【トレンド解説】
ネットワーク業界にもグリッドの波
〜 Oracle 10gにみるバーチャライゼイションとは〜
鈴木淳也
2003/10/3
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ネットワーク業界のみならず、IT業界全体の最近の傾向として、技術がトレンドをけん引する機会を見受けることが少なくなった点が挙げられる。特に新技術の登場がトレンドの転換点になることの多いネットワーク業界では、ここ1年ほど大きなトレンドのシフトが発生していない。技術が定着してきた証拠ではあるのだが、一方で祭りの後の寂しさのような感覚もある。
ネットワーク技術興隆の間、そしてその直後、企業はインフラ投資を進める。そして次に、それらインフラをいかに活用するかというフェイズに入る。不況とも相まって、現在、企業は投資を抑制しつつ、それまでに投資したインフラをフル活用する方向性を見いだしつつある。
なかでも、注目が集まるのが、ソフトウェアの重要性だ。ばらばらに集められたハードウェアを束ね、いかにシステム全体の効率をアップさせるか、ソフトウェアにはそのような課題が与えられているのだ。実際に進みつつある、その動きを検証してみよう。
■スケールアップからスケールアウトへ
こうした動きの中、1つの気になるニュースがある。今年6月に米サン・マイクロシステムズがXeon搭載の低価格サーバを発表した。その発表の席上において、米オラクルCEOのラリー・エリソン氏は「これからはマシン単体のパワーを上げるのではなく、低価格のサーバを組み合わせることでシステム全体としてパフォーマンス向上を図る」という、スケールアップから、いわゆるスケールアウトの方向性を目指すことを示唆していた。事実、9月上旬に米カリフォルニア州サンフランシスコで開かれたOracleWorldでは、そのコンセプトを踏襲する新製品Oracle 10gを発表した。
Oracle 10gのキーワードは「グリッド・コンピューティング(以下、グリッド)」である。一般にグリッドの基本概念は、社内に無数に存在する余剰リソース、例えば近年性能の大幅にアップしたクライアントPCのCPUパワーなどを再配分し、有効活用するというものである。IBMが積極的にこの分野に取り組んでいることが知られている。
だがここでオラクルが提唱したグリッドは、もっとシンプルにサーバを並列化して巨大な1つのデータベース、あるいは1つのアプリケーションサーバとして動作させようというものである。並列化に用いられるサーバは最新プロセッサを搭載したものではなく、1Uラックに収まるような普通の性能のサーバ、あるいは既存の旧型サーバでも構わない。
一般に、スケールアップで性能向上を望むと、価格は指数関数的にアップする。インテルのCPU価格などでも分かるように、最新で最高の性能を持つ製品ほど価格の上昇率が高くなるのだ。例えば、あるサーバがあったとして、その2倍の性能を実現しようとしたとき、スケールアウトでは2倍の値段で済むのに対して(現実には台数分の性能が得られるわけではないが)、少なくとも2倍の値段ではスケールアップの選択肢は選べないだろう。
オラクルがこのような発表を行うには、もう1つの背景がある。近年のIT業界では、セールストークとして「コスト削減」が1つの合言葉のようになっている。付加価値での差別化ももちろんだが、まず価格面での訴求ありきなのだ。OracleWorldの会場で、米サンCEOのスコット・マクニリ氏は「われわれのライバルはデル」だといっている。1990年代には飛ぶ鳥を落とす勢いだったサン・マイクロシステムズは現在、上はIBMなどのメインフレーム、下はデルなどのPCメーカーと激しく競合し、サーバ市場でのシェアを低下させている。
特にPCサーバの性能向上と価格低下は著しく、サンはいや応なくミッドレンジ以下のこの市場を意識せざるを得ないのだ。またサンは、ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)という高性能コンピュータの分野にもリソースを割いている。どうやら、オラクルの動きとサンの動きの接点はこの辺りにあるような気がする。
■グリッド実現までの課題
オラクルが10gで目指すグリッドの最終形態は、データベースなどのレイヤを完全に抽象化して「バーチャライゼーション(Virtualization:仮想化)」を実現することである。リソースの効率的な配分による性能向上のほか、フェイルオーバーによる冗長化、さらには異なる種類のデータベースを統合して、単一のインターフェイスによるアクセスが可能になる。
まずサーバの統合(Consolidation)を行い、次に効率的な管理体系を導入して仮想化(Virtualization)を実現する。現在、SAN(Storage
Area Network)でも同様の動きが進んでいるが、今回はアプリケーションの分野でもその動きが起こった形だ。
