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ネットワーク・デバイス教科書

第8回 「ADSLモデム」の購入は得か損か

渡邉利和
2001/10/10

 ADSLモデムは、ADSLを利用する際には必須のデバイスではあるが、取り巻く状況に混沌としたところがあるため、選びにくく、購入しにくいデバイスでもある。ADSLを取り巻く状況は変化が早く、現在もさまざまな変化が起こりつつある最中だ。ここでまとめることは単に現時点でのスナップショット的な情報にしかならない可能性が高いが、現状を簡単に整理し、ADSLモデムの購入が損なのか得なのかについて考えてみたい。

ADSLモデムと通信規格

 ADSLモデムは、要はモデムであり、エンド・ユーザーの利用イメージとしては従来のアナログ・モデムと特に変わるところはない。コンピュータがやり取りするデータを電話線を介した伝送に適する形式に変更して送受信する、という役割に関してはまったく同じと言ってよい。異なるのは、通信規格が従来からのアナログ・モデムと異なることと、現時点では複数の規格が混在しているという点だ。またADSLモデムでは、ルータ・タイプがラインアップされるなど、使い勝手の違いが発生する点もアナログ・モデムとは若干異なるところである。

 ADSLの通信規格に関しては、ITU-TのGシリーズで勧告されている。ただし、ITU-Tの勧告自体が複数あることが、やや問題を複雑にしている。核となるのは、G.992.1とG.992.2である。G.992.1は「G.dmt」または「フルレート」などと呼ばれることもある規格で、下り(局からユーザー宅の向き)最大8Mbpsを実現する。一方、G.992.2は「G.lite」または「ハーフレート」と呼ばれ、下り最大1.5Mbpsの規格である。ITU-Tによる規格名称では、G.992.2は「Splitterless ADSL」と表現されており、スプリッタを省略して簡便な接続を実現する代わりに、最大転送レートを下げた規格、という位置付けである。

 G.liteは、IntelとCompaq、Microsoftのほか、Bell AtlanticやSprintなどの米国電話会社7社によって1998年に設立された「Universal ADSL Working Group(UAWG)」によって規格化されたもの(Intelの「UAWG設立に関するニュースリリース」。スプリッタを不要にすることで、ユーザーのADSLモデムの設置やPCへの内蔵を容易にする目的で開発された。しかし、ADSL通信中に受話器を上げることで発生するノイズなどにより、データ通信が途切れる可能性があった。そのため、発生したノイズがデータ通信に影響を与えないようにする「マイクロフィルタ」と呼ばれる装置をモデム側に搭載することを推奨している。ただ、実際にはマイクロフィルタの搭載が、スプリッタよりも高価になることから、現状ではG.liteであってもスプリッタを利用するのが一般化している。日本国内においてはほとんどの事業者がG.liteであってもスプリッタを利用しており、実体としては「スプリッタ・レス」としては利用されていない。

モデムの選択時にはAnnexの違いにも注意

 これだけなら、「高速な規格」と「低速な規格」の2種類がある、ということで済むのだが、これにさらに「Annex(付属文書)」と呼ばれる規格が付くことで、組み合わせの数を倍加させている。Annexは、本来は国ごとの環境に合わせた修正を定義したものである。「Annex A」が米国向けで、「Annex C」が日本向けだ。単純に考えれば、日本で利用する規格は、すべてAnnex Cだと思いがちだが、実際にはG.dmt/G.liteのそれぞれにAnnex AとAnnex Cの両方の利用が想定されているので、総計4種類のADSL規格があり得ることになる。ただし、実際にはG.lite Annex Aという規格を採用している例はないようなので、「G.lite Annex C」「G.dmt Annex A」「G.dmt Annex C」の3種類が日本国内で使われている規格ということになる。

 この3種は、事業者、ないしはサービス・メニューの違いによって使い分けられている。下り最大8Mbpsという帯域を低価格で提供したことで話題を呼んだYahoo! BBはG.dmt Annex Aだが、最大1.5MbpsのNTT東日本/西日本のフレッツ・ADSLはG.lite Annex Cを採用している、といった具合だ。また、アッカ・ネットワークスとイーアクセスでは、最大1.5Mbpsのサービスに加えて、最大8Mbpsのサービスの提供を予定しているが、ここではG.lite Annex CとG.dmt Annex Cが速度に応じて使い分けられることになる。

