元麻布春男の視点
4バンクRDRAMのインパクト
−次世代メモリのカギは性能よりも価格−

元麻布春男
2001/02/16

 次世代のPC向けメイン・メモリに求められるものは何か。この命題に対する答えは、作る側であるメモリ・メーカー、それを購入するPCベンダ、そして最終消費者であるユーザーのそれぞれで、若干異なっていることだろう。だがどの立場であれ、次世代メモリ・デバイスに求められる要素に「価格」が含まれており、それが極めて大きな(ひょっとすると最大の)ポイントであることを否定する人はいないハズだ。もともと次世代メモリへの要求が高まったのは、高速化するCPUにメモリの性能が追いつかない、という議論があったからだったわけだが、いま次世代のメモリが何かを論じるにあたって、性能より価格の方が重視され始めたのは皮肉としかいいようがない。

PCシステムの価格低下が要因

 なぜ性能より価格が重要なのか。1つは、この数年でのPCのシステム価格の劇的な低下により、PCに高価なメモリを採用できる余地がなくなってしまったことだ。それに最大の消費地である米国の景気後退が拍車をかけている。PCを売る側にとって、メモリの価格は低くなければならないし、当然メモリ・メーカーはその要請にこたえなければならない。

 一方、ユーザーにとってメモリは安くなければならない、という積極的な理由は実はあまりない。もちろん、お金を払う以上、安い方がよいのは当たり前のことだが、ある決められた予算枠に収まらなければならない、といった強いものではないと思う。むしろユーザーの考えるところは、いくら高速なメモリでも高かったら買わない、ということだろう。その理由は簡単。一般のユーザーには、高速なメモリを用いても「劇的な」性能向上は得られないからだ。

メモリの高速化の恩恵

 高速なメモリによる恩恵が受けられない理由はいくつか考えられる。1つは既存のプロセッサが、メモリの帯域幅を十分活用できないことである。現在、最も広く使われているPentium IIICeleronの基本的なマイクロアーキテクチャは、1995年にリリースされたPentium Proの「P6マイクロアーキテクチャ」を継承している。当時のメモリといえば、いわゆるFast Pageモードを備えたもので、EDO DRAMですら普及していなかった。ある意味P6マイクロアーキテクチャは、低速なメモリを用いた場合でも最大の性能を出すように考えられたものであり、逆にメモリの性能が上がっても、その恩恵を受けにくい。

Pentium 4とIntel 850チップセット
インテルの最新のプロセッサ「Pentium 4」とPentium 4対応チップセット「Intel 850」。Intel 850は、デュアルRDRAMチャネルを採用し、3.2Gbytes/sのメモリ帯域幅を実現する。

 この問題がややこしいのは、単にP6マイクロアーキテクチャの問題だけにとどまらないからだ。現在、市場にはまったくアーキテクチャの異なるAthlon、Intelによる次世代アーキテクチャであるNetBurstを採用したPentium 4といった、新しいプロセッサが登場している。こうした新しいプロセッサであれば、もはやP6マイクロアーキテクチャの制約は存在しない、と考えがちだ。ハードウェア的にはこれは間違っていないかもしれないが、そう単純な話ではない。

 例えばPentium 4プロセッサには、メモリの帯域を最大限生かすよう、SSE2(ストリーミングSIMD拡張命令2)といった新しい命令セットが加えられている。だが、既存のアプリケーションは、こうした新しい命令セットに対して最適化されていない。もちろん、アーキテクチャの改良により、Pentium 4やAthlonといった新しいプロセッサは、Pentium IIIに比べれば拡大されたメモリの帯域を活用できる。だが、アプリケーションが最適化されない限り、本当の真価を発揮することはできないのだ。ところが、アプリケーションが急速に最適化される可能性は残念ながら高くないのである。その理由の1つは、新しいプロセッサへの最適化は、ISVにとって自ら市場を狭めてしまう結果になりかねないこと、そしてもう1つは、最適化しようにもそれに必要なツールが十分供給されていないことだ。

最適化ツールの供給がメモリ帯域の活用を妨げる

 Windowsベースのアプリケーション開発に最も広く使われているのは、MicrosoftのVisual Studioシリーズのコンパイラだが、これらに含まれるランタイム・ライブラリ(クラス・ライブラリ、Cの標準ランタイム・ライブラリなど)は、Pentium 4やAthlonにいっさい最適化されていない。現時点ではVisual Studio 6.0 Service Pack 4に対して、「Processor Pack」というモジュールが提供されているが、これで可能になるのはCのソースコード中にIntrinsicsでSSE2や3DNow!といったSIMD命令をインライン記述できるようになることだけで、ライブラリなどのアップデートは含まれていない。今のところMicrosoftの開発ツールのうち、SIMD命令を用いたライブラリを持っているのは、DirectX SDKのみだと思われる。

