自己中な最低主人公、そしてヤシマ作戦発動!目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(12)(2/4 ページ)

» 2007年11月05日 12時00分 公開
[石黒由紀(シスアド達人倶楽部),@IT]

“ヤシマ作戦”発動!

八島 「なになに?? 坂口っちゃ〜ん。元気ないね?」

 声を掛けられて、坂口ははっと顔を上げた。

 あの谷田との食事から、もう1週間。何をどういっても言い訳になりそうで、謝罪のメールは何度も文面を考えては結局送れずにいた。気掛かりは気掛かりなのだが、名間瀬がいなくなった後、IT企画推進室室長代行となった坂口には、山ほどの仕事が待っていた。

 名間瀬の横やりが入らなくなった分だけ、やりやすくなってはいるのだが、その半面、一気にプロジェクトが進むようになったため、早急に進めなければいけない作業が山積みなのだ。

 要件定義が固まると、すぐに坂口はRFP(Request For Proposal:提案依頼書)の作成に取り掛かった。こちらは、ほぼ出来上がって豊若のチェックを受け、そのアドバイスを反映しようとしている。それと並行して、生産管理の現行プロセスを詳細化し、システム化の切り分けと、RFID導入による作業手順変更の影響個所を資料にまとめているところだ。

 数日前には、豊若から厳しい言葉をもらった。

豊若 「いまからRFPを出すだって? それで間に合うのか? こんな短納期で引き受けてくれるベンダを探すのはかなり難しいぞ。覚悟しておけよ、坂口!」

坂口 「はい……」

豊若 「坂口。もっと業務全体を把握して、さらに先の計画を見通しておかなければ、プロジェクトは先に進まないぞ。お前、上級シスアドに合格したんだろ? 論文の練習をしているときに、そういうことを考えたんじゃなかったのか?」

 豊若のいうとおりだった。自分でも、このRFPを見て手を挙げてくれるベンダがいるのか不安に思う。本来なら早めにベンダに当たりを付けておくべきだったのだが、情報漏えい事件の後始末もあり、作業がすべて後手になってしまっている。

 豊若の叱責(しっせき)に加え、谷田の件で自信をなくしたこともあり、大いに悩んでいるところに八島が来た。

 その八島は、坂口の手元にあるRFPを見て、にんまりと笑った。

八島 「それさ〜、僕も見せてもらったけどね。そんなのやりたいなんていう人、いないと思うよぉ?」

坂口 「八島さんも、そう思いますか……」

八島 「うん、無理無理ぃ。僕たち以外には、ぜ〜ったい無理!」

 いいながら、八島は坂口の机にバンッと音のする勢いで分厚い資料を置いた。表紙には、「次期システム(第一期)における提案書」と書いてある。ページをめくる坂口の目が、みるみる輝いた。

坂口 「八島さん! これ、すごいじゃないですか!」

八島 「そう思うでしょ〜? 自信あるんだぁ、僕ちゃん。ま、いままでの会議にも出てたし、ウチの会社の事情もよ〜く分かってるからさ。納期も、まぁ何とかなるんじゃないかな。もともとこのRFPって、僕の構想が基盤になってるだろ? どこのベンダに出すより、良いもの作ってみせるよ〜。そこでさぁ、坂口っちゃん。こんな楽しそうなこと外に出さずにウチでやらせてもらえるよう、次の会議に掛けてくんないかな?」

 坂口は、八島の行動力と決断の早さに舌を巻いた。自分が教科書どおりの行動しか取れずに身動きできなくなっていた間、八島はこんなものを作っていたのか。

坂口 「要件が固まったのって、ついこの間じゃないですか。八島さん、よくここまで作れましたね!」

八島 「だって、僕ちゃん本気だも〜ん」

 坂口は、思わず八島の顔を見た。

八島 「坂口、仕事は楽しくやりたいでしょ? できれば、“自分でこうやりたい”って方向に話を持っていきたいでしょ? そしたら、『どうしましょうか?』って聞くんじゃなくて、これで行こうってみんなを説得できるもの用意しなきゃ。これさ、誰からも文句いわれないように作ってあるから。会議に掛けないと、絶対損するよ〜」

 坂口は、プロジェクトをうまく推進できなかった自分の弱みが、いまさらながら分かったような気がした。

 あらためて提案書を見てみると、内容は充実していてRFPに書かれた要件も満たしているし、いままでの経緯を分かっている分だけ、的を射た提案になっている。複数ベンダの提案と比較できないことで懸念されるリスクや、情報システム部が手掛けることによるメリット・デメリットにまで言及されているとあっては、八島のいうように、文句の付けようがない。

