元麻布春男の視点
逆風に立ち向かうサウンド・カードに明日はあるのか?


元麻布春男
2001/10/05

 もともとPCにはサウンド機能はなかった。こう言うと、驚くユーザーが多いのではないかと思う。2001年で20周年を迎えたPCだが、IBMがリリースした「IBM PC」には、ビープ音以外、サウンドと呼べるものはなかったのだ。現在のようなサウンド機能がほぼすべてのPCに備えられるようになったのは、Windows 95登場以降のことである。サウンド機能を持たないPCに、サウンド機能を付与する最も手っ取り早い方法は、サウンド・カードを差すことだ。ISAPCIといった拡張スロットに対応したサウンド・カードは、グラフィックス・カードと並んで、最もポピュラーな拡張カードとなっている。

サウンド・カードに逆風が吹いた

 ところが、ここにきてサウンド・カードに対して逆風が目立ってきた。PCの低価格化や小型化といった外的要因に加え、より低価格なAC'97 CODEC(詳細は後述)の普及、これまでサウンド・カード市場の牽引役だったPCゲーム・ソフトウェアの停滞、進まない複数スピーカを用いたサラウンド・サウンドの普及、といった事柄だ。

 PCの低価格化が、拡張カードという余分なコストを必要とするオプションに逆風なのはいうまでもない。グラフィックス機能は、サウンド機能以上に価格と性能の間の相関関係がハッキリしており、採用するグラフィックス・チップにより、PCの格付けが行われることが多いため、拡張カードというオプションが残りやすい分野だ。しかし、それでも普及価格帯のPCでは、チップセットに内蔵されたグラフィックス機能を用いることが増えている。サウンド機能も、価格と機能の間には相関関係が見られるのだが、例えBTOを行うPCベンダであっても、複数のサウンド・カードをオプションとして用意するところが少なくなっているのが現状だ。例えば、BTOによる直販PCベンダの大手であるデルコンピュータの場合、最もパーツの選択肢が多いDimension 8200でもオンボードによるAC'97サウンドのほかは、「Turtle Beach Santa Cruz」と「Sound Blaster Live!/Value 512ボイス」の2種類のサウンド・カードからしか選択できない(2001年10月4日時点)。

オンボード・サウンドが一般化した理由

 当然のことながら、PCの小型化もサウンド・カードには逆風となる。PCの低価格化と小型化により増えているのがオンボード・サウンド(マザーボードにサウンド機能を持たせること)だ。オンボード・サウンドには、PCIバス接続のサウンド・コントローラ・チップを実装するものと、チップセットのサウスブリッジが内蔵するサウンド・コントローラ機能を用いるものがあるが、最近採用が増えているのが後者である。特にAC'97(Audio Codec '97)と呼ばれる規格に準拠したものが増えている。

 AC'97は、サウンド機能のデジタル回路部分(コントローラ部)と、アナログ回路部分(CODEC)を切り分ける標準仕様である。アナログ回路部分を分離することで、チップセットにコントローラを統合することが容易になる(一般的にアナログとデジタルを混在した回路は、どちらか一方だけの回路より設計・製造などが難しいため)。Intelの800番台シリーズのサウスブリッジ(I/Oコントローラ・ハブ:ICH)にAC'97対応サウンド・コントローラが標準搭載されたこともあり、これに準拠したサードパーティ製のCODECチップの供給は潤沢だ。これを受けて、サードパーティ製のチップセットも、大半がAC'97対応のコントローラ機能を内蔵するようになっている。

 サウスブリッジがAC'97対応のサウンド・コントローラ機能を持つことで、PCI対応のコントローラ・チップが不要になり、拡張カードという形式が不要になることと合わせ、サウンド機能の実装に必要なコストは確実に低下する。サウンド機能に多くを求めないビジネス向けのクライアントPCや、コンシューマ向けでも低価格帯のPCでは、大半がすでにAC'97を利用したサウンド機能を採用している。

 ただし、こうした価格を重視したAC'97によるオンボード・サウンドばかりであれば、サウンド・カードの生き残りはそれほど困難ではない。機能や性能での差別化が可能であるからだ。過去にもオンボード・サウンドは存在したが、サウンド・カードとは棲み分けてきた。

 最近のオンボード・サウンドが侮れないのは、機能や性能という点でも、大幅な進歩を遂げつつあり、単に安いだけのサウンド機能ではなくなりつつあることだ。例えば、最近のIntel純正マザーボードには、サウスブリッジ(ICH2)に内蔵されているAC'97コントローラ機能と組み合わせる形で、Analog Devices製のAC'97 CODECチップが搭載されている(製造時オプション)。このAC'97 CODECチップ向けにAnalog Devicesが用意しているサウンド・ソフトウェアであるSoundMAXは、単にステレオ・オーディオや、ソフトウェアMIDI再生が可能であるというだけではない。3Dオーディオ(DirectSound3DならびにEAX 2.0、A3D 1.0互換)、MIDIデータのダウンロード(DLS互換)など、これまでハイエンドのPCIサウンド・カードしか備えていなかった機能をサポートしている。それどころか、オプションを利用することで、マルチ・チャネルによるサラウンドを、ステレオ・スピーカやヘッドフォンでエミュレートするバーチャル・サラウンド機能まで利用できる。