 というわけで、ADSLモデムの選択に関しては、まず自分が利用するサービスの通信規格を確認したうえで、サポートする規格が合致したモデルを選ぶ、というのが最初のステップとなる。ただし、規格が合ってさえいれば必ず接続できる、というほど安定した状況にあるわけでもなく、実際にはサービス事業者ごとに接続保証を行っている機種のリストが公表されていることが多い。規格を確認するのはもちろん、動作保証されている機種の中から選択する必要もあるため、選択の幅は意外に狭くなる。

ADSLモデムのインターフェイス

 市販されているADSLモデムには、PCとの接続インターフェイスが何種類かある。代表的なのは、イーサネット接続とUSB接続の2種類だが、このほか、PCカード・タイプやPCI拡張カード・タイプの製品もある。接続インターフェイスの違いは、ADSLサービスの使い勝手にも大きく影響する。

 汎用性が高いのは、イーサネット接続タイプだ。イーサネット接続タイプには、単純にモデムとの接続インターフェイスがイーサネットになっているだけの「ブリッジ・タイプ」と、ブロードバンド・ルータ機能を内蔵していて複数のPCからの同時利用を可能にする「ルータ・タイプ」の2種類がある。どちらにしても、イーサネットは現在では汎用性の高いインターフェイスの1つであり、さまざまなOS、さまざまな機器でサポートされているので、最も使い勝手がよいといえる。ブロードバンド・ルータを利用する場合には、通常はイーサネットを介して接続することになるし、PCを接続する場合でも、UNIX系OSなどを利用している場合にはイーサネット接続とするのが確実だろう。

日本電気のAterm WB65DSL
ADSLモデム内蔵のブロードバンド・ルータ。オプションで無線LANにも対応可能である。

 それに対し、USB接続やPCカード、PCIカードなどでは、基本的に接続できるのはWindows PCまたはMacintoshに限られると考えた方が無難だろう。機種によってサポート対象に違いがあるので、手持ちのPC(またはMacintosh)がサポートされているかどうか、あらかじめ確認しておく必要がある。

 イーサネット接続のうちでもブリッジ・タイプの場合、ブロードバンド・ルータと組み合わせて利用する例も多くなる。複数の機器でADSL接続を共有できることや、ブロードバンド・ルータのNAT機能やパケットフィルタ機能を活用することで最低限のセキュリティが確保できるなど、メリットが多い。ブロードバンド・ルータも低価格化が進行しているため、この形態をおすすめしたいところだが、設定に余分な手間が掛かるのは確かだ。最近ではイーサネット・インターフェイスを備えたPCも増えてきているようだが、多くは自分でイーサネット・カードを差さなければならない。PCを1台しか接続しないのであれば、USB接続のものを選ぶのも悪くはないだろう。

 USB接続は、基本的には1台のPCを接続するだけ、というユーザーに向く。Windowsの「インターネット接続の共有」といった機能を使って、モデムを接続したPCをルータ代わりとして、複数台でADSL接続を共有することは可能だが、設定はさらに面倒になる。もちろん、そこまでやるならむしろブロードバンド・ルータを購入する方が簡単だし、メリットも多いはずなので、おすすめできるものでもない。というわけで、面倒なことは一切考えたくないし、将来的にも複数台同時接続なんて手を出す気はない、というユーザー以外はUSB接続のADSLモデムをあえて購入(レンタル)する必要はないのではないかと思う。PCカード、PCIカードに関しても、使い勝手はほぼUSB接続に準ずると思われる。これらは、古いPCでUSBポートが利用できない、といった場合には便利かもしれないが、やはりこうした場合でもイーサネット接続をすすめたい。

