“想い”のないつぶやきは、信頼を失墜させる情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(17)

ソーシャルメディアの台頭により、企業と顧客の関係性は大きく変わってしまった。こうした時代において、企業はどのように振る舞えば良いのだろうか。

» 2010年10月26日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

コトラーのマーケティング3.0――ソーシャルメディア時代の新法則

ALT ・著=フィリップ・コトラーほか/監訳=恩藏 直人
・朝日新聞出版
・2010年9月
・ISBN-10:4023308390
・ISBN-13:978-4023308398
・2400円+税
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 ニールセン世界消費動向調査によると、「企業が打ち出す広告を信頼する消費者は減っている」という。消費者の多くは「クチコミに期待」しており、「調査対象となった消費者のおよそ90%が、知人からの推奨を信頼」し、「70%がオンラインで投稿される顧客の意見を信用している」のだという。すなわち「消費者の信頼が企業から他の消費者に」移ってしまったのである。ではこうした時代、企業はどのように消費者に働き掛ければ良いのだろうか?

こうした疑問に答えるのが、本書「マーケティング3.0――ソーシャルメディア時代の新法則」である。本書はTwitterやSNSなどのソーシャルメディアが台頭し、“消費者同士の横の連携”が増している近年、企業のマーケティングはどう在るべきかを説いた作品であり、リアルとネットにおけるあらゆる顧客接点において、企業や社員が心掛けるべきことを詳細に解説している。

 「マーケティング3.0」とは、テクノロジの進展によって変容を遂げてきた“マーケティングの在り方”を表現した言葉である。1.0は生産技術が大量生産を可能にした時代の“製品を中心に考える”マーケティング、2.0は情報技術によって消費者動向の分析が可能になった時代における“消費者志向を中心に考える”マーケティング、そして現在のマーケティング3.0とは、「個人や集団が互いにつながったり交流したりすることを可能にする」ニューウェーブの技術によって、消費者同士の横の連携が力を持つようになった時代の“価値主導の”マーケティングだという。この「ニューウェーブの技術」とはもちろんソーシャルメディアのことである。

 では、そのソーシャルメディアの台頭によって、企業が打ち出す広告が信頼されなくなってしまったいま、企業は消費者にどう働き掛ければ良いのか?――本書では、そのためには「人びとを単に消費者とみなすのではなく、マインドとハートと精神を持つ全人的存在」としてとらえ、その機能的・感情的な欲求だけではなく「精神的にも充足」させるべく働き掛けるべきだと説く。具体的には、企業は自社の社会におけるコアバリューを見極め、ブランドのアイデンティティを明確化し、自社や製品のミッションを達成するためのストーリーを描き、そこに「消費者を参加させ」、ともにストーリーを創出するべきだという。本書では、その一例としてアップルのケースを次のように紹介している。

 1983 年、スティーブ・ジョブズは伝説的なCM「1984」を発表し、その中で「マッキントッシュを、コンピューター産業を支配しようとするIBMの企てに対するアップルの反撃として描き出した」。2001年には「全人生の音楽ライブラリーをポケットに入れて持ち運べるようにすること」をうたってiPodを発表。さらに2007年にはiPhoneを「音楽と電話とインターネットを結合した、革新的で洗練された使いやすい機器として描き出」した。つまり「コンピューター産業、音楽産業、電話産業で変革というミッションを実現してきたのである」。そして、こうしたストーリーは「大勢の書き手たち――社員、チャネル・パートナー、そして最も重要な消費者――が継続的につくり上げて来た」ものでもあるのだ――。

 このように言われれば、“価値主導”のマーケティングという言葉も理解しやすい。すなわち、自社のミッションを明確化したうえで、消費者の共感を呼び、感動させるようなストーリーを構築することによって、ミッションの方向性や社会的な“価値”を明確に伝えるとともに、ストーリー中に消費者をはじめとするステークホルダーを引き込むのである。

 そして本書はこうした文脈において、「ソーシャルメディアは」「マーケティング・コミュニケーションの未来の媒体になるだろう」と指摘するのだ。つまり、ソーシャルメディアとは、“ストーリーをともに構築していくためのコミュニケーションの場”なのである。このように言われると、企業にとってTwitterやSNSとは、決して“気軽な”ものではないのだと、あらためて思い知らされる人も多いのではないだろうか。

 まず、ストーリーにおいては、その主役となるキャラクター、すなわち“ブランド”を厳格に守ることが求められる。しかも「ソーシャル・メディアでは、ブランドはコミュニティの一員のようなもの」である以上、「消費者コミュニティをむりやりコントロールしようとする」ことはできない。共感や感動により、「自分の代わりに彼らにマーケティングをやらせる」ことが求められるのである。なぜなら「横のコミュニケーション」がカギとなるマーケティング3.0の世界では「誠実さとオリジナリティと(製品・サービスを通じて主張に背かない経験価値を提供できる)本物であることが功を奏す」ためだ。ほんの一言のつぶやきも、SNSでの一言も、その企業のキャラクター、すなわち“誠意”や“信頼性”を象徴するものとして受け止められるのである。

 また、本書では「顧客を愛し、競争相手を敬う」「評判を守り、何者であるかを明確に」といった「マーケティング3.0の10原則」も紹介しているのだが、これらを眺めていると、企業としてはもちろん、個人レベルの話としても違和感がないように思える。実際、本書では「会社は社員を、価値を体現する大使とみなすべき」として、社のミッションの一番の賛同者は社員であるべきだとも説いている。「消費者は社員の言動を見て、その企業が本物かどうかを判断する」ためである。つまりは、社員1人1人の言動こそが、マーケティング活動そのものだということなのだろう。

 コトラーは、消費者を「精神的にも充足」させるべきなのは、消費者が「社会や経済や環境の急激な変化や混乱に」さらされているからであり、マーケティング3.0では、そのような人々に「解決策と希望を提供する」ものなのだと諭す。そしてこうした時代におけるマーケティングとは、もはや単なる「需要の創出」手段などではなく、「企業が消費者の信頼を取り戻すための、最も重要な頼みの綱とみなされるべきもの」 なのだと訴えている。

 ソーシャルメディアを使って顧客と接する機会が増えたからといって、ただ親しげに、頻繁に発信すればいいというものではない。問題は、情報発信の頻度ではなく、“思い”や“気持ち”が込められているかどうかであり、それを自覚することがBtoB、BtoCを問わず、あらゆる業態において求められる企業としてのあるべき“態度”なのだ。


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