Insider's Eye

岐路に立つマイクロソフトの市場戦略(1)

―― .NETのプラットフォームとアーキテクチャの普及促進キャンペーンを進めるMicrosoftは、新しいマーケティング戦略と戦術の展開を強いられている ――

Paul DeGroot
2003/02/04
Copyright(C) 2003, Redmond Communications Inc. and Mediaselect Inc.


 
本記事は、(株)メディアセレクトが発行する月刊誌「Directions on Microsoft日本語版」 2003年01月15日号 p.38の「開発者、ISV、企業への浸透狙う .NETのマーケティング最前線」を許可を得て転載したものです。同誌に関する詳しい情報は、本記事の最後に掲載しています。

  .NETはMicrosoftにとって新テクノロジであるだけでなく、マーケティング面でも新たな課題を意味している。.NETの主なターゲットはMicrosoftが支配してきたデスクトップではない。スマート・クライアント・デバイスがサーバOSやアプリケーションと完全に連携する分散コンピューティング環境という、より広範な市場を目標にしている。少数しか存続しないと見られるデスクトップISVを説得する代わりに、同社は企業の開発者やコンサルタントに.NETの価値を納得させる必要がある。このため同社のパートナー戦略は、特定業種に焦点を当てた方向性を持つようになった。だが、これらのシフトは同社にとって簡単なことではなかった。マーケティング上の難題と初期のブランド設定のミスのせいで、同社は.NETについての説明とその固有の価値命題の確立に苦闘している。

目標の変更

 Microsoftは膨大な種類の製品と活動に「.NET」のラベルを付けた*1。しかし、同社が進める.NETの普及促進の基本目標は、デスクトップにおける強みを維持、強化すると同時に、Windows .NET ServerやSQL Serverといったサーバ製品の売り上げを伸ばすことだ。開発者を同社の.NET開発ツールに引き付けることはこの取り組みに不可欠だ。なぜなら.NET開発プラットフォームで開発されたアプリケーションはほぼ例外なくMicrosoft OSで稼働し、同社のサーバ製品とより緊密に連携するからだ。

*1 Windows Insider編集部注:現在では、Window 2000 Serverの後継OSは、Window .NET Server 2003ではなく、Windows Server 2003とさらに改名されている。

 開発者に.NETへの移行を促すために、同社は.NETの2つの特長を売り込んでいる。情報システムとアプリケーションの統合に用いる独特のアーキテクチャ概念(Webサービス)と、同社の従来のツールやプラットフォームと比較した場合の開発プロセスの大幅な簡略化だ(Microsoftの.NET開発プラットフォームに関する情報は、Directions on Microsoft誌日本語版2002年3月15日号、5月15日号の「.NET開発プラットフォームのすべて」参照)。

 Microsoftが重点の変更を迫られたのは、インターネットがビジネスに不可欠なテクノロジとして登場し、ユーザーの活動の中心がデスクトップからネットワークへと移動したことを同社が認識したからだ。しかし、最もポピュラーなネットワークで使われる同社の最もポピュラーな製品(インターネット用のWebブラウザと電子メールクライアント)は同社に直接収益をもたらさない。この新テクノロジ分野の基盤はオープンな標準とプロトコルをシンプルな汎用クライアントと組み合わせたものだ。これによってMicrosoftの独自技術に基づく熟成を重ねたWin32プラットフォームの重要性は低下し、その価値は脅かされた。

 インターネットの勃興は、それまでクライアント側のソフトウェアを開発していたほかの多くの会社にも同様に影響を及ぼした。デスクトップ・アプリケーションを開発するISVの数は激減した。かつてはデスクトップ・アプリケーションで提供されていたソフトウェアのカテゴリー全体(例えば百科事典や電話番号/住所データベースなど)が、いまやインターネット経由でより安価に(しばしば無料で)提供されている。デスクトップ分野で残っている中心的なベンダはMicrosoft自身だ。

