アーティストをはじめ専門職の中には、社会との関係性などは考える必要もなく、自分の主張を押し通していけると考えがちな人がいるが、それはまったくの誤解だという。
本書は、現代美術家・村上隆が日本のクリエイティブシーンの行く末を憂い、自らが代表を務めるアートの複合企業「カイカイキキ」での取り組みなどを交えて、日本社会の問題点と、今後どうしていくべきかを示したものである。実はクリエイティブ業界に限らず、さまざまな産業に通ずる指摘を見ることができるのが特徴である。
カイカイキキでは、師弟制度を重んじるとともに、新しく入ってきた人に対し「アーティストは、社会のヒエラルキーの中では最下層に位置する存在である。その自覚がなければ、この世界ではやっていけない」と語る。すると、やって来るアーティスト志向の人間の多くは「自分は将来、世界に認められるような人間だ。それなのにこんなところで雑用みたいなことをさせられていて、怒られているのは馬鹿らしい」と考えるそうだ。
そうした振る舞いについて、著者は一刀両断する。
「例えば、顧客との関係性において、アーティストは常に“下からお伺いを立てる立場”にある。いつか自分の作品が分かってもらえる日が来ればいいと夢想しても、その日が来ることはほぼないだろう」
アート業界では、社会との関係性などは考える必要もない、自分の主張をどこまでも押し通していけると考えがちだが、それはまったくの誤解だ。相手に理解してもらうには、ただただ歩み寄ることが大切で、いつか世間に見直してもらえるといった考えを捨てることこそが成功するための仕事術の第一歩だと説く。そのために必要なことが「ご機嫌取り」だという。
「ご機嫌を取る」とは言葉のイメージが悪いかもしれないが、作品を制作する上で相手の反応を考えるのは当然であり、それがすなわち「ご機嫌を取ること」だとも言える。その行為の一歩手前に、人と会えば挨拶をするといった社会のルールがあるはずなので、人のご機嫌を取らないということは社会で生きていくための最低限の適性もないことにほかならない。
昨今、一般のビジネスパーソンでも、クライアントや上司のご機嫌を取ることをしない人たちが増えており、芸術の世界においてはなおさら人のご機嫌を取る必要などないと認識されていることを著者は批判する。
「それでは“生きていく場”が得られるはずはない。相手の感情を顧みず、自分の欲望に忠実すぎる人たちが増えている。そんな姿勢で仕事に臨んでいる限り、目の前の仕事に真剣に向かい合っているとは言えない」
芸術家やアーティストに限らず、専門性の高い仕事であるが故に、得てして「自分は偉いんだ」と錯覚し、独りよがりになってしまう人も決して少なくない。そうした“特殊環境”で育った人たちこそ、社会のルールに順応することが肝要なのだとする。
なお、本書巻末にはドワンゴの川上量生会長との対談も収録。インターネットコンテンツと現代芸術に共通する“クリエイティビティ”などについて意見を交わしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.