連載

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−基礎から学ぶPCアーキテクチャ入門−

第1回 日本のPC史を振り返る(前編)〜PC-9801の時代
2. PC-9801全盛期

元麻布春男
2002/05/24


そしてPC-9801誕生

 この16bit時代に、日本のパーソナル・コンピュータ市場を席巻することになるのが、これまた日本電気のPC-9801シリーズだ。1982年10月に発売された初代PC-9801は、厳密にいえば日本における最初の16bitマシンではない。その数カ月前に三菱電機から日本初の16bitマシンとして、「MULTI 16」が発売されている。また、ベストセラーとなっていた同社のPC-8001/8801シリーズとは搭載していたROM BASICの言語レベルでの互換性は高かったが、完全に互換性を維持していたわけでもなかった(PC-8001シリーズはN-BASIC、PC-8801シリーズはN88-BASIC、PC-9801はN88-BASIC(86)を搭載していた)。初期のPC-9801シリーズにおいては、8bitマシン同様ROM BASICを内蔵するものの、OSは標準添付ではなく、OSは別途購入するもの、あるいは当時は認められていたアプリケーション・ソフトウェアのバンドルで入手するものだった(当時、PC-9801シリーズ用のOSは日本電気自身が提供しており、日本電気はMS-DOSとCP/M-86の両方を提供する、「等距離外交政策」をとっていた)。

日本電気の16bitマシン「PC-9801」
BASICレベルで8bitマシンのPC-8001/8801と互換性を維持していたが、内部アーキテクチャはまったく異なるものであった。当時のアプリケーションは、画面表示などをBASICで記述し、処理の大部分はマシン語で記述して処理を高速化するという手法と採用していたため、PC-8801シリーズ用のほとんどのパッケージ・ソフトウェアがそのままでは動作しなかった。

 それでもPC-9801シリーズが16bit時代に覇権を握ったのは、PC-8001/8801シリーズで培った評判、サードパーティ・サポート、価格設定、イメージ戦略、マーケティングなど、さまざまな施策がすべてうまくいったおかげだ。この成功により、PC-9801シリーズはある時期、日本のパーソナル・コンピュータ市場においてシェアの8割前後を握り、「パソコン=PC-9801」のような図式さえ作り上げた。

 ハードウェアとしてのPC-9801シリーズの特徴は、IBM PCを意識しながらも、日本での利用を前提に工夫を凝らしたことにあった。同じIntel製プロセッサを採用し、Intel純正の周辺チップ(DMAコントローラ、割り込みコントローラなど)を用いる以上、基本的なアーキテクチャは似通ったものにならざるを得ないし、MS-DOSのOEM提供を受ける以上、ハードウェア構成は自ずと類似したものになるのは当然かもしれない。だが、ハードディスク・インターフェイスなどオプション類までを見ても、基本的なアーキテクチャの点で、PC-9801シリーズはIBM PCをかなり意識したフシがある。

 逆に、IBM PCと異なるのは、日本語への対応だ。確かにプロセッサが16bit化したことにより、日本語処理のポテンシャルは増したが、当時のハードウェアの能力、あるいは価格水準では、現在のようなソフトウェア主体の日本語処理は容易ではなかった。そこでPC-9801シリーズでは、漢字フォントROMの内蔵、漢字の表示に適した高解像度グラフィックスの採用、専用のグラフィックス・コントローラ(GDC:Graphic Display Controller)の標準搭載といった工夫が施された。

 また、結果としてPC-9801シリーズとIBM PCで大きく異なることとなったのは、標準搭載されるストレージ・デバイスの構成だ。初代PC-9801シリーズが、ストレージ・デバイスを内蔵することができず、以後も長きにわたり内蔵ストレージ・デバイスはフロッピー・ドライブのみという構成が一般的であったのに対し、IBM PCでは最初からストレージ・デバイスを内蔵するためのストレージ・ベイが用意されていた。初代IBM PCでは、ここに内蔵されるストレージ・オプションはフロッピー・ドライブのみだったが、1982年に登場したIBM PC/XT(初代PC-9801より約半年早い1982年3月登場)で、1フロッピー・ドライブ+1ハードディスク内蔵という、現在につながる方向性を打ち出している。これは、3番目のストレージ・デバイスとしてCD-ROMドライブが加わるまで続いた。

 ストレージ・オプションの違いは、日本と米国ではコンピューティング・スタイルにある種の違いが生じた。アプリケーションをハードディスクにインストールして使う米国と、アプリケーションごとにフロッピー・ディスクを入れ替え、リブートして使う日本、という違いだ。日本には、米国にないIME(当時の呼び方でいえば日本語FEP)という事情があり、当時のMS-DOSが日本でハードディスクを普及させるのに十分な機能/仕様を持っていたか、という疑問もある。一概にPC-9801シリーズに先見の明がなかった、とはいえないが、ハードディスクの普及が遅れたことは否めない(その代わり、PC-9801シリーズのフロッピーディスクドライブは、速度、動作音の静寂性の両面でIBM PCのそれをはるかに上回っていた)。

 普及が遅れたものの価格が高いのは世の常で、Microsoftのビル・ゲイツ会長から「日本のハードディスクは金塊より高い」、と皮肉られたこともあったほどだ。逆に、2台のフロッピー・ドライブにフロッピー・ディスクをセットしてリセットという使い方は、カセットをセットしてリセットするゲーム専用機にも通じる分かりやすさがあったことも事実だ。一方で、1つのデータを複数アプリケーションで共有するという考え方や、1枚のフロッピーに入りきらないほどのデータを利用するといった使い方を阻害したことも事実だろう。

PC-9801以外のパソコンは?

