料を渡す。時間がなかったので、紙の資料も入っている。師匠は、紙の資料が嫌いである。この人、資料は必ず自分のものにしてため込んでいる。なので、ハードディスクにコピーできない紙の資料が大嫌いなのである。

師匠:「いまどき、紙の資料なんか持ってきて……、まあ、今回は急ぎだから勘弁してやらないこともないが……、なんだよ、無線LANの取説じゃないか。まったく、メーカーのサイトにPDFぐらいないの?」
松島:「すいません。あんまり新しいやつじゃないんで、PDFは上がってないようなんです」
師匠:「まったく……。で、どういう状況なの」

 アンテナもチェックしたし、取説で確認したけれども、管理ツールの表示にはおかしいところはなかったと状況を説明した。

師匠:「どこ、まずは管理ツールの表示からだな。君らは、ハードに弱いから間違っていないとも限らない」
松島:「えっと、取説によれば電波強度は、100%、SN比は20%以上あればOKということになっています。それでツールの表示では、70%なので合格、信号品質も100%、合格ラインは53%以上です」
師匠:「なるほどね。だけど、今回はこの数字はアテにならないなぁ」
松島:「どうしてです?」
師匠:「この数字がどうやって出てきているか知ってる?」
松島:「いやぁ、全然分かりません」
師匠:「そうだろうと思ったよ。いいかね、この電波強度やSN比、信号品質は無線LANのハードウェアが測定している値だ。だから条件さえ満たせば、いい値が出ちゃうものなのさ」
松島:「つまり、全然信用できないってことですか?」
師匠:「そうじゃないんだよ。ハードウェアでやる限り、あらかじめ想定した条件以外では状態を評価しないってことさ。君、ジュラッシックパークは読んだ?」
松島:「映画なら見ましたけど」
師匠:「たまには、本を読みなさいよ。読んでないなら、いいや。説明しとこう。人が前に立つと開く自動ドアがあるでしょ? あれはどういう仕組み?」
松島:「うーんと、下のマットで人が載ったことを検出しているのではないですか?」
師匠:「違うよ、マットで加重を検出しているだけだよ」
松島:「人が載れば加重が掛かるんじゃないんですか?」
師匠:「だから、漬物石を載せてもドアは開くでしょ? つまり人の存在そのものを検出しているわけじゃないんだよ」
松島:「はあ、そういうことですか」
師匠:「だから、無線LANの管理ツールに表示される値だって同じさ。空中を飛んでいる電波信号の品質やSN比を見ているんじゃなくて、受信した信号があらかじめ想定した条件をどれぐらい満たしているかを測っているだけなのさ」
松島:「いやあ、ジュラッシックパークに漬物石の話が出てくるとは思いませんでした?」
師匠:「君が本を読んでいないから、似たような例を作って話をしたんだよ。読んでない本の話をしゃべっちゃうのはルール違反だからねぇ」

 と、ここで携帯電話が鳴る。

 見えない線

松島:「ありゃ」

 電話は中田さんである。この電話は出ない方が無難。きっとモニタの線のことだろう。

師匠:「出なくていいのかね?」
松島:「ええ、出ない方が身のためです」
師匠:「だったら、携帯電話なんか持ち歩かなきゃいいのに。僕なんか携帯持ってないよ」
松島:「だって、師匠は年中自分のうちにいるじゃないですか」
師匠:「僕だって、たまには外出してるんだよ」
松島:「そうなんですか……」

松島:「いや、モニタを女の子に譲ったら線が出るっていわれたんですが、見るとどこにも線なんかないんですよ」
師匠:「君は、その線を見ているよ。多分、君はその子と一緒に画面を見なかったでしょう」
松島:「どういうことです?」
師匠:「線は最初からあったんだよ。だけど君はそれを見ていなかったのさ」
松島:「ええッ? そんなぁ。線なんかなかったですよ」
師匠:「だけど、モニタはトリニトロンでしょ?」
松島:「そうです。どうして分かるんですか?」
師匠:「君ねぇ、この業界で何年メシ食ってるの? トリニトロンといえば、ダンパー線だよ」
松島:「それは何ですか?」
師匠:「これを知らないとは情けない……。いいかね。トリニトロンは、ほかのCRTとは違っていて、シャドウマスクを使ってないんだよ。その代わりに細い針金がスダレみたいに並んでいるんだ。それが動かないように止めているのがダンパー線だ。で、これが細く黒い線として見えるんだよ」
松島:「でも、僕は気が付かないのにどうして彼女は気が付くんですか?」
師匠:「壁紙だよ。つまり、彼女の壁紙は明るく白っぽいから線が目立つんだよ。君は、どうせアニメの絵でも壁紙にしてたんでしょ」
松島:「そういうことなんですか。じゃ、これは仕方がないんですね?」
師匠:「そうだよ。修理出さなくてよかったねぇ。バカにされるところだよ」

 無線LANの最大の特徴とは?