 さらに悪いことに、この状況は基本的に次のメジャー・バージョンアップであるVisualStudio.NETにおいても変わらない。(おそらく)Service Pack 1においてIA-64に対するサポートが加えられることになっている(最初のリリースはIA-64にも対応しない)ものの、ライブラリを新しくx86に加えられた命令に最適化する予定はない。現時点で、Pentium 4に対応したコンパイラはIntel C/C++コンパイラVer.5.0のみ(ただし完全対応ではないともいわれている)、というのが実情だ。なお、国内ではIntel C/C++コンパイラVer.5.0の販売はいまのところ行われておらず、個人輸入などの並行輸入しかない状況にある。

オフィス・アプリケーションはメモリ高速化のメリットが出にくい

 だが、こうした状況より、ひょっとするともっと深刻な問題があるかもしれない。それは、一般ユーザーが日常的に使っているオフィス・アプリケーションなどのメインストリーム・アプリケーションは、メイン・メモリの帯域をそれほど必要としないということだ。もちろん、プログラムである以上、メイン・メモリを利用しないハズがないし、効果がまったくないわけではない。だが、オフィス・アプリケーションにはプロセッサとメイン・メモリの間に入れられた1次キャッシュと2次キャッシュ、2段階のキャッシュ・メモリが極めて有効であるため、メイン・メモリの性能差が表面化しにくい、というわけだ。

 つまり、現時点で一般ユーザー向けのアプリケーションを前提にする限り、メイン・メモリを高速なものに変更した場合の効果は、限定的なものにならざるを得ない。効果が限定的である以上、次世代のメモリに対する価格の上乗せも限定的でなければならない、というのがその理屈だ。

Direct RDRAMが普及しないワケ

 では、メモリの価格は何によって決まるのか。DRAMの価格はコスト(原価)によって決まるのではない。現在のメモリ価格は、2000年の夏ごろに比べて約1/3の水準にまで落ち込んでいるが、この間にメモリの製造コストが1/3になったと考える人などだれもいないハズだ。メモリの価格は、ほとんど市場での需給関係によって決まるのであり、今回のメモリ価格暴落は米国の景気後退とそれによるPC需要の低迷によるものと考えられる。

 しかしだからといって、コストがどうでもよいわけでもない。消費者にとってはともかく、作る側にとっては、コストの削減は利益率に直結する重大なテーマだ。次世代のメモリとして、一部のメーカーが断固としてDirect RDRAMを拒否し、DDR SDRAMを推す大きな理由の1つは、コストだと思われている。多くの人がDDR SDRAMを次世代メモリの主流と考えるようになった理由は、DDR SDRAMの旗振り役であるMicron Technologyが「DDR SDRAMは、通常のSDRAMに対して価格のプレミアがない」と断言したことだが、その裏には同社がSDRAMで培ったコスト競争力があるに違いない(同社はSDRAMの価格が暴落したいまも、DDR SDRAMの価格は通常のSDRAMと同じと主張し続けている)。

 これに対し、常に高価であるとの批判を受け続けてきたのがDirect RDRAMだ。i820チップセットの発表・出荷時にトラブルでつまずき、MTH(Memory Transfer Hub:Direct RambusにSDRAMを接続するための変換チップ)のリコールで(それが直接Direct RDRAMの問題でないとしても)イメージが傷ついたDirect RDRAMだが、そもそもの問題は価格が高い、ということであった。現在の価格は128MbytesのPC800 RIMM(RIMM:Direct RDRAMを搭載したメモリ・モジュール)が2万円台の前半、PC700 RIMMならPentium 4で公式にサポートされていないこともあって1万円前後まで落ちているものの、通常のSDRAMに比べて割高であることは否めない。128MbytesのPC133 SDRAM DIMMが4000円台で売られていることと比較すると、その差は歴然だ。

メモリの種類 平均価格
PC100 CL2 4998円
PC133 CL3 5098円
DDR SDRAM PC2100 1万9002円
Direct RDRAM PC800 2万4022円
Direct RDRAM PC700 1万1551円
メモリの平均実売価格
128Mbytesの秋葉原のPCパーツ販売店における実売価格の平均(価格データの出典:サハロフ佐藤氏の「秋葉原レポート2001年2月10日号」)

 128MbytesのPC800 RIMMがいまのPC700 RIMMの価格まで下がれば、パフォーマンスPCクラスであれば採用に大きな問題はないと思うが、バリューPCで使うにはまだつらい。これまで、PCのセグメントによって異なる種類のメモリを使い分ける、といったことは、移行期を除いてなかっただけに、このような「すみ分け」が長期に渡って継続されるのか、疑問も残る。この点において、少なくとも近い将来を考えたとき、現行SDRAMと価格は変わらないと主張されているDDR SDRAMに大きなアドバンテージがある。

4バンクRDRAMはDirect RDRAM普及の救世主となるのか

Samsung Electronicsが開発した4バンクのRDRAM
バンク数を大幅に減らすことでコストの削減を実現したRDRAMチップ。Samsung Electronicsによれば、20%以上のコスト削減が可能だという。