 PC-9801シリーズが日本のデファクト・スタンダードとして登りつめているころ、ほかのメーカーはどうしていたのだろうか。PC-9801シリーズがシェアを増す一方で、シェアの減少に悩んでいた。当時、パーソナル・コンピュータのアーキテクチャ(互換性と言い替えてもいい)は、メーカーごとに異なっていた。メーカーが違えば、利用可能なアプリケーション・ソフトウェアも違うし、利用可能な周辺機器も違う。メーカーがそれぞれにアプリケーション・ソフトウェアと周辺機器を囲い込んでいたわけだが、シェアの小さいメーカーがいくら囲い込んだところでジリ貧になるのがオチ。当時、日本電気以外のメーカーは、すべてこの状態だったといってよい。

 ジリ貧状態からどうやって脱却するか。1つの方向性は、日本電気のPC-9801シリーズとの互換路線を採用する道だ。1987年4月、セイコーエプソンはPC-286でPC-9801シリーズ互換機の発売に踏み切った。同社は、「PC-9801シリーズ用に蓄積されたアプリケーションや周辺機器の資産は、日本電気のみのものではなく、国民的な資産である」と主張、PC-9801シリーズ用のソフトウェア/ハードウェア資産を利用可能なPC-286シリーズを「国民機」と呼んだ。同社の国民機路線は、Windows 3.1がリリースされるころまで続き、一定の成功を収めている。

セイコーエプソンのPC-9801互換機「PC-286」
PC-9801シリーズと互換性を維持しながら、高性能・低価格を売りに一定の成功を収めた。特にノートPCでは、本家日本電気よりも先じた製品の投入で、日本電気が後追いするというシーンも見られたほどだ。

 セイコーエプソンがPC-9801シリーズ互換路線に転じる一方で、ほかのメーカーまで、PC-9801シリーズ互換路線に参入したわけではなかった。理由の1つは、PC-9801シリーズ互換路線が、知的所有権の問題で日本電気から訴えられる可能性があったことだ。実際、セイコーエプソンのPC-286は、日本電気の申し立てにより、当初搭載する予定だった互換ROM BASICを外した形で製品化せざるを得なかった(これにより発売日は当初の予定よりも2カ月ほど延期された)。

 もう1つは、すでにPC-9801シリーズのアーキテクチャが限界に達しつつあり、性能向上の余地が少なかったことが考えられる。初代PC-9801のアーキテクチャはIBM PCのそれを意識したものであったと上述した。そのIBM PCは、PC/XT、PC/AT、さらにはPS/2とアーキテクチャを更新し、アーキテクチャの限界を回避してきた。もちろんPC-9801シリーズがアーキテクチャの限界を前に、手をこまねいていたわけではない。だが、PC-9801シリーズのアーキテクチャを更新するという試みは、あまりうまくいかなかった。

 その象徴がPC-98XAに始まるハイレゾ機の系譜だ。ハイレゾ機はメモリ・マップも含めてPC-9801シリーズと異なるうえ、1990年発売のPC-H98ではバス・アーキテクチャもそれまでのCバスからNESAバスへ一新するなど、意欲的な内容も見受けられた。反面、通常のPC-9801シリーズと完全な互換性がないこと、そして何より価格が高いことがネックになって、日本電気のパーソナル・コンピュータの主流になることはついになかった。結局、PC-9801シリーズのアーキテクチャは、PCアーキテクチャのイニシアティブを握ったIntelが考案したPCIバスを導入するまで、そして究極的にはいわゆるPC互換機と同じアーキテクチャに基づくPC-98NXまで根本的に変わることはなかったのである。

 PC-9801互換路線を選択しなかった大多数のメーカーが模索したのは、みんなで統一された共通アーキテクチャを採用する試みだ。複数のメーカーが、ソフトウェア互換性を持つ共通アーキテクチャを採用した例は、それまでにもMSXなどで見られた。しかしMSXが、汎用パーソナル・コンピュータを指向した部分を持ちながらも、基本的にはゲームを主なアプリケーションとしていた(実質的にライバルは任天堂であった)のに対し、ここでいう共通アーキテクチャは実用に耐える汎用のパーソナル・コンピュータを目標にしたものである。その最初の試みが、マイクロソフトがまとめ役になった「AX」であった(MSX、AX、そしてX Boxと、MicrosoftはXがつくネーミングが好きなようだ)。

 次回は、日本のパーソナル・コンピュータがどのようにPC-9801シリーズからPC互換機へと移行していったのか、その歴史を振り返ろう。記事の終わり

 
 INDEX
  第1回 日本のPC史を振り返る(前編)〜PC-9801の時代
    1. 8bitから16bitマシンへ
  2. PC-9801全盛期
 
 「System Insiderの連載」


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