解説

産業界に拡大するHPC市場

デジタルアドバンテージ 小林 章彦
2005/08/20
解説タイトル

 年に2回、主に研究所や大学などにおいて実稼働しているHPC(High Performance Computing)システムの性能ランキングを発表している「TOP500」の第25回(2005年6月)において、インテル製プロセッサを搭載したコンピュータは、500システム中に333台と3分の2を占めるまでになった。一方で、IBMのPowerPC 440を搭載する「Blue Gene」シリーズも、1位と2位を獲得した上、TOP100に15台(POWERは500システム中に77台)がランキングされた。ここ数年で、HPCシステムの状況は大きく様変わりしている。

 現在、TOP500にランキングされている多くのコンピュータは、PCクラスタ構成のHPCシステムで、一般的なIAサーバをMyrinet(イーサネットをベースにした高速ネットワーク)やInfinibandなどの高速ネットワークで接続したものである。従来の専用プロセッサを搭載するベクトル型スーパーコンピュータに比べて安価で高い処理性能を実現できるため、各研究機関などへの導入が進んでいる。IAサーバを利用したクラスタ・システムの登場や、Blue Geneに代表されるHPCシステムのパッケージ化により、HPCシステムの低価格化は目覚しく進んだ。HPCシステムの低価格化によって、産業界でも商品開発向けに導入する例が増えるなど、これまでの研究用途から産業界へと利用が広がりを見せている。こうした動きが顕著なのが、自動車や化学・製薬分野である。

自動車設計の衝突シミュレーションで導入が進むHPCシステム

 自動車産業では、トヨタ車体や日産自動車が衝突シミュレーション・システムとしてHPCクラスタを導入したことを公表している。トヨタ車体はAMD Opteron搭載サーバ、日産自動車はItanium 2搭載ブレード・サーバによるクラスタ・システムをそれぞれ導入している。従来、衝突安全性能は、試作車を製作し、それを実際に実験場で衝突させることで検証していた。それも、各国の基準に合わせ、前方だけでなく、側面衝突や衝突時の乗員に与える影響などを、何台もの試作車を製作して検証する必要があった。検証結果によっては、設計段階に戻ってデザイン変更を行い、再び検証を行わなければならなかった。しかし試作車の製作には時間とコストがかかるため、例えば小規模なデザイン変更の度に検証を実施するのは難しかった。これが衝突シミュレーション・システムを導入することで、設計時点である程度の衝突安全性能が検証できるようになったため、実際に試作車を利用した検証の回数を大幅に減らすことが可能になった。この結果、開発期間の短縮や試作車による実際の衝突実験などが削減可能になり、大幅な開発コスト削減につながっている。

 また最近では、ソフトウェアの進歩ならびにHPCシステムの性能向上にともない、衝突シミュレーション・システムの精度が向上したことで、設計の初期段階からこれを利用するようになってきた。衝突シミュレーション・システムによって、設計段階から、車両デザインや内装形状、エアバックの位置などが乗員の安全性が高くなるようにデザインできるようになった。つまりHPCシステムによる衝突シミュレーションの導入が、設計手法にまで影響を与えるようになったわけだ。

 自動車産業では、空力や振動、騒音など、いろいろな設計分野でコンピュータによるシミュレーションが利用されている。空力設計などは、ベクトル型スーパーコンピュータが利用されることが多いようだが、TOP500の傾向が示すように、性能向上と低価格化によって、IAサーバ・ベースのHPCシステムへの移行が進むのは間違いないだろう。

新薬開発にも活用されるHPCシステム

 新薬の研究では、病気の原因となっている遺伝子やタンパク質が何であるかを識別し、それを中和したり抑制したりする分子の組み合わせを見つけるという作業が行われる。こうした作業では、遺伝子やタンパク質などの膨大なデータベースを検索し、相互作用などをシミュレーションするため、高性能なコンピュータが必要となる。

 また最近では、自動合成装置によって多種類の化合物を合成し、これら大量のサンプルを評価する「コンビナトリアル・ケミストリ(組み合わせ化学)」と呼ぶ開発手法も利用されている。さらにコンビナトリアル・ケミストリをコンピュータ・シミュレーションで行う手法も開発されており、高度なアルゴリズムとHPCシステムを利用することで、自動的に有益と思われる化合物の選別が行えるようになってきている。シミュレーションでは、既存の化学試料や物質、計算上存在する可能性のある物質を並べた化学ライブラリを利用し、膨大な遺伝子配列とタンパク質の構成とを組み合わせていくことで、検索が実行される。こうしたシミュレーションで得られた化合物に絞り込んで研究・開発を進めることで、時間とコストの低減が可能になるという。

 このように新薬開発でも膨大な計算が必要とされるため、HPCシステムが活用されている。HPCシステムの性能が向上すれば、それだけ多数の組み合わせシミュレーションが実行できるようになり、治療が困難であると思われていた病気に対する薬が開発される可能性が高まるわけだ。

HPCシステムの低価格化とパッケージ化が産業界への浸透を促進する

 前述のようにTOP500には、多くの「Blue Gene」がラインクインしている。これまで個々の案件ごとに設計していたHPCシステムを、「Blue Gene」というパッケージにすることで、量産効果(?)による低価格化を実現し、導入しやすくしたためだ。こうしたHPCシステムのパッケージ化は、何もBlue Geneに限ったことではない。Hewlett-PackardやHPC専業ベンダなども手掛けているが、Blue Geneほどの性能(1台のラックに収まるシステムで最大5.7Tflops)は実現できていない。現時点では、Blue Geneは主に研究用途として利用されているが、今後は構造解析や製薬など産業分野での利用が見込まれている。

 さらに今後は、プロセッサのマルチコア化などによって、HPCシステムのベースとなるIAサーバの処理性能が高まることから、PCクラスタによるHPCシステム・パッケージの性能も大幅に向上することが期待されている。HPCの低価格化と高性能化が進むことで、今後は自動車や薬品といった開発コストが高い製品に限らず、より幅広い分野でのHPCシステムの利用が推進されると予想する。金融商品の開発やアニメーションの制作、ビジネス・インテリジェンスなどの分野でもHPCシステムがこれまで以上に利用されることになるだろう。記事の終わり

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