 こうした状況に対し一石を投じる形になったのが、日本サムスンが1月19日に出したプレスリリースだ。「サムスン電子、普及型ラムバスDRAM開発」と題されたリリースは、「製造コストを大幅に減らした普及型ラムバスDRAM製品」の開発を告げたもの。リリースによると、これまでのものに比べダイサイズが5%以上縮小され、製品生産原価が20%以上減ったという。この「普及型ラムバスDRAM」の正体は、昨年から同社がセミナーなどで開発の意向を示していた4バンク構成のDirect RDRAMのことだ。今までのDirect RDRAMが32バンク構成であったのに対し、大幅にバンク数を減らすことで構造を単純化している。なおバンク数以外にも、現行のDirect RDRAMが2バンクで1つのセンスアンプ(記憶素子からの信号を増幅する回路)を共有しているのに対し、4バンクDirect RDRAMでは各バンクでセンスアンプが独立している、という違いもある。

 だが、これで一気にバリューPCセグメントまでDirect RDRAMが普及すると考えるのは早計に過ぎる。まず考えなければならないのは、バンク数が減ることによる性能低下の問題だ。バンク数が8分の1に激減することで、性能低下が懸念されるが、ことPC用途に関する限り、その心配はあまりないという。現在流通している128Mbytes RIMMは、ほとんどが128Mbitsチップを8個用いたものだ。つまりRIMM1枚当たりのバンク数は256バンクにもなる。これが4バンクDirect RDRAMに置き換えられてもバンク数はまだ32バンクもある。有効なバンク数と性能には、グラフのような関係があると考えられ、むやみにバンク数を増やしていっても性能は向上しない。4バンクのDirect RDRAMを用いたRIMMで想定される32バンクという数は、必要な性能を得るのに十分だ、とSamsung Electronics(サムスン電子)では考えているのではないかと思われる。

有効なバンク数と性能
バンク数を増やしていけばある程度は性能が向上するものの、その後は頭打ちとなる。逆にいえば、バンク数が減っても、大幅な性能の低下はみられないということだ。

4バンクRDRAM普及のカギは対応チップセット

 逆に、PCで考えなければならないのは、既存のチップセット(メモリ・コントローラ)との互換性の問題だ。これだけ内部構成が変わる以上、メモリ・コントローラへの影響は避けられない。既存のチップセットで4バンクDirect RDRAMを用いたRIMMが動かなかったとしても不思議ではない。いうまでもなく、これはマイナス材料だが、もしアーキテクチャを変えるのならRDRAMがあまり普及していないいまがチャンスとDirect RDRAMを推進しているSamsung Electronicsなどは考えている可能性もある。

 むしろ問題は、果たしてIntelが4バンクDirect RDRAMをサポートしたバリューPC向けのチップセットを新たにリリースするだろうか、ということだ。特に、4バンクDirect RDRAMの供給がSamsung Electronicsの1社だけでは、いかに同社がメモリ・メーカーの大手といえども、対応するチップセットをIntelがリリースするとは考えにくい。既存のi850(Pentium 4用のDirect RDRAM対応チップセット)に手を入れて4バンク対応にするということならあり得るかもしれないが、2チャンネル構成のi850がベースでは、バリューPC向けにはならないだろう。ほかのメモリ・メーカーのサポートが必要なハズだ。

 しかし、現時点でほかのメモリ・メーカーの反応は、あまり芳しくないようだ。現在Samsung Electronics以外にDirect RDRAMを供給しているのは日本の東芝およびエルピーダ・メモリだと考えられるが、こうしたメーカーから4バンクを手がけるという話はいまのところ聞こえてこない。4バンク構成にしても、Samsung Electronicsが主張するほどコストは下がらないという話もあるし、何より日本のメーカーとSamsung Electronicsでは、若干状況に違いがあると考えられる。

Intelが4バンク対応チップセットをリリースするかどうかがカギ

 Direct RDRAMは何もPCのメイン・メモリにだけ用いられるのではない。デジタルBS対応TVやDVカメラといった家電製品、そしてゲーム機であるPlayStation2にもDirect RDRAMが使われていることはよく知られている。こうした製品とPCの最大の違いは、用いているチップ数が違うことだ。RIMMを用いるPCでは、最低でも4〜8個のDirect RDRAMチップが使われるのに対し、家電製品では1〜2チップしか実装されないことが多い。メモリ・チップ自体のバンク数が減った場合、性能に大きな影響を受けるのは、PCではなくこうした家電製品だと考えられる。家電大国である日本のメーカーである東芝やエルピーダの顧客は、Samsung Electronicsよりも家電メーカーへの出荷比率が高いとしても何ら不思議はない。こうした事情が、4バンクDirect RDRAMに積極的になれない理由としてあるのかもしれない。

 いずれにしても、4バンクDirect RDRAMの成否は、Intelのチップセットサポートにかかっている。それが、前述のプレスリリースにある中低価格PC市場向けのものでなくてもいいから、まずチップセットがなければ話が始まらない(現時点で4バンク専用のチップセットはまず考えられない)。果たしてIntelは対応チップセットをリリースすることで、これまでDirect RDRAMを量産しIntelのDirect RDRAM戦略を支えてくれたSamsung Electronicsにこたえるのか、それとも心はすっかりDDR SDRAMなのか、対応が注目される。記事の終わり

 

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Pentium 4のマイクロアーキテクチャのすごさ

  関連リンク
普及型ラムバスDRAM開発のニュースリリース
 
「元麻布春男の視点」

 



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