元麻布春男の視点
米国の景気後退はブロードバンドにブレーキをかける?


元麻布春男
2001/03/16

 2000年秋、唐突に始まった米国経済のリセッション(景気後退)の嵐は、21世紀に入ってもやむことを知らない。Apple Computer、Dell Computer、Sun Microsystemsといった会社が2000年第4四半期から次々と業績の下方修正を行い、さらにそれが株価の引き下げを呼ぶといった「不景気の循環」がすっかり定着してしまった。3月に入っても、Oracle、Yahoo!といった、かつては超優良銘柄と考えられていた会社が業績の下方修正を行っている。Oracleの業績が振るわないということは、それを利用するパッケージ会社、例えばSAPやBaanの業績も悪化するということを示唆しており、市場全体に与える影響は小さくない。

 また、利益がほぼ吹っ飛んでしまったYahoo!では、CEOのティム・クーグレー(Tim Koogle)氏が辞任し、後任のCEO選びに入っている。いわゆるドットコム(.com)企業の崩壊は、いまに始まったことではないが、Yahoo!のようなトップ企業、特にネット広告というビジネス・モデルの象徴のような企業が業績不振に陥ったことで、この業界の状況が考えられていた以上に深刻であることを暴露してしまった。しばらくは、立ち直るきっかけが見つからないかもしれない。

Intelさえも不景気対応モードに

 ティム・クーグレー氏がYahoo!のCEOから退くことを表明した翌日、今度はIntelが業績見通しの下方修正の発表を行った。2001年第1四半期(2001年1〜3月期)の売上高予想を、前期(2000年第4四半期)の87億ドルから25%減の65億ドルにしたもので、当初は15%減を予定していた(Intelの「2001年第1四半期の売り上げ予測の下方修正に関するニュースリリース」)。これに伴い、粗利益率も当初の58%から51%へ下方修正されている。

 これに対応するIntelの措置は、5000人の人員削減と、年間の研究開発費の1億ドル削減というもの。といっても5000人の削減は、主に自然減を補充しない形をとるもので、新たにレイオフなどを実施するものではない。また、研究開発費も、43億ドルを42億ドルに引き下げるのだから、決して大幅ではない。粗利益率でも分かるとおり、業績を下方修正したといっても、同社が大幅な黒字にあることに変わりないことを思えば、レイオフや研究開発の凍結といった、大ナタをいまのところ振るう必要がないことも確かなのだろう。

 それに何より、わずか1週間前に開かれたIDF(インテル主催の開発者向けイベント)で、IntelのCEOであるクレイグ・バレット (Craig Barrett)氏自らが「次の景気上昇局面に備えよ、未来への投資を怠るな」と参加者を鼓舞したばかり。その舌の根も乾かぬうちに、大幅なリストラを打ち出したのではシメシがつかないというものだ。とはいえ、すでにIntelは社内に対して、役員などの昇給や昇進の延期、出張経費の削減を通達したともいわれており、不景気対応モードに入っていることは間違いない。

米国のドラスティックさが活力を生む 

 こうした海外の企業の動きを見ていると、そのドラスティックさに、ある種の感動(?)さえ覚える。そして、それは何もIT企業に限ったことではないようだ。今回IDFでサンノゼを訪れた際、現地で働く日本人の方と話す機会があったが、その表現を借りると、「ある日、突然そこらじゅうの店でセールが始まり、不景気が来たと実感できる」そうだ。首相の発言が辞任を意味するのかどうかでモメている日本とは、かなりメンタリティが異なることは間違いない。この国では、企業のトップにしても、まず後任を決めない限り、決して辞任を口にしないのが決まりであるのに対し、米国ではまず辞任して後任を探すという形をとることが珍しくない。例えば、Appleもこのパターンを過去に何度か繰り返している。どちらがよいのかは分からないが、次のトップを決めておくことで、社内の動揺を抑える内向きの日本と、まず株主に対して責任をとる外向きの米国、ということはいえるかもしれない。

 とはいえ、どちらが分かりやすいかは、いうまでもないだろう。個人投資家を呼び戻すことで、株式市場の再活性化を図りたいというのであれば、こうした透明性の確保が必要だろうし、株主総会を特定日に集中させるといった、株主不在の行為は直ちにやめるべきだ。結局は、危機管理ができる国と、できない国の違いを見ているような気もする。10年たっても不良債権を処理できないのもやむを得ないかなぁ、という感じである。

電話の従量制課金がブロードバンドを普及させる?

 もう1つ、不景気モードの米国で筆者が感じたのは、ブロードバンドの(おそらくは一時的な)後退だ。ニューエコノミー真っ盛りのころは、デジタルのCATVだ、ADSLだと騒がしかったのが、かなり後退した感じを受けた。実際、2000年秋から、ADSLのプロバイダが何社も倒産の憂き目にあっている。基本的にローカル(市内)通話が無料の米国では、「アナログ電話はしぶとい」というのが正直なところだ。今回、サンノゼのFry's(米国の大型量販店)でV.92対応*1のアナログ・モデムが販売されているのを見た(おそらく日本ではV.92は普及せずに終わるのだと思う)。いくら安いとはいえ、ADSLに加入すると、月にいくらか、おそらくは40ドル弱ほどの料金をとられる。アナログ・モデムによる通信なら、タダで済む。この違いは大きい。

*1 V.92は、現行のV.90を拡張したもの。下り(ISPからモデム)が56kbits/sであることはV.90と変わらないが、上り(モデムからISP)が33.6kbits/sから48kbits/sに高速化されている。また、ハンドシェーク時間が短縮されており、ISPへのダイヤルアップから接続までの時間が約10秒(V.90では約20秒)になる。さらに、電話会社が提供するコールウェイティング・サービス(キャッチホン・サービス)を利用し、インターネットを使用中でも、かかってきた音声通話に出たのち、インターネットへの再接続(継続使用)が行える、という特徴を持つ。

 実際には、電話だってタダではない。月にいくらかの固定料金を払っているわけだが、電話の契約を打ち切ってADSLに絞る、というのは一般的にはまだ無理だ。だからこそ逆にいえば、Voice Over xDSLはキラーアプリだと考えられているのである。となれば、おのずと残す方は電話になる。現時点では、インターネットに月40ドル弱の料金に見合うだけのブロードバンド・コンテンツはない、というのが米国の消費者の判断なのだろう。40ドルあれば、おそらくCATVで契約していないチャンネルをいくつか追加できる。一方、インターネットにそれに対抗できるだけの一般家庭向けコンテンツがあるのか、といわれると難しい。インターネットは、米国の家庭ではもはや必需品になりつつあるが、それはいまのところ無料のアナログ電話経由の接続でよい、ということなのだろう。

 もちろんこうした話は、市内の通話料金が基本料金に含まれている米国での話。3分間で8.8円だの、8.7円だのとられる日本とは、状況がまったく異なるのはいうまでもない。ひょっとすると、電話料金が従量制であるがゆえに、ブロードバンドが米国より先に普及するとしたら、何とも皮肉な話だ(とはいえ、筆者はフレッツ・ADSLに申し込んでずいぶんたつが、いまだに何の音沙汰もない。やっぱりマイラインプラスは東京電話かも)。記事の終わり

 

  関連リンク
2001年度第1四半期業績の下方修正に関するニュースリリース
2000年度第4四半期業績に関するニュースリリース
2001年度第3四半期の決算速報に関するニュースリリース
2001年第1四半期の売上予測の下方修正に関するニュースリリース
マイライン・サービスに関するホームページ

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