 ADSLモデムによるデータ転送速度の違いが気になるところだが、これはほとんどないようだ。後述のメルコの「IGM-U1500C」と、クリエイティブメディアの「Broadband Blaster DSL USB7410C」をイーアクセスのADSLサービスで検証したところ、ほとんど変わらない通信速度であった。今回は2機種でしか試していなため確実なことは言えないが、通信速度は、モデムの機種よりも局からユーザー宅までの距離や回線品質に大きく依存する傾向にある。購入もしくはレンタル(選択可能な場合)は、前述のPCとのインターフェイスや機能などを中心に選んだ方がいいだろう。

市販ADSLモデム「メルコ IGM-U1500C」
 
実のところ現在、量販店などでも購入可能なADSLモデムの数はそれほど多くない。その中で、最も頻繁に見かけるのが、ここで簡単に紹介するメルコの「IGM-U1500C」である。G.lite Annex Cに対応したUSB接続タイプのADSLモデムで、ケーブルの巻き取り機構をモデムの下側に備えているのが特徴だ。スプリッタとUSBケーブル、電話線などが同梱されている。モデム・チップは、Centillium Communications製の「CT-L42SU30」を採用している(Centilliumの「メルコの採用に関するニュースリリース」)。このチップセットは、USBインターフェイスを内蔵するなど、ADSLモデムの機能のほとんどをカバーしている。同じチップセットを採用したモデムであれば、機能はほとんど変わらないということになる。つまり、ADSLモデムを選択する場合、付加価値の部分を中心にチェックした方がいいことになる。

メルコの「IGM-U1500C」 メルコのADSL用スプリッタ「IGM-FSC」
量販店でも購入可能なADSLモデム。ケーブルの巻き取り機構を備えるなど、使い勝手の向上に努めている。スプリッタも標準で添付されている(後述の「IGM-FSC」とは異なるもの)。 ADSL回線と電話回線と共用にする場合に必要になるスプリッタ。IGM-U1500Cに付属するものよりも小型で、縦長ケースを採用しているのが特徴だ。電話側に接続してノイズ・フィルタとして使うこともできる。
 
IGM-U1500Cのユーティリティ画面
IGM-U1500Cには、ユーティリティが付属しており、通信状態などを確認することが可能だ。

購入するか、レンタルか

 実は、ADSLモデムの選択に当たっては「そもそも買うべきなのか」という問題がある。これにはさまざまな要素が絡むので、最終的な選択はユーザーそれぞれの判断となるが、筆者としては現時点での購入はあまり得策ではないと考えている。

 ADSLサービスは、まだ安定しているとは言い難い。これは、接続が不安定だという意味ではなく、価格やサービス内容がどんどん変化している、ということだ。Yahoo! BBの参入をきっかけに各社が激しい価格競争に突入しているのもそうだし、最大8Mbpsのサービスの提供が拡大しつつあるのも重要なポイントだ。現在のADSLモデムの中心的な購入価格は、おおよそ2万円程度である。一方、レンタル料金は事業者によって異なるが、フレッツ・ADSLでは月額490円となる。単純計算で、4年以上使うなら購入が得だが、利用期間がそれより短いならレンタルの方が安上がりということになる。

 4年先のネットワーク環境を予測するのはかなり困難だが、筆者の場合は100MbpsのFTTHサービスに移行していたい、という希望的観測を込めてレンタルで利用している。もちろん、居住地域や回線条件によっても判断の基準が変わってくるのだが、個人的な予測をあえて述べるなら、G.lite対応モデムは買ってもあまり長持ちしないように思う。これに対し、G.dmtで最大8Mbpsまで対応したものであれば、FTTHに移行するのでない限り、4年後でも「使いものにならない」という状況にはならないのではないかと予想する。

 もちろん、事業者によってはレンタルを提供していないところもあるし、ADSLモデムの実売価格が下がってくればまた判断基準が変わってくる。そもそも2万程度のものだからあまり深刻に考えるほどのことでもない、という考え方もあるだろう。それぞれ自分にあった選択をしていただきたい。記事の終わり