 ネットワーク型の分散コンピューティングへのシフトに対するMicrosoftの回答は、XMLやHTTP(Hypertext Transfer Protocol)といったインターネットと親和性のあるテクノロジを基に構築された新プラットフォームだ。同社はまた、これらのテクノロジをアプリケーション間通信に使うWebサービスのリーダーを標ぼうしている。

 しかし、企業がインターネット・テクノロジを採用するだけでは不十分だ。Microsoftが.NETの普及促進を成功させるには、これらのテクノロジをMicrosoftのプラットフォームとその上で稼働する同社のサーバ・アプリケーションで使うように顧客やパートナーを納得させる必要がある。従って、同社が新プラットフォームを開発するのは長期的問題(特にアプリケーションの信頼性とセキュリティ)に取り組むためでもある。こうした問題のせいで同社製品はミッションクリティカルな状況で使われずにいた。

 結局、Microsoftはデスクトップからのシフトを進めるに伴い、競争の激烈な環境にいることに気付いた。そこでは既存のエンタープライズ・システムが依然として不可欠で、Microsoft以外のツールやプラットフォームが強力なプレーヤーであり、他社が重要な規格を設定したり、その影響下に置かれている。

戦術の変更

 .NETのマーケティングを行うに当たり、Microsoftは実績のある戦術と新しい戦術のブレンドを採用した。つまり、開発者の支援を取り付けること、製品を中間レベルの技術系幹部ではなく上級経営幹部に売り込むこと、.NETへの肩入れを示した早期導入者や優先的パートナーに特別な支援やプロモーションの機会を提供することなどだ。同社はまた、開発者と顧客が問題や成功、リソースを共有できる「コミュニティ」の育成など、ライバルメーカーが展開している幾つかの戦術も採用した。

■実績ある手法で開発者を獲得
 Windowsプラットフォームの成功に大きく貢献したのは、Microsoftが低価格の開発ツールや、無料または安価なドキュメント、補助金付きまたは無料のハードウェア、開発に使用されるMicrosoft製品の値引き販売などを通じて開発者の獲得に努めたことだ。OS/2やMacintosh OSといった競合プラットフォームの所有者は、開発者向けのドキュメントやツールをドル箱、あるいは少なくともコスト回収の仕組みと見なした。これに対しMicrosoftは、開発ツールを相乗効果の源泉と見なした。ISVがツールを用いて数百万人のユーザーを引きつけるキラー・アプリケーションを開発できれば、それらのユーザーはみなWindowsを1本購入する、という発想だった。こうして膨大な小規模開発者が、Windows向けアプリケーションの開発(または移植)は、ほかのプラットフォームに比べはるかに容易であると感じ、アプリケーション・プラットフォームとしてのWindowsは勢いづいた。

 こうした取り組みは今日も続いており、.NETの採用促進にとって極めて重要だ。Microsoft Developer Network(MSDN)は大量のサンプルコードの提供や、Microsoftアプリケーションの値引販売、Web上での広範なリソース提供などを行っている。定期的に開催されるProfessional Developer Conference(PDC)には最大1万人の技術者が参加し、Microsoftの新テクノロジを見学したり使用法を学んだりできる。

 同社はさらに、次世代のコンピュータ・エンジニアたちがコードの書き方を学ぶ大学のコンピュータ・サイエンス・カリキュラムも味方につけようとしている。その多くは、JavaScriptやPerlといったスクリプト言語、HTMLやXMLといったマークアップ言語、SOAP(Simple Object Access Protocol)、HTTP、TCP/IPといったプロトコルなど、Microsoft以外のテクノロジに関するものだ。

 Microsoftは、大学関係者が強力なマネージド・プログラミング言語が必要な場合にSun MicrosystemsのJavaを頼りにすることを特に憂慮している。Javaはいまや多くの大学のコンピュータ・サイエンス・カリキュラムで標準になっており、C++言語(Microsoftの開発ツールの優秀性で定評があった)に代わり、大学院入試の必須科目になっている。一方、MicrosoftはJavaに対するサポートを徐々に取りやめた。IBMやOracleといったMicrosoftのライバルやSun自身はJavaを強力に推進している。

