手段ばかりを求めていると、結果は出せない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(102)

変化や競争が激しい今、ビジネスでは「やり方だけ」を求めることなく、 常に現状に疑問を抱き、遊び心を忘れずに取り組むことが大切だ。

» 2012年08月21日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

ベロシティ思考

ベロシティ思考

著=アジャズ・アーメッド 他
発行=パイインターナショナル
2012年8月
ISBN-10:4756242898
ISBN-13:978-4756242891
1800円+税
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 「製品、アプリケーション、キャンペーン。毎日色んなものが世に出てきているけど、『それのどこがいいの?』っていうシンプルな質問にすんなり答えられないものってたくさんあるよね」。「例えば、ネットができるディスプレイ付き浴槽を見ても、『これはいい!』なんて思うことはおそらくないと思う」。「単に新しいとか、他とは違うというだけで、それが必ずしもより優れているとか、みんなに気に入られるというわけじゃない。『うちのテクノロジーを使えば、こんなことができる』ということに気を取られすぎて、何が本当に人の心をつかめるのかを見抜くことがかえって難しくなってしまっている」。「重要なのは、まず解決すべき問題点を特定し、あくまでも解決のための補助ツールとしてテクノロジーを使う、ということなんだ」――。

 本書「ベロシティ思考」は、ナイキのデジタルスポーツ担当副社長のステファン・オーランダー氏と、世界規模で支持されているクリエイティブエージェンシー AKQA会長のアジャズ・アーメッド氏が、その豊富なビジネスの知見を対談形式でまとめた作品である。変化が速く不確実な環境――“ベロシティ”の時代を生き抜く上では、先を読んで素早く行動に移す「スピード」、向かう方向性を見極める「方向性」、掛け算的に貢献の場を広げていく「加速」、一貫した言動によって、強烈な価値を持つ文化を作り出す「規律」という4つの能力が不可欠だと指摘。「ベロシティを味方につけるための7つの原則」について議論を交わしている。

 冒頭はそうした原則の1つ、「そこに人がいることを忘れずに」の一節だ。「デジタルは方法であって、目的ではない。テクノロジーは時に、この真実を分かりにくくしてしまう。だから、アプリケーションやツイートの向こうに『人』がいることをつい忘れがちである」として、テクノロジを人を幸せにするための手段と考えることの重要性を強調。「価格よりも優れたユーザー体験の方が、購買意思決定により大きな影響をもたらす」「人は、本来の役割・価値をきちんと果たしているものに惹かれる」など、数々の教訓を紹介している。

 「大事なのはコンテンツじゃなくて、『ヴァイブ』なんだ」という指摘も興味深い。このヴァイブとは、言葉では表現できない「シグナルやフィーリング」のことだという。そして、人もブランドも、このヴァイブを重視しなければ、成功している製品やブランドに共通して存在する「欲しい」「参加したい」「共感する」「つながりたい」と思わせる要素を担保できないと指摘している。さらに、「今日ITというのは、自分たちの世界にスムーズに顧客を招き入れ、製品やサービスを試し、体験してもらえるようにする技術のことを言う」として、「ITという言葉はむしろ『Intuitive Technology』(直観的なテクノロジー)という意味で使うべきだ」と提言している。

 一方、7つの原則の1つ、「最高のジョークも、会議にかけるとダメになる」では、ベロシティに対応できる意思決定プロセスを構築するための数々のポイントを紹介。「チームで意見を一致させることと、正しい決断を下すことは全く別もの。集団志向はいったん脇へ」「直観力は『優れた分析』を補完するものだ。クイズに回答するだけならマシンの方が優れている」「もし企業が魂を持つことができるなら、社員の価値観がまさに企業の魂になる」など、数々の教訓を散りばめている。

 さて、いかがだろう。一般に、マネジメントを説いた書籍は教科書的な色彩の作品が多いものだが、本書の場合、それらと同じことを語っていながら、実にエモーショナルな印象が強い。これは対談形式でまとめられていることもあろうが、ノウハウや手段、利益やコストといったものではなく、あくまで「人」や「人の心」を中心に、ビジネスの在り方を考えているためではないだろうか。「収益をあげるためにサービスを作り出しているのではありません。より良いサービスを作り出すために収益をあげているのです」というフェイスブックの創業者、マーク・ザッカーバーグ氏の言葉を紹介している点も印象深い。

 変化が激しく、あらゆるリスクも渦巻いている近年、企業も個人も「何をどうすればいいのか」というノウハウばかりを求めてしまいがちなものだ。しかし当然ながら、「常に革新的で、一歩先を行くための方程式はない」。特別寄稿をしているAKQA チーフクリエイティブオフィサーのレイ・イナモト氏も指摘しているように、革新的であり続けるためには、「やり方だけ」を求めることなく、「現状に対して疑問を抱き、そして遊び心を」忘れずに、想像力を働かせることが大切ということなのだろう。300ページを超える書籍だが、ほぼ全ページで“響く一言”に出会えるはずだ。仕事の合間に眺めるだけでも、想像力ややる気が刺激されるのではないだろうか。

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