 
機能 チェックポイント
通信規格 利用する事業者/サービスに合致していることが大前提。そのうえで、さらに動作保証されているものであれば問題ないだろう
通信速度 ADSLモデムごとの差よりも、電話局からの距離や回線品質の影響が大きい
インターフェイス 大きく分けると、イーサネットかそれ以外か、という選択になるだろう。汎用性と機能性を求めるならイーサネット、簡便性を求めるならUSBだろう
ハードウェア・デザイン デザインとしてはアナログ・モデムと似たものも多いが、アナログ・モデムよりは格段に大きいものが多い。設置場所も考えて邪魔にならず使いやすいデザインのものを選ぶとよい
付加機能 ブロードバンド・ルータ機能を統合したものや、無線LANアクセスポイントを統合したものなど、「複合機」と言えそうなモデルも出てきている。将来性を考えると、現時点ではまだ多機能化の道を歩むには若干時期尚早という感もあるが、利用形態がはっきり決まっているなら、こうしたモデルを選ぶ手もある
 
モデム・ベンダ 製品名 対応規格 対応ISP(ベンダが保証しているもの) PCとのインターフェイス
日本電気 Aterm DM20U G.lite Annex C イーアクセス USB
Aterm WB65DSL G.lite Annex C イーアクセス/アッカ イーサネット(ルータ・タイプ)
メルコ IGM-U1500C G.lite Annex C USB
タムラ製作所 NM7070AU G.lite Annex C/G.dmt Annex C USB
オムロン MA150U G.lite Annex C イーアクセス/アッカ/フレッツ・ADSL USB
ロジック STELLAR-GATE30U G.lite Annex C イーアクセス/アッカ/フレッツ・ADSL/DION(予定) USB(スプリッタ内蔵)
クリエイティブメディア BroadBand Blaster BritePort Router 8100C G.lite Annex C/G.dmt J-DSL イーサネット(ルータ/ブリッジ・タイプ)
BroadBand Blaster BritePort Bridge 8000C G.lite Annex C/G.dmt イーサネット(ブリッジ・タイプ)
BroadBand Blaster BritePort Bridge 7410C G.lite USB
日本レクトン USB ADSL G.lite/G.dmt/ANSI T1.413 USB
AI800AP G.lite/G.dmt/ANSI T1.413 PCIカード
Xpeed networks X400 ANSI T1.413 PCIカード
X411 G.lite Annex C/Annex A USB
X300 Core/LMI PCI(SDSL)
X310 Core/LMI USB(SDSL)
X320 Core/LMI イーサネット(SDSL)
エレコム LD-WBBR/A G.lite Annex C イーサネット/無線LAN(ルータ・タイプ)
住友電気工業 MegaBit Gear TE4111C G.lite Annex C イーアクセス/アッカ イーサネット(ルータ・タイプ)
NTT-ME MN7300 G.lite Annex C イーアクセス/アッカ/フレッツ・ADSL/T-com/J-DSL イーサネット(ルータ/ブリッジ・タイプ)
NTT東日本 ADSLモデム-NU G.lite Annex C フレッツ・ADSL USB
ADSLモデム-NII G.lite Annex C フレッツ・ADSL イーサネット(ブリッジ・タイプ)
ADSLモデム-S G.lite Annex C フレッツ・ADSL イーサネット(ブリッジ・タイプ)
NTT西日本 ADSLモデム-SU G.lite Annex C フレッツ・ADSL USB
ADSLモデム-NII G.lite Annex C フレッツ・ADSL イーサネット(ブリッジ・タイプ)
ADSLモデム-S G.lite Annex C フレッツ・ADSL イーサネット(ブリッジ・タイプ)
主なADSL(SDSL)モデム一覧
 
  更新履歴
【2001/10/22】 写真「日本電気のAterm WB65DSL」のキャプションにて、「〜オプションで無線LANにも対応可能である。同機種は、NTT東日本も『Web Castar FT5000』という名称で販売している。」とありましたが、Web Caster FT5000にはADSLモデムは内蔵されておらず、またAterm WB65DSLとは異なる機種です。よって上記の下線部分と、表「主なADSL(SDSL)モデム一覧」のWeb Caster FT5000の項目を削除しました。
 また表「主なADSL(SDSL)モデム一覧」において、当初「エレコム LD-WBBR/A」のPCとのインターフェイスを「USB」とありましたが、「イーサネット/無線LAN(ルータ・タイプ)」の誤りでした。
 
 
     
  
「連載:ネットワーク・デバイス教科書」


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