松島:「で、師匠、無線LANの方なんですが……」
師匠:「君、無線LANの最大の特徴は何だね?」
松島:「うーんと、配線が要らないことでしょうか?」
師匠:「半分正解。無線ということだよ」
松島:「だから何なんですか?」
師匠:「無線ということは、線がない。つまり、見えないってことさ」

線をたどっていけばいいんじゃないですか?(松島)

松島:「そりゃそうですが」
師匠:「見えなきゃ、どうなっているか分からないでしょ?」
松島:「そうですね」
師匠:「だから、見えないから原因がよく分からないんだよ」
松島:「で、さっきの話とどうつながるんですか?」
師匠:「まだ、分からないの?」
松島:「ええ」
師匠:「イーサネットのケーブルが2本あったとき、どのケーブルがどのマシンにつながっているのかどうやったら分かる?」
松島:「線をたどっていけばいいんじゃないですか?」
師匠:「そうだよねぇ。で、どちらかのマシンが通信できないなら、ハブの方までたどりながら調べていくわけだ」
松島:「そうなります」
師匠:「で、調べてみると、イーサじゃなくてISDNのS点コネクタにつながっていたなんてこともあるわけだ。じゃ、このイーサのケーブルが見えなかったらどう?」
松島:「それは大変です。どうなっているのか分からなくなっちゃいます」
師匠:「そういうことだよ」

 エラーの出る方と出ない方

松島:「どういうことなんですか」
師匠:「まだ分かんないの? もう1つの見えない何かが悪さをしているってことさ」
松島:「見えない何かって何でしょう?」
師匠:「ほかの電波だよ」
松島:「何の電波でしょう?」
師匠:「そこまでは分からないけど、急に始まったってことは、近くで同じ周波数帯を使う無線LANのようなものが使われたってことさ。多分、相手はCSMA/CA方式じゃないんだと思う」
松島:「そりゃ何ですか?」
師匠:「君ぃ、本ぐらい読んだら? イーサネットでCSMA/CDって聞いたことない?」
松島:「浜崎あゆみのCDなら聴いたことあります」
師匠:「何を考えているのやら。コリジョンぐらい聞いたことがあるでしょ」
松島:「そういわれると、どこかで聞いたことがあるような……」
師匠:「CSMA/CAは、Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidanceの略だよ。イーサネットのCSMA/CD、つまりCarrier Sense Multiple Access with Collision Detectionの無線版だ。いいかね。イーサネットは、送信と同時に受信を行うことで、衝突しているかどうかを検出できる。しかし、無線はそういうわけにはいかないんだよ。相手の位置では衝突していても、自分のところには衝突相手の電波が届かない可能性もあるからね。だから、実際に送信ができたかどうかは、通信相手がACKを返してくるまでは分からないんだ」

 無線LAN管理ツールの落とし穴

松島:「はあ、そういうことですか。それなら多少覚えてます。でも、今回はどういうことが起こっているんでしょうか? 僕にはさっぱり分かりません」
師匠:「まず、お互いの方式が違うのでその存在を確認できず、SN比とか信号品質には問題がないように見えちゃうんだよ」
松島:「つまり、誰も送信していないと思って送信したら、実際にはほかの電波が送信されていたと」
師匠:「そうだね。で、CSMA/CAだと、通信が失敗して相手からACKが返ってこなくなる。つまり、しばらく待ってからエラーがあったと分かるわけだ。ところがCSMA/CAでない無線の方は、お構いなく送信を続けちゃうわけだ。となると、CSMA/CAの方はACK待ちのタイムアウトが増えて送信効率が急激に悪くなる」
松島:「相手もエラーになるんじゃないですか?」
師匠:「同時に送信すれば、エラーになるよ。でも、それを検出するのはCSMA/CAじゃない通信方式なら、無線LANのレベルじゃなくて多分その上のTCPとかのレベルでしょう。だから、余計頻繁にパケットを送るようになる。そうすると、CSMA/CAがACKを待っている間に通信ができちゃうのさ。だから、向こうはエラーは増えるけど、通信がまったくできなくなるわけじゃないんだ」
松島:「なるほどねぇ」
師匠:「もし、両方がエラーでまったく通信ができないなら、どちらかが近所の無線LANを探して回ることになる。君らのところに誰も訪ねてこないってことは、向こうは問題を認識していないってことさ」
松島:「ということは、原因になっている無線LANがどこかにあるってことですか。でも、そんなアンテナ見当たりませんでしたよ」
師匠:「だからいったでしょ? 無線は見えないって。いくら指向性があるといっても、多少の広がりはあるものなんだよ。だから、必ずしもアンテナとアンテナを結ぶ線の間に相手がいるとは限らないよ」
松島:「じゃ、それを探さないと」

 僕は、課長に電話をかけた。問題となっている無線をみんなで手分けして探してもらうために。

エピローグ
 やはり、近所の会社がビル間接続に無線LANを使っていた。向こうは、 エラーが多いなと思ったぐらいで何とか通信もできていたので、こちらの大問題には気付いていなかった。
 後で聞けば、電波を見えるようにするスペクトラムアナライザなる機械も世の中にはあるとのこと。人間は見えないものには対処できないわけで、あとは機械の力でも借りて見えるようにしなけばならないというわけだ。

トラブルその2無事解決。次のトラブルに続く)

イラスト:土井ラブ平

本連載に登場する人物や団体すべてフィクションですが、障害事象については、NECフィールディング株式会社にご協力いただき、実際に発生した内容を参考にしています。


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