 Microsoftは、Javaに似たC#という独自の言語でこれに応えた。C#は後発のメリットを生かし、幾つかの点ではJavaよりも優れた言語だ。とはいえ、C#が採用されるかどうかは不透明だ。Microsoftは出版社にC#関連の多数の書籍を出版させることに成功したが、Microsoftが挙げる.NET採用のケーススタディでもC#が重要な役割を果たすのは5%未満だ。また一部のケースでは、大学がコンピュータ・サイエンス・カリキュラムでC#により重要な役割を与えるように奨励金を提供する必要があった。

■ビジネス幹部にフォーカス
 1980年代の業務用PCの普及によって、1990年代のMicrosoftの驚異的成長の舞台が整った。またMicrosoftはしばしば「裏ルート」を通じて企業にPCの購入を説得できた。つまり、スタンドアロンのPCとスタンドアロンのアプリケーションは部門レベルで購入、使用することが可能だったので、Microsoftの販売チャネルは中級幹部やPC利用の前線部門に狙いを定めていた。

 しかし、エンタープライズ・サーバや分散コンピューティングに関する決定を下すのは部門ではない。こうした決定はビジネス・ディシジョン・メーカー(Microsoft用語ではBDM。ビジネス上の重要な判断を行う人物)の範疇であり、彼らはサプライヤーのシステムや全社的標準との互換性といったビジネス・プライオリティに主に基づいて技術的決定を吟味する。このため、Microsoftは.NETのマーケティング活動の多くを、実際に大規模なソフトウェア調達を行う上級の経営幹部向けにシフトした。

 Microsoftは現在、BDM向けのマーケティング資料を販売チャネルに供給しようと奮闘している。.NET開発といった非常に技術的な製品のマーケティング対象は、通常は技術系の人々に限られるが、「Business Agility」や「One Degree of Separation」といった広告キャンペーンが、あまり技術系ではない視聴者が目にしそうなテレビのゴールデンアワーに定期的に登場する。

 CEOのSteve Ballmer氏を始めMicrosoftの大多数の上級幹部には1社以上の大手顧客が割り当てられており、彼らはその企業の「エグゼクティブ・スポンサー」の役割を果たす。彼らの信望とMicrosoft社内の地位によって、通常の現場の販売スタッフには閉ざされている大手企業の扉が開くからだ。

■広範な事例紹介とインセンティブ
 Microsoftはまた、.NETのメリットを例証するケーススタディや早期採用者に対するインセンティブも優先した。非技術系の管理職は、TPC(Transaction Process Performance Council)ベンチマークやANSI(American National Standards Institute)対応を力説するセールストークにあまり動かされないが、ライバル会社やほかの市場の企業が経費削減や財務報告システムの改良を実現した事例で興味を引くことができる。Microsoftの.NET Webサイトにはこうしたケーススタディが200件以上列挙されている。

 自社製品に対する幅広いサポートを得るために、同社はしばしばかなりのインセンティブを提供する。新テクノロジに挑戦する意欲のある企業は、特別なテクニカルサポート、Microsoft Consulting Servicesの無料サービス、割引そのほかの金銭的インセンティブを受けられる。協力に対する究極の報酬は、全世界にテレビ放送される製品発表会の舞台でBill Gates氏本人に紹介されることだ。例えばKinko'sは2002 Las Vegas ComdexのGates氏の基調講演で主役を務めた。

■コミュニティ作りに再注力
 Microsoftが開発者の説得に努めたにもかかわらず、多くはLinuxなどの代替プラットフォームを研究することを選んだ。このオープンソースOSはここ数年の間に格段に改良された。その原因の1つはインターネットによって促進された「コミュニティプロセス」だ。このおかげで莫大な数のボランティアおよびプロの開発者が問題やアイデアを討議できた。

