台頭するSaaSの行方―SaaSが日本で普及するためのいくつかの条件―

日本市場でもSaaS(Software as a Services)が台頭してきた。勢いに乗って既存の業務ソフト市場を駆逐するのだろうか。いや、話はそれほど単純ではないようだ。

» 2007年01月19日 12時00分 公開
[三浦優子,@IT]

なぜ、SaaS企業は次々と登場してこないのか?

 SaaS(software as a service)という概念が話題を集めるようになった。2000年前後に登場したASPと似たもので、ソフトをオンラインのサービスとして提供する。

 その代表的なベンダとして、セールスフォース・ドットコム、ネットスイートといった米国発の企業を挙げることができる。が、それに追随する企業は意外に少なく、日本発のSaaS企業として名前を挙げるようなところ はまだない状況だ。

 ASPのときには、コンセプトが有名になると同時に多くの企業がサービスを発表した。しかし、SaaSには同じような状況が起きていない。これはなぜなのか? どうしてSaaS企業はなかなか登場しないのか?

ASPとSaaSの違いは「マルチテナント」対応の有無

 SaaSとASPは、オンラインでソフトを提供するという同じ特徴がある。ASPビジネス、SaaSのそれぞれにかかわるベンダに話を聞くと、「両者には違いはない」と断言する人が多い。「ASPという概念が誕生した際、理想型として考えられたものの、技術の進化、インフラといった点が足りずに、実現できなかったものが実現したのがSaaSだ。それを区別するために、新しいASPといわず、SaaSという新しい言葉を利用するようになったのではないか」というのだ。

 米ネットスイートのザック・ネルソンCEOは、「当社が誕生した1998年ごろは、ASP用ソフトとして利用されたのはもともとクライアント/サーバ用に開発されたアプリケーションを載せ替えたものばかりだった。そのため、オンラインソフトとしてユーザーが求めるような機能を実現することができなかった」とASPブーム当時を振り返る。

 それに対して現在のSaaSは、「既存ソフトの載せ替えではなく、専用ソフトとして開発された、1つのシステム(シングルシステム)を多くの企業が利用できるマルチテナント対応のもの。コストという点から考えても、SaaSはシングルシステム・マルチテナント対応でなければならない」と断言する。

 シングルシステム・マルチテナントとは、SaaSの代表といわれるセールスフォース・ドットコムも自社システムの最大の特徴としているものだ。いわば、SaaSの要となる部分だ。

 しかし、このシングルシステム・マルチテナントというのは、ベンダーにとってコストメリットは大きいものの、技術的なハードルは高くなる。

 ネットスイートではカスタマイズのためのプラットフォーム「Suite Flex」を日本で紹介する記者会見の中で、「以前SaaSはカスタマイズができないところが弱点とされていたが、決してそうではない」(米ネットスイート・インターナショナル製品担当・クレイグ・サリバン・シニアディレクター)と説明した。

 このようにシングルシステムを複数の企業が利用しながらカスタマイズを可能にするためには、既存のクライアント/サーバ型のシステムをオンラインで利用する形態では難しいだろう。設計段階からシングルシステム・マルチテナントを考慮したプログラムでなければならない。

 日本でSaaSが注目を浴びたのは2006年の初頭。すぐに製品開発に取り掛かったとしても、実際に製品が出来上がるのはおそらく2007年以降のことになる。

 シングルシステム・マルチテナントを実現するためには、時間をかけた開発が必要だからこそ、SaaSはASPのときのようにいろいろなソフトが市場をにぎわすということが少ないと考えられる。

米国とは違う? 日本の中小企業事情

 しかし、日本企業に取材すると、このプログラムの開発だけがSaaSが登場しない原因ではないようだ。

 米国ではネットスイートと競合することが多いのがインテュイットだという。SaaSは月額の利用料を支払えば利用できるので、初期投資を少なく抑えることができることが歓迎され、中小企業がメインユーザーとなっている。セールスフォース・ドットコム、ネットスイートともに、オラクルの創業者であるラリー・エリソン氏が資金を投入して設立した企業だ。エリソン氏はこれらの企業に対して、「オラクルには獲得できない、もっと小規模企業をユーザーとして獲得することができる可能性がある」と話しているそうだ。

 以前はそのインテュイットの日本法人で、現在はライブドアの傘下にある弥生では、「SaaSへの対応は毎年課題として検討は行っている」という。

 しかし、SaaSの開発が実現していないのは、「当社は直販ではなく、パートナービジネスを行っている。SaaSのようなオンラインサービスは、直接ユーザーと接点を持つことになる。現状のパートナービジネスを行っている以上、簡単にはSaaSに移行することはできない」ことが理由になっているからだという。

 それでは実際に顧客に製品を販売している企業はどうなのだろうか。

 システムだけでなく、コピー機の販売などでも中小企業との接点が多く、取り引き企業の8割が年商10億円以下の企業である大塚商会では、現在までSaaSを自社では販売していない。オリジナルの業務ソフト「Smileαシリーズ」についても、現段階では対応の予定はない。

 大塚裕司社長は、「技術的には対応できる体制は整えている。しかし、現場サイドから、SaaSをユーザーが望んでいるという意見はあがってこない」と話す。

 確かに日本でのセールスフォース・ドットコムのユーザーとしては、中小企業というよりも規模の大きな企業も目立つ。日本で最初にSaaSを評価したのは中小企業よりも、大企業の方が先だったようだ。

 ただし、ディーラーやシステムインテグレーターの中にも、SaaSを自社ビジネスに有効活用しようと考え、研究する企業も出てきている。ネットスイート日本法人の東貴彦社長によれば、「当初はパートナーを介さない、直販がビジネスの中心になるのではないかと考えていた。が、実際に製品を発表したところ、多くのディーラーやシステムインテグレーターから、問い合わせを受けた。これまでフォローが十分ではなかった顧客向けにSaaSが活用できると考えているようだ」と説明している。

 日本はSaaSに対して、米国とは異なる市場性があるようだ。

適した利用環境が整わなければSaaSがなければ日本での普及は進まない?

 こうした話を総合すると、SaaSは開発に時間がかかるためにアプリケーションの数がまだまだ少ない。日本発のものが出てくるのには時間がかかる。

 また、SaaSを利用するのに適しているといわれる中小企業は、まだSaaSのようなシステムを認知しているわけではない。その状況の変化にはもう少し、時間がかかりそうだ。

ただし、その一方で、SaaSに興味を示すディーラーやシステムインテグレーターも出てきている。こうしたディーラーなどが、積極的に普及、啓蒙していけば、日本でも中小企業ユーザーがSaaSを利用するケースが出てくるだろう。

 その意味では、日本でのSaaS普及の行方は、アプリケーション以上に中小企業をサポートする販社にかかっているのではないか?

 実際にすでにシステム販売を行っているセールスフォース・ドットコムには多くのパートナーが連なっている。

 現在以上にSaaSが普及していくためには、ユーザーに近い立場にいる販社の存在が欠かせないといえそうだ。

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