人の「やる気」は“アメとムチ”では引き出せない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(14)

コストの安い新興国に単純作業がアウトソースされているいま、先進国で働く人々には何らかの付加価値を生み出す“創造性”を発揮することが求められている。そうした中にあって、効率的な大量生産を主目的としたこれまでの管理法では、かえって人々のやる気と生産性を低下させるばかりだ。

» 2010年10月05日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

モチベーション3.0

ALT ・著=ダニエル・ピンク/訳=大前研一
・講談社
・2010年7月
・ISBN-10:4062144492
・ISBN-13:978-4062144490
・1800円+税
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 遅れがちな開発プロジェクトをいかに進めるかは、多くの企業にとって恒常的な課題だろう。そうした中、プロジェクト管理に関するノウハウも複数存在するが、どの手法を採るにしても、常に課題となるのがスタッフの「やる気」の問題だ。なぜなら、余裕のある進ちょく計画を立てようとして、プロジェクトマネージャが作業時間をうまくやりくりしたとしても、プロジェクトの進ちょくは、最終的には直接手を動かすスタッフのやる気にかかっているからだ。

 では、スタッフの「やる気」を引き出すためにはどうすれば良いのか?――この問い掛けが登場すると決まって精神論が展開されがちなものだが、本書「モチベーション3.0」では、人間の行動を支える「モチベーション」を科学的に分析し、「どのようにモチベーションを引き出すべきか」を論理的かつ具体的に導き出している。巻末には、そのポイントをまとめた「会社、職場、グループ能力を向上させる9つの方法」も収録しており、人を率いる立場にある人にとって、大いに参考になるだろう。

 特に興味深いのは、モチベーションを、人を動かすための「OS」に例え、人を取り巻く環境に合わせて発展してきたと説いている点だ。最初は「生存」という本能的な欲求に基づく「モチベーション1.0」から出発し、その後、大量生産大量消費時代を迎えて、効率的な生産活動が求められるようになると、外的な報酬と罰、すなわち“アメとムチ”の論理に根ざした「モチベーション2.0」に進化した。そして現在、先進国では「外部からの欲求よりも内部からの欲求をエネルギーの源」とし、「活動によって得られる外的な報酬よりも、むしろ活動そのものから生じる満足感」によって動かされる「モチベーション3.0」が求められているのだと説く。

 というのも近年、単純な作業は人件費が安い新興国に急速なスピードでアウトソーシングされつつある。よって、先進国に残った作業には、新製品・サービスの開発から、日常業務の工夫、改善といったレベルに至るまで、常に何らかの“付加価値の創出”――すなわち、創造性が求められるビジネス環境に変化しているためだ。

 著者は、こうした環境においては「報酬がもらえるから」あるいは「罰を受けたくないから」といった消極的な動機付けに過ぎないモチベーション2.0では用をなさないと説く。また、「部下や従業員が仕事を怠けないように監視する」といったモチベーション2.0流の管理法も、「内発的動機付けを減少させ、成果を減少させ、創造性を破壊し、人間の好ましい言動を疎外する」だけだと解説するのである。

 では、現代のビジネス環境に求められるモチベーション3.0を支える要素とは何か? それは、個々人がある目的に向けて好きなように仕事をする「自律性」と、価値あるテーマについて上達したいという欲求を持ち、積極的に仕事にかかわる「マスタリー(熟達)」、そして「自分以外の人、もの、社会に貢献する永続的な目的」を持つことだという。そして、それらを実現する環境を整えるための施策が、いまのビジネス環境に有効な「やる気」を引き出すポイントになるのだという。

 そうした「やる気」を引き出すことに成功している好例として、著者はオープンソースのコミュニティを挙げる。実際、「オープンソースに携わっている人々は、清貧の誓いを立てている」わけではなく、多くの人は「このようなプロジェクトへ参加すれば、自らの評判を高められるし、技術も磨かれる。結果的に、経済面にも反映されることになる」と考え、自発的に参加し、自律的に活動している。

 また、病院の情報システム統合のためのソフトウェア、ハードウェア開発を手掛けるメディウス社では、個々人の業務目標は設定しても、それを報酬とは直接的に結び付ないと約束したうえで、結果さえ出せば、決まった時間に出勤する必要のない「完全結果志向型の職場環境」に変えた。すると、生産性が上がり、ストレスも軽減されたという。ポイントは「会社が基本的な報酬ラインを満たしていれば、金銭は業績やモチベーションにそれほど影響を与えないと分かった」という点だろう。メディウス社のCEO、ジェフ・ガンサー氏が述べたという「従業員は経営資源ではありません。パートナーなのです」とのひと言も、あるべき労使関係を示唆していると言えよう。

 著者は、昨今のモチベーションの問題について、 「多くの人は、OSについてほとんど考えたり」せず、アプリケーションの進化に対応し切れないなど、「調子が悪くなって」初めて注目しアップグレードする、と例える。多くの人々が「やる気」がボトルネックになっていると自覚しながら、なかなか解決策を見出せずにいたのも、「ビジネス環境の変容」という要因を見落とし、「OSの調子が悪い」ことばかりに気を取られていたゆえではないだろうか。大切なのは、ただ「やる気を出そう、出させよう」とすることではなく、時代背景やビジネス環境から「いま求められているやる気」を考え、それを出してもらえるような環境を整えること――この観点は、精神論ばかりが目立つ“やる気”関連書籍の中にあって、ひときわ新鮮に映るはずである。


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