インスタント・メッセージングの体感温度

小川 誉久
2001/09/13


 電子メールで誰とでも連絡がとれるようになると、それでなくても苦手な電話がますます遠い存在になる。一刻を争うような情報交換をあまり必要としない仕事だからかもしれない。しかし昔なら「迷わず電話」という場面でもふと考える。「相手の時間に割り込むほどの緊急の用事なのか? メールでもよいのでは?」。連絡手段がFAXくらいしかなかったときには、電話を当然のものとして利用できた。しかしメールという代替手段を手に入れた今では、受話器を取る前にこうした自問自答をしなければならなくなった。

 メールはITの主役だ。最新の情報システムを導入した企業でも、よくよく話を聞いてみると、「全社員が電子メールをきちんと使えるようにする」ことが当面のIT化の目的だったりする。その昔、電話がなければ仕事にならなかったように、今やメールがなければ仕事にならない時代になってしまったのだ。

 確かに、うまく使えばメールは生産性を大きく向上させてくれる。例えば10人が参加する会議を召集するとしよう。メールを当然のツールとして活用している皆さんにとっては、改めて説明しなくても、それがいかに途方もなくたいへんな仕事か想像できるだろう。忙しい人たち10人を電話で捕まえること自体が至難の業なのに、その人たちが揃って空いている時間を調整するなんて! 簡単な仕事とは言わないまでも、メールならかなりラクに調整作業を進められるはずだ。秘書の半日作業が、うまくすれば秘書なしで実質30分もあれば済むかもしれない。過酷な生存競争に生き残るために、素早い意思決定が不可欠の現代にあって、メールを使いこなせないのでは致命傷になりかねない。もはやこうした認識は、多くの企業のコンセンサスになったといってもよいだろう。

 このメールとは別に、コンピュータ・ネットワークを使ったコミュニケーションとして、チャット(chat)の歴史も古い。「chat」は「おしゃべり」という意味で、キーボードとディスプレイを使って、文字どおりおしゃべりするコミュニケーションである。インターネット上のチャット・システムとしては歴史のあるICQに加え、最近ではAOLのAIM(AOL Instant Messenger)とMSNのMSN Messengerが熾烈なバトルを繰り広げている。IMにしても、MSN Messengerにしても、Webメール機能やボイス・チャット機能(PCを電話代わりに使って会話するための機能)などが追加されていて、伝統的なチャットとは趣を異にしているものの、本質はやはり文字ベースのチャットにあるといってよいだろう。これらインターネットをベースとするチャット・システムは、総称して「インスタント・メッセージング(Instant Messaging)」などと呼ばれる(インスタント・メッセージングの覇権争いについては、別稿の「オピニオン 山崎俊一:再燃するインスタント・メッセージ戦争」を参照)。

 ホーム・ユーザーの間で圧倒的に支持されているインスタント・メッセージングであるが、ことビジネス・ユーザーの間においては、メールとはうって変わって、その冷遇ぶりが目につく。パソコン通信時代の「お遊び」という印象が強いからだろうか? 「最近はインスタント・メッセージングが話題ですが、業務に活用されていますか?」と企業ユーザーに聞いてみても、十中八九はとんでもないという顔をされる。

 かくいう筆者も、「チャットなど時間のムダ」とまったく相手にしてこなかった口なので偉そうなことは言えない。けれども食わず嫌いはいけないと思い、身近で便利に使っている人の誘いもあって試してみることにした。

 メールとインスタント・メッセージングの最大の違いは、今相手がコンピュータの前にいるかどうかがリアルタイムに分かることだ。インスタント・メッセージングでは、昔のパソコン通信と同じく、サーバ側でログオン中のユーザーを管理しており、キーボードやマウスの操作をモニタすることで、ユーザーが現在コンピュータを操作中かどうかが他のメンバから分かるようになっている。相手の時間に割り込むことには違いないが、少なくとも会議中だったり、食事中だったり、入浴中だったりする可能性はないから、チャットで呼びかければ応答を得られる可能性が高い。相手の状況が何となく分かるので、電話でいきなり割り込むよりは気が楽である。

 実際に使ってみると、コミュニケーションとしては見事に電話とメールの中間に位置づけられるものだと実感する。何が中間かというと、相手との密度感というか、距離感というか、相手の自由を拘束する度合いが(そして自分の自由が拘束される度合いが)電話とメールの中間なのだ。

 電話は、かなり強引に相手と自分の自由を拘束し合うコミュニケーション手段だ。ちょっとメモを探すとか、アドレス・データを検索するとか、電話では、ちょっとした沈黙でも耐え難いものである。

 メールはといえば、自分も相手も好きなときに受信メールのチェックと返信ができるので、お互いの自由はほとんど拘束しない。代わりに、電話のようなリアルタイムな応答は保証されない。

 インスタント・メッセージングでのチャットは、ある程度相手の自由をリアルタイムに拘束するものの、電話ほど強力ではない緩慢なものだ。会話途中に「Webで調べものをする」くらいは何の精神的負担も感じないし、小用くらいならトイレに立つことも可能だ。実用性はともかく、その気になれば、複数の会話を同時進行することもできる。パソコン通信時代のチャットと決定的に違うのは、デスクトップがマルチウィンドウになったことだ。昔と違って、コンピュータはチャットに占有されない。チャットのウィンドウは、デスクトップの隅に置いておき、相手がキー入力しているちょっとした待ち時間にはWebページをチェックしたり、メールをチェックしたりできるようになった。

 使い方さえ間違えなければ、ビジネス・ユーザーにとっても、インスタント・メッセージングはそれなりに強力なコミュニケーション・ツールになるだろうと感じた。インスタント・メッセージングで会話を呼びかけて、途中でチャットがまどろっこしくなったら、そのまま音声通話に切り替えてもいいし、ネットワーク・インフラのブロードバンド化がさらに進めば、ビデオ・カンファレンシングを組み合わせることも容易になるだろう(MSN Messengerでは、NetMeetingを利用したビデオ・カンファレンシングを起動可能)。もちろん、急ぐ必要がないものにはメールを使えばよいのだ。

 文字あり、音声あり、映像ありというこうしたコミュニケーションは、遠い昔からあまりに言い古されて、今となっては口にするのもちょっと恥ずかしくなってしまった「マルチメディア時代」が夢想した世界ではなかったか。言葉としてはすっかり時代遅れになった今、私たちはこの新しいコミュニケーション時代の入り口に至ったのではないか? とにもかくにも、頭ごなしに否定せずに、インスタント・メッセージングの活かしどころがないかどうか、試してみることをお勧めしたい。End of Article


小川 誉久(おがわ よしひさ)
株式会社デジタルアドバンテージ 代表取締役社長。東京農工大学 工学部 材料システム工学科卒。'86年 カシオ計算機株式会社 入社、オフコン向けのBASICインタープリタの開発、Cコンパイラのメンテナンスなどを行う。'89年 株式会社アスキー 出版局 第一書籍編集部入社、書籍編集者を経て、月刊スーパーアスキーの創刊に参画。'94年月刊スーパーアスキー デスク、'95年 同副編集長、'97年 同編集長に就任。'98年 月刊スーパーアスキーの休刊を機に株式会社アスキーを退職、デジタルアドバンテージを設立した。現Windows 2000 Insider編集長。

「Opinion」



Windows Server Insider フォーラム 新着記事
@ITメールマガジン 新着情報やスタッフのコラムがメールで届きます(無料)

注目のテーマ

Windows Server Insider 記事ランキング

本日 月間