戦略実現の鍵を握る情報システム部事例で学ぶビジネスモデリング(7)(1/4 ページ)

経営戦略を反映し、業務運用にマッチするシステムを構築するためには、システム開発の前段階から情報システム部が参画することが重要である。“ITのプロ”である情報システム部こそが、戦略実現の鍵を握っているといっても過言ではない。

» 2006年05月26日 12時00分 公開
[印藤尚寛,ウルシステムズ株式会社]

中間報告での波紋

実行できる戦略か

 「戦略はごもっともだと思います。しかし、問題はその戦略を現場で実行できるかです。この戦略を実現するためには、現場の業務運用を変える必要がありますし、基幹システムも作り直す必要があります。そんな大掛かりなことが実現できるのでしょうか?」プロジェクトの中間報告で、情報システムの主管である情報システム部長は困惑した表情で、社長の様子をうかがいながら発言した……。

 そのプロジェクトのミッションは、ある企業の総合物流事業の成長戦略を立案することであった。数年前、同社の総合物流事業は成長に陰りが見え始めていた。そこで、売上拡大を目指して新たに市場を開拓し、最近少しずつではあるが、着実に成果が出始めていた。消費者の年々厳しくなる要望をとらえて、競合他社がまだ手を出していない領域をうまく事業化したからだ。しかし、今後サービスの全国展開を目指していくに当たり、現状の物流・ITインフラでは、事業の拡大に十分対応できなくなっていた。そのような状況の中で、われわれはクライアントの社長から、成長戦略の策定支援と業務改善についてのコンサルティングを依頼され、2カ月前にプロジェクトが始まった。

 このようなプロジェクトの与件から、当社の支援体制としては、戦略の策定を支援するメンバーと、業務改善および物流・ITインフラの再構築を支援するメンバーの参画が必要であった。そこで、戦略コンサルタントとITコンサルタントがチームを組んで参加することになった。そして、クライアントの総合物流事業部や経営企画室のメンバーとともに、プロジェクトの活動を開始した。

 プロジェクトの前半では、クライアントの総合物流事業部長や経営企画室長が主体となり、戦略コンサルタントの支援を受けつつ、全国展開に当たっての市場や競合といった外部環境の分析を進めた。一方で、総合物流事業部のスタッフとともに、ITコンサルタントである私が総合物流事業全体の内部分析を行うことにより、自社の強み・弱みや業務・システムに関する主要な問題点を整理した。こうして、外部環境の分析結果と内部分析結果から、さらなる成長のために必要な打ち手を導き、初期仮説として明確にした。

 そして、プロジェクト中間報告の当日。大会議室の中央には、社長・副社長のほか、今日初めて会議に参加した情報システム部長の姿があった。

 中間報告の前半は、外部環境の分析結果とさらなる成長のための初期仮説の報告だった。報告は、事業の当事者である総合物流事業部長から行われた。戦略コンサルタントの支援の成果もあり、伝わりやすいメッセージとその裏付けとなる事実の報告は、十分に経営陣を納得させるものであった。しかし、ふと大会議室の中央に目を向けると、感心しきりの社長の横で、情報システム部長は表情に全く変化がない。

 それを気にする間もなく、中間報告は後半へ移った。後半は、事業全体の業務・システムの問題点の報告であった。プレゼンに慣れていない総合物流事業部のメンバーが自ら報告するスタイルを採ったこともあり、多少ぎこちない部分はあったが、現場の実感にあふれた良いプレゼンとなった。社長も、現場の真剣な訴えに興味津々といった様子であった。一方で、情報システム部長は、やはりリアクションがない。先ほどから押し黙ったままだ。

情報システム部長の意見

 部長が重い口を開いたのは、最後のフリーディスカッションの場である。社長も副社長も、プロジェクトの成果に納得していただいた様子だ。問題なく中間報告が終わろうとしていたが、何も発言のない情報システム部長を気遣って、司会役の戦略コンサルタントが感想を求めた。情報システム部長は、ようやく答えた。

 「成長戦略は大変分かりやすい。ごもっともだと思います。しかし、問題はその戦略を現場で実行できるかです。この戦略を実現するためには、現場の業務運用を変える必要がありますし、基幹システムも作り直す必要があります。いまの基幹システムが完成した10年前は大変な苦労をしました。納期は大幅に遅延し、提供機能も当初の構想より大幅に削減せざるを得ませんでした。本番稼働直後は障害やシステムダウンが頻発したため、現場は混乱しました。それでもこの10年間、現場のニーズを取り入れてきめ細かく拡張しながら何とか使ってきたのです。いまからこれをゼロから作り直すとなると、大変なコストと期間が必要になるでしょう。そんな大掛かりなことが実現できるのでしょうか?」

 実際、具体的な業務プロセスの検討やシステム化範囲の定義はこの後の仕事として残っている。私は、システム化範囲や実現性の検討については、プロジェクト後半における重点作業であることを回答し、いったん中間報告は終了した。

 中間報告の翌日、私は総合物流事業部長に呼ばれた。

 「昨日はありがとう。おかげで、いいプレゼンができたよ。しかし、情報システム部長が中間報告の内容に不安を抱いている様子でね。それで、ちょっとその相談をしたいと思って」と切り出した。「実はね、当社の基幹システムは必ずしもうまく機能していないんだ。いろいろと原因はあるのだけど、情報システム部がわれわれ事業部門とSIベンダの橋渡しをうまくできていないことが以前から問題になっている。そもそもメンバーが少ないし、業務とシステムの両方が分かる人材がいないから大変なんだ」

 同社のシステム開発プロジェクトの多くは、情報システム部を中抜きして、事業部門とシステム開発会社が直接交渉する形となっていることもあって、社内のシステム間での整合を取るのにも苦労しているという。「今回はせっかく良い戦略がまとまりそうだけど、情報システム部長の理解を得ないと実現は難しい」と、事業部長は嘆いた。私は、情報システム部長への対応策を検討することを約束し、後日あらためて相談することにした。

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