第1回 思想の数だけセキュアOSは生まれる


才所 秀明
Linuxコンソーシアム
理事 兼 セキュリティ部会リーダー
2007/6/1

 思想的な対立点のキーワードは?

 AppArmor対SELinuxに端を発した対立は、政治的な側面が強いものです。しかし、その中の議論では、セキュリティ至上主義派とカジュアルセキュリティ派の思想的な違いが色濃く出ています。重要なキーワードは「情報フロー」と「ラベル」です。

 それぞれの詳細な説明は次回以降に行う予定なので、ここでは簡単に見ていきましょう。

 情報フローとは情報の流れです。例えば、BLPモデルは、下から上にしか情報が流れないモデルです。セキュリティ至上主義派は、情報フローが厳密に保証できなければならないとしています。そのためには、情報(ファイルやディレクトリなど)にラベルを付けてアクセス制御することが必要であると主張します。

 これは「ラベルベースのアクセス制御」と呼ばれますが、実はTCSECのB1レベルやCCのLSPPで要求されているものです。SELinuxやトラステッドOS陣営、韓国セキュアOS陣営の一部で実装されています。

 一方、カジュアルセキュリティ派は、基本的にこれらの主張に対して反発しています。特にラベルの使い勝手の悪さに関する指摘が多く、ラベルが必須という主張にも疑問を呈しています。

 AppArmorやTOMOYO Linuxでは、ファイルやディレクトリの「パス」でアクセス制御を行っています。これは、「パスベースのアクセス制御」といわれ、SELinux以外の多くのオープンソースセキュアOSや、韓国セキュアOS陣営の一部で実装されています。

 「ラベルベース対パスベース」が、セキュリティ至上主義派とカジュアルセキュリティ派の主要な対立点であるといっても過言ではないでしょう。


 今回は、2つの思想的な流れが誕生した経緯や、さまざまな陣営の考え方、対立の経緯、対立点を簡単に紹介しました。次回からは、セキュリティ至上主義派とカジュアルセキュリティ派の考え方などについて、それぞれの専門家が紹介します。お楽しみに。

【息抜きコラム:セキュアOS用語集:第1回「MAC」】

セキュアOSユーザー会
中村雄一

 新人配属の季節になってきました。新人A君も「MACでOSのセキュリティを強化」という文章の意味を調べているところです。

A君 「MACってMACアドレス? N先輩、MACって何でしょうか?」
N氏 「それは、後漢時代の将軍、馬亜玖(ま あく)が考案した兵法が基になっていてね,米軍のコンピュータシステムでも採用されているらしいよ」
A君 「そんな昔のことが現代に生きているとは、スゴイですね」

 Nさんも人が悪い、純粋な新人をからかって楽しんでいるようです。OSセキュリティの世界では、MACは「Mandatory Access Control(強制アクセス制御)」の略語として知られています。

 MACの背景として知っておくべきなのは,「DAC(Discretionary Access Control:任意アクセス制御)」です。DACは、LinuxやWindowsなど多くのOSで採用されているアクセス制御です。DACでは、ファイルの所有者が自由にパーミッションを変更できるため、システム全体にセキュリティ設定を徹底できません。さらに、rootやAdministratorのような管理者特権はDACを解除できてしまいます。

 DACに対して、MACは「セキュリティ・ポリシー」と呼ばれる設定ファイルが用意されています。セキュリティ・ポリシーには、「ユーザーやアプリケーションに、どんなリソースへのアクセスを許可するか」が設定されています。ユーザーやアプリケーションがリソースにアクセスする際、OSは,セキュリティ・ポリシーをチェックし、ここで許可された時だけ、実際にリソースにアクセスします。このMACのチェックは、全てのプロセス・ユーザーに強制され、誰も回避することはできないのが特徴です。

図 MACは、誰も回避できないセキュリティチェックを提供する

N氏 「……と、このようにMACは管理者特権を制限する用途で使われることが多いんだ。MACを実装しているのはSELinuxやLIDSなどがあるから、@ITの連載を読むといいぞ。ちなみにこの@ITは宋の時代,亜都 馬駆(あとまく) 哀帝(あいてい)により発行された瓦版が元になったと言われ……

 どうやら、Nさんはまったく懲りていない模様です。


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Index
思想の数だけセキュアOSは生まれる
  Page1
軍事機密の保護のために生まれたトラステッドOS
トラステッドOSの一般企業への普及は限定的
セキュアOSの誕生
コラム:「セキュアOS」という表現は日本独自?
  Page2
TCSEC以降のセキュアOS開発の思惑
至上主義派とカジュアル派の対立へ
Page3
思想的な対立点のキーワードは?
息抜きコラム:セキュアOS用語集 第1回「MAC」


Profile
才所 秀明(さいしょ ひであき)

Linuxコンソーシアム
理事 兼 セキュリティ部会リーダー

日立ソフトウェアエンジニアリング(株) 技術開発本部研究部にて、 2004年頃からSELinux関連研究担当となり、中村雄一氏と共に普及啓蒙活動を行う。 現在、セキュアOS全般の普及啓蒙活動を行いつつ、SELinuxを利用したセキュアLinuxソリューションを展開し、ビジネス面でのSELinuxの普及を目指している。

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