【トレンド解説】


メッシュ・ネットワーク
〜 無線LANブームで注目を集める〜


鈴木淳也
2003/4/4

最近、インテルから無線LAN機能が標準搭載されたノートPCプラットフォーム「Centrino(セントリーノ)」が発表され、「第2次無線LANブーム」ともいえる波がやってきている。
一方で、無線LANネットワークをメッシュ上にすき間なく埋め込み、短期間/低コスト/高速な「無線LANで3Gを超える」LANを作るという「メッシュ・ネットワーク」が話題になっている。ここでは、メッシュ・ネットワークの基本的概念や応用、将来展望についてみていきたい。

 2003年に入り、企業の最初の四半期決算レポートが続々と発表されているが、ごく一部の企業を除いて、停滞もしくは下落というのが大方の現状のようだ。特にここ数年IT業界をドライブしていたエンタープライズ系ソフトウェアの低迷が続いているため、IT業界全体が次のトレンドを求めて迷走状態に入っているような印象さえ受ける。だが少し周りを見渡すと、この状況の中でも次のブームを作り出すべく動いている企業を見つけることができる。

 最近、最も注目は、やはり無線LANとその技術を使ったホットスポット・サービスではないだろうか。すでにコモディティ化が進んだ無線LANを持ち出して「いまさら」感もあるのだが、インテルの新製品発表を機に「第2次無線LANブーム」とでも呼べるものが起きつつある。インテルが3月12日に発表したノートPCプラットフォーム「Centrino(セントリーノ)」の最大の特徴は、無線LAN機能を標準で搭載したことと、モバイル用途に耐えるだけのバッテリ駆動時間実現を目指したことにある。同社はCentrinoのプロモーションも兼ねて、ホテルや飲食チェーンなどとの「ホットスポット・サービス」提供に向けた全世界規模の提携を発表している。

 この動きが連鎖的に、ホットスポット・サービスを提供していた既存キャリアなどのさらなる業態拡大や提携も進めつつあり、インテルをブームの火付け役とした第2次ブームを巻き起こしているのだ。

 これが無線LANとホットスポット・サービスの現状だが、同時に研究レベルでは別の試みが進められている。

無線LANで3Gを超えるネットワークを作る

 2002年後半ごろからよく見掛けるようになったキーワードに「メッシュ・ネットワーク(mesh network)」がある。これは、「光ファイバ網のような巨大なバックボーンをくまなく走り回らせる」のではなく、「無線LANなどの技術を駆使して、メッシュ(網の目)状にネットワークを拡大していこう」というものだ。

 もともとは、米国の田舎のように町同士の間隔が離れていて、距離の関係からADSLのような技術も使えないところに、長距離無線LANによるブロードバンド環境を持ち込もうという試みからスタートしている。すでに米国の一部地域で実験がスタートしているようだが、日本の山間部のように入り組んだ地域で、同様の試みが行われているという話も聞く。いずれにせよ、光ファイバを引き回すには採算が取れず、ダイヤルアップに頼らざるを得ないような地域にブロードバンドを実現するというのが本来の目的だった。

 だが、メッシュ・ネットワークを推進するメンバーの中には、この代替技術としての無線LANを超えて、新しいワイヤレス・ネットワーク網を構築できないかと考える者もいる。地方のこのような代替無線ネットワークと都市部の無線LANネットワーク(ホットスポット)を組み合わせて、ワイヤレス・ネットワークのカバー範囲を広げるというアイデアだ。電波の帯域や出力、ローミングなどの多くの問題を抱えているが、もしこれが実現するなら、いま日本でも売られ始めた第3世代携帯電話(3G携帯電話)の最大通信速度(2Mbps)を上回る高速ワイヤレス・ネットワークが誕生することになる。

 3G携帯電話は日本が世界に先駆けてサービスを開始しているが、当初の計画ほどは普及が進んでいないという点に異論はないだろう。欧州勢も、3Gへの移行はまだ足踏み状態だ。携帯電話サービスという点ではさらに後れを取っている米国では、ようやく2.5Gクラスのサービスが普及し始めたという状況だ。一時、3G携帯電話がワイヤレス・データ通信の世界を変えるといわれていたこともあったが、少なくとも万能の通信手段になることはなさそうだ。

 その意味では、「無線LANで3Gを超えるネットワークを作る」というのもまゆつばではない。実際、よく使われるエリアさえきちんとカバーできていれば、無線LANのホットスポットだけで事足りるからだ。1つの大きな携帯電話のアンテナ基地局ですべてをカバーするのではなく、より高速で対象範囲の狭い無線LANネットワークをメッシュ状にすき間なく埋めることで、短期間/低コスト/高速なネットワークを作る。3Gが遠い未来の話である米国などでは、むしろこちらの方が現実的かもしれない。そして、携帯電話にPHS、無線LANなどがうまく融合することで、ワイヤレスだけで「WAN(Wide Area Network)」の高速ネットワークを作ることも可能になるのだ。

メッシュ・ネットワークを社内LANに応用すると?