だが、この道は容易ではない。現在のOracle 10gで実現できるのは、Oracle9i時代に使われていたReal Application Cluster(RAC)技術がベースとなっている。つまり、クラスタリング技術そのものだ。完全な仮想化を実現するまでには、さらなる工夫が必要になるだろう。
今回のOracle 10gでは、Enterprise Managerと呼ばれる管理ツールがグリッドを構成するための重要な役割を果たすようになる。Oracle Enterprise Manager(OEM)は、従来まではデータベースの統合管理を行う比較的シンプルなツールだったが、10g世代ではグリッドの機能の中心ともいえる役割を果たすことになる。Oracle 10gはデータベースそのもののスケールアップも行われているものの、その実態は管理ツールのOEMがメインだといえそうだ。
ストレージの話に戻るが、最近のストレージ業界のトレンドはソフトウェア、いわゆる管理ツールが重要な役割を果たしつつある。業界最大手のEMCでは、Legato Systemsを買収して管理ソフトウェアの強化を行っている。ストレージ業界各社では、ストレージだけが製品として売れる時代は過ぎ、サーバ/ストレージ統合と管理をいかに行うかというソリューションが重要になりつつあるというのが共通の認識だ。EMCのLegato買収も、このトレンドにのっとったものである。
ここからは予測の域だが、ネットワーク業界にも似たようなトレンドが起こるのではないだろうか。ストレージ、データベース、アプリケーションサーバときて、次にこの波がネットワークの世界にもやって来ると考えるのは自然だろう。既存のネットワークリソースをいかに管理して、システム全体として効率的に利用するか、そのようなソリューションを提供できる管理ツール登場の可能性と、ソフトウェアの重要性がさらに上昇、などの変化が考えられる。
■いかにグリッドを実現するか
グリッドのもう1つの課題は、いかにネットワーク的にサーバ同士を結合し、グリッドを実現するかにある。実はこの部分が、ネットワーク業界にとっての一番の関心事かもしれない。なぜなら、先ほどの管理ツールの重要性にもリンクするからだ。
Oracle 10gで提案されるようなグリッドを実現する場合、クラスタリングの構成を拡大していくのが一般的だろう。クラスタリングの標準的な構成は、図1のようにクラスタを行うサーバ群、共有ディスク、サーバ同士を結ぶインターコネクト、ネットワーク・インターフェイスらが集まったものである。
表1 クラスタリング |
重要なのはインターコネクトの部分で、ここを経由してサーバ同士が情報交換したり、互いに稼働状況を監視したりして、リソース配分や迅速なフェイルオーバーを実現するのである。古くは旧タンデム(コンパックに買収された後、HPと吸収合併)が開発したServerNetのような技術があるが、高速で信頼性が高い半面、高価という難点があった。共有ディスクと並び、このインターコネクトの存在がクラスタリング実現の高コスト化の原因となっていた。
イーサネットを使用したネットワーク・クラスタと呼ばれる技術もあるが、通信速度や通信形態の問題などから、一般に純粋なインターコネクトによるクラスタリングよりは信頼性が低いとされている。そこでインテルなどが開発していた、InfiniBandと呼ばれる技術に注目が集まった。光ファイバを用いることでサーバ同士を高速接続するこの技術は、次世代クラスタリング技術の目玉と目されていた。だが実際には思うように成果が出ず、とうとう今年になりインテルも開発から撤退してしまった。同社では、より安価なPCI-Expressをこの分野に適用しようとしているが、通信距離などの問題から実際には利用が難しいという声もある。
現在、次世代クラスタリングを実現するのはギガビット・イーサネットや10ギガビット・イーサネットであるとも考えられている。速度的には申し分ないし、信頼性を上げる技術の研究も進んでいる。そして何より価格が安い。ネットワーク技術者によるノウハウの蓄積もあるから、導入が比較的スムーズに進むというメリットもある。そのときに重要になるであろうと思われるのが、管理ツールの存在だ。
アプリケーションレベルでの監視は、前述オラクルのOEMなどが担当するだろう。だが、より下位のレイヤの監視については、別途専用のツールが必要になると思われる。複数のサーバを接続する必要性からも、ネットワークの存在がより重要になると想像される。
アプリケーション分野で起こりつつあるグリッドの動きは、ベースとなるネットワーク業界をも巻き込み、今後拡大を続けていくだろう。そのとき、これまでは比較的地味な存在であったネットワーク管理ツールの役割が浮上することになるのではないだろうか。
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