連載

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−基礎から学ぶPCアーキテクチャ入門−

第4回 本家IBM PCの歴史(2)〜IBM PCからPC互換機へ
2. MCAの失敗とEISAの登場

元麻布春男
2002/06/29


MCAが成功しなかった理由

 さて、Compaqに遅れること約1年、1987年4月にIBMは待望の新世代マシン「IBM PS/2ファミリ」を発表した。このとき登場したのはIBM PS/2 Model 80、70、60、50、30の合計5モデル。最下位のModel 30はi80286ベースでIBM PC/ATアーキテクチャを継承したISAバス・マシンだったが、残る4モデルはまったく新しいアーキテクチャ「MCA(Micro Channel Architecture)」に基づくものだった。

IBMのIBM PS/2ファミリ
ソフトウェア的にはIBM PC/ATと互換性を維持しながら、MCAという新しいアーキテクチャを採用した意欲的なパーソナル・コンピュータであった。しかし、市場ではハードウェア的な互換性がないことなどから普及するには至らなかった。

 MCAは技術的には良く考えられたもので、ISAバスに伴う制約のほとんどが解消されていた。発表時点での最大データ転送速度は20Mbytes/sであったが、40Mbytes/sさらには80Mbytes/sへと最大データ転送速度を引き上げていくロードマップが用意されていた。機能的にも、複数のバスマスタのサポートが可能なアービトレーション・メカニズム(調停メカニズム)の実装、ソフトウェアによる拡張カードの設定、割り込み要求(IRQ)の共有、データ・バス/アドレス・バスともに32bitへ拡張(下位モデルに採用された16bitスロットを除く)など、そのスペックはいま振り返っても充実したものである。

 だが、MCAは結果的に成功しなかった。その理由は大きく以下の3つに分けられる。

  • サードパーティがMCAを採用する(MCA互換機を販売する)際のロイヤリティがIBM PC/ATなどに比べて著しく引き上げられたこと
  • MCAを必要とする環境が当時ほとんど存在しなかったこと
  • ISAとの互換性を断ち切ったこと

 PC/ATまでのIBM PCがIntel製の周辺チップを中心とした既製品で構成されていたことはすでに述べた通りだが、MCAを採用したIBM PS/2ではIBMが自社開発したカスタム・チップが多く採用されており、IBM自身の知的財産権がそこに集積されていた。カスタム・チップの多用に、クローン対策の意図があることは明らかだが、IBMは完全に互換機を排除しようとしたわけではない。例えばTandyやALRは、実際にMCA互換機をリリースしたし、当時のチップセット大手であるChips & TechnologiesはMCA互換のチップセットを発表している。問題は、IBMが妥当と考えたロイヤリティ料が、ほかのPCベンダにとっては高すぎた、ということにある。

 上述したようにMCAは、機能と性能の両面で大きくISAをしのぐ高級なバスであった。だが、この当時MCAの高級な機能や性能を生かす環境が整っていたかというと、そうではなかった。IBMはIBM PS/2ファミリの発表と同時に、待望のマルチタスクOSであるOS/2の発表を行ったが、実際に出荷できたのは8カ月近く経過した1987年12月のこと。しかも、最初にリリースされたOS/2はGUI(Presentation Managerと呼ばれた)も持たないもので、到底広く受け入れられるものではなかった。逆にいえば、主流のOSは相変わらずシングルタスクのMS-DOSであり、MS-DOS環境ではMCAの高機能を生かすことができなかったのである。

 IBM PCシリーズからIBM PS/2ファミリになって変わったことの1つは、オンボードI/O(マザーボード上に実装されたI/O)の採用だ。IBM PCシリーズは、グラフィックス・カード、シリアル/パラレルなどのI/O、ハードディスク・インターフェイスなど、キーボードを除いたほとんどのI/O機能を拡張カードで実装していた。これに対しIBM PS/2では、ディスプレイ表示機構も含め、多くをオンボードで搭載した。オンボード搭載することで、過去の拡張カードを不要にしたわけだが、これが必ずしも企業に支持されたわけではない。すでに多くの企業は、PCアーキテクチャに基づくIBM PCならびにPC互換機を導入しており、そうしたPC用に大量のISA拡張カードをストックしていた。クライアントOSがMS-DOSで、性能的なアドバンテージがほとんど得られないにもかかわらず、ISA拡張カードの資産を捨ててMCAに移行するのは、どう考えても時期尚早だった。実際ISAバスは、IBM PS/2の発表からさらに15年近くも生き延びるのである。

 こうした失敗により、MCAは(少なくともPC分野において)大きな成功を収めることができなかった。クローンによるシェアの低下に歯止めをかける意味もあったハズだが、IBM PS/2への移行とその失敗によりパソコン市場におけるIBMのシェアは、さらに低下することになった。IBMのシェアはIBM PC/AT時代の末期でも50%を切ることはなかったといわれているが、IBM PS/2時代になりトップ・クラスの1ベンダの座に滑り落ちてしまったのである。

