本当につらいときに支えになるもの目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(20)(3/5 ページ)

» 2008年09月29日 12時00分 公開
[森下裕史(シスアド達人倶楽部),@IT]

本当につらいときに支えになるもの

 坂口は頭では割り切っていても心がついていかなかったのだ。自分を責めずにはいられなかった。

 ふと気が付くと坂口は谷田のマンションの前に立っていた。雨が降り始める中、坂口はぬれるがままにしていた。そこに帰宅してきた谷田がやってきた。

 尋常じゃない坂口の姿を見て谷田は驚きの声を上げた。

谷田 「坂口さん! どうしたんですか。そんなにぬれちゃ風邪ひいちゃいますよ!」

坂口 「……。あっ、ここ谷田さんのマンションだったんだ。ごめん、ちょっとボーっとしていて。おやすみ」

 坂口は夢遊病者が意識を取り戻したかのようなゆっくりとした動作で来た道を戻ろうとしていた。谷田は坂口の大きな体を受け止めるようにしてその動きを止めた。

谷田 「坂口さん、このまま帰っちゃだめです。私の家に入ってください!」

坂口 「いや、俺、ぬれてるし……」

谷田 「このまま帰したら、坂口さんどうなるか分からない。落ち着くまでだけでもいいから……。私の所にいて!」

 谷田は小さな体で坂口を押し込むようにマンションの入り口に誘導していった。坂口はされるがままに谷田のマンションに入った。

 坂口を玄関の小さな腰掛けに座らせると、すぐに風呂の準備と温まりそうな食事の準備に取り掛かった。坂口が無意識のうちに自分の所に来てくれたのは自分を支えにしてくれているから。

 谷田はその気持ちに応えるために自分ができるだけのことをしてあげたい気持ちでいっぱいだった。坂口の部屋には何回か行ったことはあるが、自分の部屋に上げるのは今回が初めてである。実は坂口を支えられる強い自分になりたいと思い、一人暮らしを始めたばかりなのだ。親が心配してよく来るので、部屋の片付けはきちんとしているが、何か変なものを置いてないか部屋を見回す谷田だった。

 坂口はぼぅーとした意識の中で、谷田の時々掛けてくれる声を聞きながら安心している自分に気付いていた。谷田の存在は欠かせないものになっていたのだ。なぜ、ここにいるのかは分からないが、一番来たかった所にいるのは間違いなかった。

谷田 「坂口さん、お風呂が沸きましたよ。取りあえず、体を温めてください。その間に乾燥機で服を乾かしておきますから」

坂口 「ありがとう。すまない」

 坂口は重い体を引きづるようにして、谷田のいうがままに風呂場に向かっていた。もし、意識がはっきりしていれば赤面して断るところだが、いまは谷田のいうことに従うことが心地よかった。坂口が湯船に漬かっている様子を音で確認した後、素早く、坂口の脱いだ服をまとめて乾燥機に入れた。台所に戻ると坂口が温まるように作ったスープの味見をして、簡単な食事ができるように準備をすすめた。

 しばらくして少し窮屈そうなパジャマ姿の坂口が申し訳なさそうに出てきた。風呂に入ってだいぶ意識を取り戻したらしい。同時にとんでもないことをしてしまったという思いで顔は下を向いたままだ。

坂口 「谷田さん、ごめん、俺」

谷田 「やっぱり、そのパジャマ小さかったですね。それ、父が以前泊まりに来たときに置いていったものなんです。でも、坂口さんには無理があったみたいですね」

坂口 「えぇ〜、お父さんのなの〜?」

 坂口は体が余計に縛り付けられるような気がしてきた。谷田は少し赤い顔になりながら坂口に

谷田 「今度サイズ教えてくださいね。買っとかなくちゃ」

 というと台所に逃げ込んだ。坂口はその言葉に返す言葉を失っていた。谷田は台所にぼうぜんと立っている坂口に声を掛けた。

谷田 「温かいスープができましたよ。晩ご飯まだですよね。簡単なものですが、一緒に食べましょ!」

 そういうと谷口は坂口にテーブルに着くよう促した。2人が席に着くと、手を合わせ、いただきますといった。声がそろったことに2人はお互いを見つめ合って思わず笑った。

谷田 「なんか、新婚さんみたいですね」

坂口 「えぇ! そうかなぁ……」

谷田 「いやですか」

坂口 「谷田さん、そんなことはないよ」

谷田 「こんなときって下の名前で呼び合うんですよ。ね、啓二さん」

坂口 「……。亜紀子……さん」

 坂口を励まそうとするあまり、いつになく積極的になっている谷田だった。坂口もこの流れに乗ることに安堵を感じていた。

 食事も終わって一区切りしたところで坂口は身支度をしようと立ち上がった。

 多少ぬれていてもタオルでも借りてタクシーに乗ってしまえば問題はない。

坂口 「今日はありがとう。もう遅くなるから、帰るね」

 自分の服を取りに行こうとする坂口を制するように谷田は坂口の前に立った。

谷田 「仕事のことで何かあったんですよね。1人にするのが心配なんです」

坂口 「ありがとう。でも、このままいるわけにも」

谷田 「啓二さん、私の支えでは心もとないかもしれないけれど、支えたいんです」

 坂口は無言のまま谷田を抱き締めていた。谷田は必要としている人に必要とされている喜びをかみしめていた。

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