 Microsoftは過去にこうしたコミュニティを活用してきた。例えばインターネット以前には、CompuServe Information ServiceにVisual Basic関連の活発なフォーラムがあった。しかし同社の関心は衰退し、インターネットのニュースグループでMicrosoft技術のスキルを伝えた参加者にささやかな表彰を行う「Most Valued Professional」(MVP)プログラムも中止寸前だった。だが、オープンソース・コミュニティが成功したことで同社はただちに方針を180度転換した。近年はMVPの数を倍近くに増やし、MVPというステータスのメリットを強化した。

 自社製品を中心とするコミュニティの構築というこのトレンドは続いている。Web MatrixというMicrosoftの最近の開発ツールは、本職でない開発者にASP.NETテクノロジの使用を奨励するために開発された製品だが、インターフェイスにコミュニティサポートを組み込んだ設計になっている。ユーザーはWeb Matrix環境の中から専用のWebサイトやサンプルコード、開発者フォーラムにアクセスできる(Web Matrixに関する詳細情報は、Directions on Microsoft誌日本語版2002年9月15日号の「ASP.NET開発のハードル下げるWeb Matrix――Visual Studio.NETよりシンプルなツール」参照)。

 LinuxコミュニティとWindowsコミュニティの決定的な違いの1つは、Linux開発者がLinux OSのソース・コードに簡単にアクセスできるのに対し、Microsoftのソフトウェアのソース・コードは厳重に守られていることだ。しかし、Microsoftは最近ソース・コードへのアクセスを緩和し、2001年にShared Source Initiativeを立ち上げた。これは大手顧客や大学、一部の行政機関やパートナー、ISVにソース・コードを公開する試みだ。

 同社はまた、.NETアプリケーションを協力し合って開発できる無料の開発者向け「Workspace」のホスティングを開始した。このWorkspaceはLinuxコミュニティで広く使われている人気のSource Forgeテクノロジと似ており、開発者同士のソース・コードの共有やバグの追跡が可能で、コミュニティ掲示板を用意している。また、コードを詳細にチェックして開発を整然と進めることもできる。現在、300以上のWorkspaceが開設されている。

■パートナーの変更

 .NETの普及促進キャンペーンには新たなパートナーシップが求められる。Microsoftは、同社のクライアント・プラットフォーム上で稼働するソフトを開発するデスクトップ指向のISVの代わりに、カスタム・アプリケーションを開発する社内開発者やシステム・インテグレーター、コンサルタント、そして複雑な特定業種向け業務アプリケーションのベンダーにアピールする必要がある。

■要を担うエンタープライズ対応のパートナー
 Microsoftの製品ラインは広範な種類の組織にアピールするため、同社はあらゆる規模および分野のパートナーとうまく連携してきた。パートナーはMicrosoftのソフトウェアを小売店からNASAまで、ありとあらゆる顧客に販売できた。

 しかしこれらのパートナーのうち、Microsoft製品のエンタープライズ市場への浸透を可能にする規模と専門性を備えているのはほんの一部だ。マスマーケットを相手にしているMicrosoft自身もそうした専門知識を持ち合わせていない。

 同社は一時、Microsoft Consulting Servicesの役割を強化してその種のサービスの提供を試みたが、これはパートナーとの衝突が原因で中止された。その後Microsoftは、同社の比較的安価なOSと、業種を問わず利用可能なサーバ・アプリケーションを採用してその上にカスタム・アプリケーションを構築するパートナーとの新たな協業に活路を求めた。

 最も目立つのは、.NETテクノロジにとって最も有望な垂直(業種別)市場(医療関係、小売り、製造など)を識別し、大小の専門パートナーの一団とともにその市場に取り組もうとする同社の野心的な試みだ。Microsoftとともに市場開拓に乗り出したパートナー(多くは.NETテクノロジの早期採用企業)は、同社の垂直市場向けWebサイトで紹介されている。一部のケースでは、これらの会社は自社が専門とする垂直市場向けのMicrosoftの市場戦略策定を助けている。

 

 INDEX
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