Gang Of NineによるEISAの定義

 IBMがMCAで高額なロイヤリティを要求したことは、PC業界にある種の失望をもたらした。IBMが、PC業界のみんながついて行けるような、将来へのパス(アーキテクチャ)を用意してくれなかったからだ。そこでIBMに代わり、次世代のアーキテクチャを提唱したのが、Compaqを始めとするPCベンダ9社(AST Research、Compaq、EPSON America、Hewlett-Packard、NEC Information Systems、Olivetti、Tandy、Wyse、Zenith)である。「Gang Of Nine」と呼ばれるこれら9社が提唱したバス・アーキテクチャが、EISA(Extended Industry Standard Architecture)*2と呼ばれる規格だ。EISAの最初の規格は、1988年に発表された。EISAは、規格書は有料だったが、規格そのものはパブリックドメインとされたため、だれでも無償で利用することができた。

*2 「Enhanced Industry Standard Architecture」「Extended Industrial Standard Architecture」の略とされる場合もある。

 EISAの最大の特徴は、16bit ISAバスを拡張する形で32bit化したことである。つまり、EISAスロットにISAの拡張カードをインストールすることが可能であった(EISAカードをISAスロットにインストールすることはできない)。バスとしては、アドレス・バスとデータ・バスの32bit化、複数のバスマスタのサポート、割り込み要求の共有、ソフトウェアによる設定など、MCAがサポートする機能のほとんどを備えていた。逆にEISAのみの特徴としては、DMAコントローラの強化により、EISAバス自身の最大データ転送速度と同じ33Mbytes/sで、データのDMA転送が可能なことが挙げられる。だが、のちのPCIがDMAコントローラを定義せず、バスマスタDMAをメインにしたことを考えれば、それほど大きなインパクトはなかったかもしれない。逆にEISAの問題点は、互換性を重視するがゆえに、33Mbytes/sよりも高いデータ転送速度を実現するためのロードマップが明らかではなかったことだ。しかし、この時点では33Mbytes/sというデータ転送速度で十分なヘッドルームがあると考えられていた。

 とはいえ、この時点でEISAの機能や性能を十分引き出せるような利用環境がなかった、という点ではMCAと何ら変わりはない。EISAはサーバやワークステーションを中心に使われたものの、結局ISAを完全に置き換えることはできなかった。それどころか、最終的にはISAより先に姿を消すことになってしまったのだが、ロイヤリティが不要なことから多くのベンダ(システム・ベンダやチップセット・ベンダ)が参入し、MCAよりは活況を呈したといえるだろう。のちにはIBMもEISAをサポートしたサーバなどをリリースしている。

Compaqの台頭

 純粋なバス技術的な部分以外でEISAがもたらした功績の1つは、ISAバスを定義したことだ。ISAバスは、IBM PC/ATのバスに準拠したものだが、紙に書かれた規格というものは存在しなかった。EISAで、ISAと互換性を持つ32bitバスを定義するにあたって、規格としてISAを定義しない限り、それと互換性を持つ規格を定義できない、というジレンマが生じた。EISAの規格書により、ISAは規格として定義されることとなった。

 必ずしもEISAは商業的に成功したわけではないが、EISAが示したのは互換機ベンダ、とりわけCompaqの台頭である。Flexアーキテクチャの開発に続き、EISAでも互換機ベンダの先頭に立ったことで、Compaqは互換機ベンダの中でも1つ飛び抜けた存在になった。一時期、CompaqのPC、特にDeskproシリーズの上位モデルは、パソコン界のBMWと称されることがあった。これには単にPCとしての「作りの良さ」だけでなく、こうしたリーダーシップやエンジニアリングの背景があってのことだ。少なくともこの時点においてCompaqのPCは、Compaq独自の技術や創意工夫が凝らされたものであり、単なるクローンとは違う、という自負が込められたものだったように思う。

 というわけで1980年代後半は、市場の主導権がIBMからCompaqを筆頭とした互換機ベンダへ移った時代であった。すなわちプラットフォームのリーダーは、いずれにしてもシステム・ベンダであった。しかしこのとき、水面下ではより大きな変革へ向けて、静かに動き出したベンダがあった。それはマイクロプロセッサの供給者でもあるIntelだ。Intelは1986年にASIC事業に参入、チップセット・ビジネスのスタートを切っている。EISAにしても、Gang Of Nineに名を連ねることさえしなかったが、その規格策定に際し、Intelが多くのエンジニアリング・ワークを受け持ったとされている。実際、Compaqが自社開発のチップセットでEISAマシンをリリースしたあと、多くのベンダがまず採用したのはIntel製のEISAチップセットであった。この時代Intelは、黒子に徹しながら、ひそかに力を溜めていたのである。

 次回は、Windowsの普及によってPCのハードウェアが大きく変わっていく過程を追っていく。記事の終わり

  更新履歴
【2002/07/06】 次回は、単なるプロセッサの供給者であったIntelが、現在のようにPC業界の標準化で力を持つようになった背景について見ていくことにする。」と予告しましたが、記事の関係から変更させていただきました。

 INDEX
  第4回 本家IBM PCの歴史(2)〜IBM PCからPC互換機へ
    1.互換機PCベンダの誕生
  2.MCAの失敗とEISAの登場
 
 「System Insiderの連載」


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