松嶋が勧めるセットメニューを2人でオーダーし、坂口は早速状況の説明を始めた。
坂口としては、1度使ってみれば、きっと電子会議室の魅力を分かってもらえると確信している。しかし、その「1度使ってみる」という機会を作るのが難しいことも、東京本社に来てから身をもって知っていたのだ。コンピュータ嫌いだった先輩の松下をうまく引き込めたように、皆を巻き込むには、どうしたらいいのだろうか。
ただでさえ忙しいメンバーのこと、それぞれが自分の都合に合わせて操作を覚えられるように、分かりやすい操作マニュアルがあったらどうだろう、とも考えたのだが。
坂口 「ウチの電子会議室は市販ソフトを使っているから、マニュアルは付いているんです。だけど、何だか分かりにくくて。いまのままじゃ、マニュアルを読んでくださいっていうのは、逆効果になりそうな気がするんですよ。じゃあ、分かりやすく書き直そうかとも思ったんですけど、どうすれば分かりやすいと思ってくれるのかって考え出したら、先に進まなくなってしまって……。マニュアルを作った経験がないんで、どこから手を付けたらいいのかも分からないし、もうお手上げ状態なんです」
松嶋は軽くうなずいて、口を開いた。
松嶋 「なるほどね、そうか……。ねぇ、坂口さん。あなたはマニュアルを使うとき、まずどこから読む?」
坂口 「えっ? そうだなぁ……。索引からキーワードを探すことが多いです」
松嶋 「そうね、索引は便利だから、そこから探す人は多いわね。だけど……実はね、マニュアルを活用するコツは、“まえがき”と“目次”にあるの」
松嶋によれば、マニュアルの作成手順は、「要件定義」「設計」「開発」「テスト」の順になっているのだという。
坂口 「へぇ〜、そうなんですか!? それじゃあ、システム開発みたいですね!」
松嶋 「えぇ、そうでしょう? “要件定義”の作業は、“企画”と呼ばれることが多いけど、目的はほぼ同じと考えていいと思うわ。でも、あまり難しく考えなくてもいいのよ。例えば、“企画”は、いつ・誰が・何のために読むマニュアルなのか、ということを決める作業なの。何の役に立つマニュアルを作るのか、その目的を決めるってことね。“設計”は、“企画”で決めた目的を満たすのに必要な情報を集めて見出しを付け、並び順、つまり構成を考えることだと思ってね」
坂口 「いわれてみれば、企画書だって提案書だって、同じ手順を踏みますね。誰に何を伝えたいかを決めて、情報収集して、整理して。そうかぁ……、マニュアルだけ特別なわけじゃないんですね!」
松嶋は、さらに説明を続けた。“企画”で決めた事柄は、マニュアルの“まえがき”に記載される。例えば、マニュアルの主な対象者をとってみても、前提として持っている知識、管理者や利用者といった役割、何を知りたいと思っているか、などを想定して企画書に書いたら、それをまとめて“まえがき”にするのだ。一方、“設計”段階で決めたことが“目次”になる。
ここまで聞いて、坂口には松嶋の意図が見えてきた。マニュアルの仕組みを知ることが、分かりやすいマニュアル作りの第一歩になるかもしれない。
坂口 「じゃあ、“まえがき”で想定している対象者と、今回のメンバーを比較して、違いがある場合は、今回のメンバーに合わせた形に書き直すのが良さそうですね。“目次”を見て全体の流れが分かれば、必要な情報を絞り込むこともできそうだ」
松嶋 「そのとおり! イメージができてきたみたいね」
坂口 「いままで、意識して“まえがき”や“目次”を見たことがあまりなかったかもしれません。今度からは、ちゃんと目を通すようにしてみます!」
せっかく付いてくるマニュアルだから、うまく活用しないともったいないものね、と笑う松嶋に、なるほど、とうなずく坂口だった。
松嶋は、“まえがき”と“目次”に目を通しておくと、必要な情報にたどり着くまでの時間が短くなってくるというのだ。しかし、大抵の場合、マニュアルを読むときは、分からないことがあって焦っていることが多い。索引やキーワード検索という手軽な手段が用意されていることもあり、そこから情報探しを始めるのだが、同じキーワードがあちこちの項目で使われていたりすると、見つかるまでに時間がかかることもしばしばだ。
坂口にも身に覚えがあるのだが、最初に開いたページに欲しい情報がないとがっかりして、そこであきらめてしまったことも多い。だから、索引から調べる場合でも、ページを開いた後に、必ずそのページで説明されている項目の見出しを確認して、何を説明している個所かをつかむのが、探している情報のヒット率を上げるコツだという。
松嶋にマニュアル作りのさまざまなポイントを教わった坂口は、気の早い性分を出し、すぐにでもコツを試してみたくなっている。しかし、問題はそんなに簡単ではないようだ……。
◆次回予告◆
松嶋にマニュアル作成のコツは、システム開発などと同様に「要件定義」「設計」「開発」「テスト」にあると知った坂口。それを知った坂口は、早くもマニュアル制作に取り掛かりたがるが……。
次回坂口は、松嶋からさらにマニュアル作りのポイントを教わります。また、PC嫌いの社員に対して「まず1度使わせてみる」という点についても、松嶋の誘導で良いアイデアが思い付くようです。一方、坂口を思う谷田は、坂口と松嶋の関係を疑い始めて……。
課長 浜崎 雅則(はまざき まさのり) 43歳
課長代理 江口 章輔(えぐち しょうすけ) 38歳
主任 椎名 純平(しいな じゅんぺい) 33歳
主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 30歳
チーフアシスタント 松下 真樹(まつした まき) 35歳
アシスタント 谷田 亜紀子(たにだ あきこ) 26歳
アシスタント 水元 優香(みずもと ゆうか) 24歳
営業部 部長 田所 譲司(たどころ じょうじ) 50歳
上級シスアド 豊若 越司(とよわか えつし) 38歳
人材開発部主任 松嶋 七海(まつしま ななみ) 37歳
配送センター主任 木村 俊哉(きむら としや) 32歳
配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう) 41歳
製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや) 33歳
情報システム部主任 福山 雅人(ふくやま まさと) 36歳
シスアド達人倶楽部
「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者9名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。
執筆メンバー9名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。
石黒 由紀(いしぐろ ゆき)
上級システムアドミニストレータ連絡会正会員。ソフトウェア会社勤務
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