SoundMAXのプロパティ画面
ステレオ・スピーカによるバーチャル・サラウンド機能やMIDIデータのダウンロードなどが可能になっている。
 
Headphone Theaterの画面
Analog DevicesのパートナーであるSensaura社が用意するSoundMAX用オプション「Headphone Theater」。ヘッドフォンでマルチ・チャネルのサラウンド・トラックを仮想的に再現するもの。19.99ドルだが、1カ月間は無償で試用することができる。

オンボード・サウンドの高機能化を可能にするCNR

 こうしたオンボード・サウンドの高機能化に、さらに一役買おうというのがCNR(Communication and Networking Riser)だ。CNRはその名前のとおり、通信、ネットワーク、サウンドの機能を拡張するための小型拡張カード(Riser Card)の規格である。汎用のPCIバスと異なり、プラットフォーム間での互換性は保証されない。つまり、特定のCNRは特定のマザーボードと組み合わせることを前提に開発されており、CNRのスロットがあるからといって、すべてのマザーボードでも動作するとは限らない(本来、CNRはOEMが安価にオプションを選択できるようにすることを目的として開発されたものであり、CNRカードを一般小売市場に流通させようとしたものではないため、こうした仕様はやむを得ない)。

 同様なものとして、CNRの前身であるAMR(Audio Modem Riser)が存在するが、両者で異なるのは、利用可能なインターフェイスにある。AMRが、実際にはAC'97インターフェイスと電源のみ、といってよい構成だったのに対し、CNRはAC'97インターフェイスと電源に加え、MII(Media Independent Interface: LANやHomePNAのコントローラ機能と、外付けの物理層(PHY)チップを接続するインターフェイスの一種)、USB、そしてSMBus(ハードウェアの管理や監視に使われるバス)を含む。これによりCNRの用途はオーディオとモデムだけでなく、幅広い用途に利用可能となった。ただし、こうしたインターフェイスは、サウスブリッジ・チップの機能に依存するため、マザーボード依存性がなくなったわけではない。そして何より、SMBusの導入により、プラグ・アンド・プレイ機能をサポート可能となっている。AMRにはこのプラグ・アンド・プレイ機能が欠けていたため、AMRを含んだシステムがWHQL(Windows Hardware Quality Lab:Windowsでハードウェア互換性を確認するテスト)の認定を取ることがきわめて困難だったが、CNRカードではこの問題は生じない。

CNRスロット
赤線で囲っている部分がCNRスロット。上側のPCIスロットと見比べると、スロットの幅が狭いことが分かる。

 さて、本稿の主題であるサウンド機能におけるCNRだが、2通りの使い方が想定されている。1つはマザーボード上にAC'97 CODECチップを実装したオンボード・サウンドの機能拡張用、もう1つはオンボードにAC'97 CODECチップを持たないマザーボードに、サウスブリッジ・チップのAC'97コントローラ機能を利用した安価なサウンド・オプションを提供する、ということだ。オンボードCODECの拡張となる前者は「スレーブ・カード」、新規にオーディオCODECを加えることになる後者は「マスター・カード」とも呼ばれる。つまり、サウンドだけをとってみても、マザーボード上にAC'97 CODECチップを持つかどうかで、利用すべきCNRカードが変わってくる。

 現在CNRに対応したサウンド・カードはMediatekHerculesTerratecといった会社がリリースしているものの、いずれも販売対象はOEM/システム・インテグレータであり、エンド・ユーザーを対象とした市販は行われていない。それでも将来、こうしたCNRカードをBTOオプションとして用意する直販系のPCベンダ、あるいは最初からCNRカードによる機能拡張を前提にラインアップを整備するPCベンダが登場する可能性はある。CNRに対応したサウンド・カードを用いることで、マスター・カードの場合はPCIカードより安価なサウンド・オプションの提供が可能になるし、スレーブ・カードの場合はマルチ・チャネルのアナログ出力や、S/PDIFによるデジタル出力といった機能を、オンボード・サウンドに安価に追加することが可能になる。

MediatekのCNRカード「CNR-M-6」(左)と「CNR-S-4D」(右)
台湾Mediatek製のCNRサウンド・カード。CNR-M-6は5.1チャネル出力、CNR-S-4DはS/PDIF出力にそれぞれ対応する。

 PCの低価格化と小型化が引き金となったオンボード・サウンドの隆盛と、その主流であるAC'97オーディオの高度化は、サウンド・カード市場から低価格帯の市場を奪いつつある。となれば、サウンド・カードが生き残る道は、高機能と高性能を追求するしかないように思われる。実際、グラフィックス・カードは、そのような差別化により、ベンダの数がずいぶんと減ってしまったとはいえ、いまのところ市場を維持している。果たしてサウンド・カードにも同じシナリオが当てはまるのか。次回にもう少し考えてみたい。記事の終わり

  関連リンク 
Headphone Theaterの製品情報ページENGLISH
CNRサウンド・カードの製品情報ページENGLISH
CNRサウンド・カードの製品情報ページENGLISH
CNRサウンド・カードの製品情報ページENGLISH
AC'97の技術情報ページENGLISH
CNRに関する情報ページENGLISH

「元麻布春男の視点」


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