坂口 「分かりました! 至急、次の会議の段取りをします! これ、もう少し読ませてもらえますか?」

八島 「OK、OK! じっくり読んで、僕ちゃんのすごさを褒めたたえるといいよ〜」

 目を輝かせる坂口を余裕の表情で見やった八島だったが、内心冷や汗をかきながら話していたため、思わずガッツポーズを取りそうになった。

 何しろ、これは久々に心躍る仕事になりそうなのだ。レガシーシステムのお守りばかりでなく、新しいシステムを手掛けられる、この数少ないチャンスをみすみすほかに渡すわけにはいかない。

 しかし、いままで外製中心の開発形態だったことを考えれば、頭の固い連中からは即座に却下されたかもしれないのだ。そう、名間瀬が室長であれば、もっと根回しや作戦が必要だったことだろう。坂口が室長代行になったことは、八島にとって行動を起こす大きなきっかけになったのだ。

八島 「(さてさて、坂口っちゃんの反応も良かったことだし、ヤシマ作戦、第2弾と行こうかな〜?)」

ヤシマ作戦の裏側

 情報システム部に戻った八島は、早速生産管理システム担当の谷橋章介と、営業支援システム担当の小田切要を呼んだ。彼らはもともと、Web系のスーパープログラマーだった。レガシーシステムのお守りを無難にこなすだけでは物足りず、趣味のプログラミングで腕を磨いていたのだ。

 今回の提案書の件で、受け身ではなく提案型の活動をしようとする八島に共感した彼らは、かなりの部分を一緒に手掛けている。だからこそ、短期間で資料を用意することができたのだ。

谷橋 「八島さん、どうでした?」

八島 「うん、割と良い反応だった。でさぁ、早速次の一手を打っときたいわけ」

 八島は、2人の顔を交互に見やった。

八島 「この間、ウチのシステムの全体像をまとめたときに気付いたんだけど、ウチって、システムごとに残ってるドキュメントがバラバラなんだよね。谷橋の担当する生産管理システムが、一番量も内容も充実してた。特に上流工程のとこね」

谷橋 「えぇ。初めて一緒に仕事するベンダさんでしたからね。意思の疎通ができないと困るし、短期の立ち上げで手戻りが許されませんでしたから、上流工程に関しては作ってほしいドキュメント類の納品を入札条件に入れたんですよ。おかげで、保守は割と楽ですね」

八島 「うん。そこを見込んで、谷橋には今後の開発で共通に使えるドキュメントを考えてほしいんだよね。もう、あるかないか分からないとか、あっても書き方がバラバラの資料見るの嫌なんだ。この際だから、共通化しようよ」

谷橋 「いいですね! もしも僕たちがシステム作りを手掛けられなくても、これがあれば保守は楽になりますよ!」

小田切 「ええっ? でも、そんなの作ってるヒマないですよ!」

 先ほどから、やや不満げな表情で2人の会話を聞いていた小田切が、割って入ってきた。

八島 「うん。小田切んところの営業支援システムは、ほとんどドキュメントがないんだよね〜。まぁその分、ソース中のコメントが充実してたから、助かったけど」

小田切 「えぇ。ベンダさんの中には、すごく分かりにくいドキュメントを作ってくる人がいるんですよ。そんなの読む方が疲れるし。ソースコードの中にコメントを書いておけば、レビューのときに一緒に見られるから、そっちの方が絶対早いですよ!」

八島 「まぁ、それが『上流工程のドキュメントがなくても良い』っていう理由にはならないと思うけど、小田切の気持ちも分かるよ。じゃあさ、お前コーディング規約見直してくんない? 『こんなに入れ子の多いソース、見てられるかー!』とか、よくほえてるだろ? もちろん、コメントの付け方とかも決めといてよ。谷橋と協力して、最適解を探してくれるといいんだけどなぁ。あ、後、共通で使えるプログラム部品とか、そういうのも考えてみてよ」

小田切 「うーん……。例えば、コメントから仕様書を抽出するソフトウェアを使うとか、そういうことも考えられるかな。ま、やってみますよ! そもそも、何やってんだか分からないソースを追っかけるのには、もううんざりしてますから。あぁ、部品化は楽しそうだな。同じようなものを何度も見なくて済むし。ソースってのはこう書くんだ! ってヤツを用意しますよ」

八島 「うんうん、いいじゃない? 提案が通れば人手を増やさないといけないけど、ちゃんと準備しとけば、割とスムーズにいきそうじゃん? そこんとこうまくアピールしとけば、完ぺきだよね。それに提案が通っても通らなくても、これならムダにならないし、相変わらずさえてるな〜。僕ってすごい!」

 1人悦に入る八島に、顔を見合わせて苦笑する谷橋と小田切だったが、気持ちは八島と同じだった。うまく働き掛けて、“自分たちで作り、守っていくシステム”を任せてもらえるように、谷橋と小田切は早速ミーティングを開始した。

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