 メッシュ・ネットワークの最近の動きに、オフィスや家庭での無線ネットワークの再構築がある。いまの無線LANの利用形態は、オフィスの1フロアに1台ないし数台の無線LANアクセス・ポイントを配置して、フロア全体をカバーしていることが多いと思う。家庭の場合は、1台だけ配置するのが普通だろう。その結果どういうことが起こるかというと、壁の陰などではネットワークに接続できず、アクセス・ポイントからの距離が離れることで、通信速度の低下を招いてしまう。しかも1つのアクセス・ポイントに何台ものPCがぶら下がる形になるので、すべてのPCで帯域をシェアしてしまい、ネットワーク的には非常に効率の悪いものになる。

図1 右がAP(アクセス・ポイント)が敷き詰められたメッシュ・ネットワーク(左は従来例)

 もしメッシュ・ネットワークの考えを「LAN(Local Area Network)」の世界に持ち込むのなら、アクセス・ポイントの細分化というところに帰結する。無線LANの到達距離を短くし、従来のエリアをカバーするためにより細かくアクセス・ポイントを配置すればいい。

 その結果、次のようなメリットが生まれてくる。

  • 到達距離の短縮により、アクセス・ポイントの相互干渉問題の解決
  • アクセス・ポイントにぶら下がるPCの数が減り、PCとアクセス・ポイントの距離も短くなるため、無線LAN本来のパフォーマンスが出せる
  • アクセス・ポイントの出力が減らせるため、省電力化が可能
  • PC側も省電力が実現できるため、バッテリ持続時間の延命が可能
  • いままでカバーできなかったエリアでも無線LANが使用できるようになる

 また、LANのメッシュ・ネットワークでは、必ずしもアクセス・ポイントと有線LANを組み合わせる必要はなく、何カ所かのアクセス・ポイントさえ社内の基幹LANに接続されていれば、後はアクセス・ポイント同士が通信することで、自動的に有線LANへのパス(道)を作ってくれるようになる。つまり、従来の「インフラストラクチャ」型の無線LANから、「アドホック」型の無線LANへのアイデアの転換である。

  • 有線LANの引き回しが最小限で済むため、インフラ構築が容易になる

 アクセス・ポイントを要所要所に設置しておくだけで、後は勝手にネットワークを形成してくれるというのが、LANのメッシュ・ネットワークの基本的なアイデアだ。アクセス・ポイントに電源が必要ということを逆手に取って、照明装置やコンセントに差すタップのようなアクセス・ポイントも考えられるだろう。

課題はソフトウェア部分

 このLAN型メッシュ・ネットワーク最大のキモは、アドホック型のネットワークでいかに目的地(有線LANへの出口)を探せるかというところにある。もし効率的なパスを見つけられなければ、かえってネットワーク全体の速度低下を招いてしまう。しかも、対象が動かない有線LANに比べ、無線LANでは刻一刻と状況が変化する。イーサネットのスパニング・ツリーやTCP/IPのルーティング・プロトコルのような経路情報を管理する仕組みをいかに実装するかが、使いやすさの分かれ目だ。

 ソフトウェア的な問題のもう1つはローミングだ。アクセス・ポイントが、そこにアクセスしてきているPCが許可されたものなのか、それとも許可してはいけない部外者なのか、セキュリティ上の観点からもきちんと認証しなければいけない。いかに利便性を損なわず、これらの認証情報をアクセス・ポイント同士で伝えるのか、パス発見の問題とともに、解決が難しいところだ。

 複雑な処理が予想されるが、もしこのソフトウェア部分をうまく解決し、さらにハードウェア化が進んで、周辺チップの統合化が実現できれば、新しい可能性が見えてくる。先ほど照明装置やテーブルタップの話を出したが、こういったオフィスならどこにでもありそうな機器にチップを内蔵できれば、インフラ構築はさらに容易になる。家庭用でいえば、冷蔵庫やTVなど、1部屋に1つくらいは電化製品があるだろうから、それらの機器にうまく内蔵できれば、誰でも簡単にネットワークが組めるようになる。

さらなる高速化を実現するPAN

 LAN型メッシュ・ネットワークの登場で、新たにクローズアップされつつあるのがBluetoothなどの短距離無線ネットワーク接続技術の「PAN(Personal Area Network)」である。IEEE 802.11a/bなどの無線LAN技術では100〜200mクラスの接続距離を実現しているのに対し、Bluetoothで規定されるのは10m程度の接続距離である。もともと、エリクソンなどの携帯電話メーカーが中心となってPCと携帯電話をワイヤレス接続しようと開発されたのだが、現在では対象範囲を広げてキーボードやマウス、プリンタなどの周辺機器とPCを接続するための、無線USB的な使われ方が想定されている。このPANは、現在IEEE 802.15として標準化が進められている。

 だが、Bluetooth自体は現行の仕様で最大1Mbpsの通信速度と低速なうえ、IEEE 802.11b/gと同じ2.4GHzの帯域を使っていることから、干渉問題などであまりいいイメージが浸透していない。対応の周辺機器がリリースされたり、2Mbpsへのスピードアップも図られるなど、改善材料は少しずつ出てきてはいるが、無線LANの人気に比べるといまいちという印象だ。

 そこで登場するのがBluetoothの後継規格だ。インテルがたびたびデモを実演していたが、「UWB(Ultra Wide Band)」がその最有力候補として考えられている。実際、「IEEE 802.15」での検討も始まっており、おそらくBluetoothの後継はUWBが担うと考えて間違いないだろう。UWBはもともと米国で軍用技術として発展していたもので、帯域を広く取ることで最大で100Mbps近い高速通信を実現できる。出力を低く抑えているため(電波規制の関係)、低消費電力が実現できる代わりに、通信距離はBluetoothクラスの10mほどとなる。まだ研究段階だが、早ければ2004年から2005年にかけて製品が登場することになるだろう。

 UWBの登場は、LAN型メッシュ・ネットワークに革新をもたらす可能性がある。近距離、低電力、高速接続というUWBの特徴は、まさにメッシュ・ネットワークにうってつけだからだ。このUWBのゴールは、技術革新による周辺チップ統合と、量産によるコスト削減である。Bluetoothの立ち上がりが失敗した原因の1つは、このコスト面にあるのだが、もしUWBがそれを実現できれば、組み込み用途への適用など、新しい可能性が見えてくるはずだ。

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