ビジネス、システムに“関羽や張飛”はいらない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(19)

“関羽や張飛”のようなスタープレーヤーをそろえるだけでは戦には勝てない。結果を出すためには、個々の力を使いこなすための智恵が求められる。

» 2010年11月09日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか――画期的な新製品が惨敗する理由

ALT ・著=妹尾 堅一郎
・ダイヤモンド社
・2009年7月(第1刷)/2010年6月(第8刷)
・ISBN-10:4478009260
・ISBN-13:978-4478009260
・2400円+税
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 『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』? 1つ1つの技術特許は、三国志に例えれば関羽や張飛、趙雲に値するほど強力だ。それほどの武将を数多く擁していながら、なぜ決戦となると欧米企業に敗れがちなのか。日本企業には天才軍師、諸葛孔明がいないからなのか――。

 本書では、冒頭において以上のような問い掛けを発し、欧米企業が強いのは「ビジネス戦略を徹底して考え抜く軍師団がいる」ためであろうと、まず結論から提示する。むろん、これまでも「日本企業が世界で勝てない」理由について、「知的財産権を取得していないからだ」「国際標準を獲得していないからだ」という議論もあった。だが、それらを取得していても負けてしまう事業は少なくない。その理由として、著者は、日本企業が個別の要素、いわば“1人1人の武将の武力”をベースにする考え方を脱却できていないためだと指摘。現在は、個々の技術力や知財権を確保することより、それらを“うまく使いこなす智恵”が大切だと説くのである。

 具体的には「三位一体型」の戦略を採るべきだという。1つ目は「製品の特徴(アーキテクチャ)に応じた急所技術の見極めとその研究開発」、2つ目は「どこまでを独自技術としてブラックボックス化するか、あるいは特許を取るか、さらにはどこから標準化してオープンに周囲に使わせるかという知材マネジメント」、そして3つ目は、以上2つを前提として、市場拡大と収益確保を両立させる「ビジネスモデルの構築」である。これらに着実に取り組むことが「勝利の方程式」になるのだという。

 その好例として、著者はインテルとアップルを挙げ、両者のビジネスモデルを「基幹部品を押さえて完成品を支配するインテル・インサイド型」、「完成品をイメージしてその枠の中で部品群を支配するアップル・アウトサイド型」と形容する。

 前者の場合、まず「パソコンにとって最も重要な中央演算装置(MPU)の中で、演算機能と外部機能をつなぐPCIバスを徹底的に開発」し、「PCIバスの内部技術を完全なブラックボックスに閉じ込めた」。そのうえで「外部との接続部分のインターフェースについては、プロトコルを規格化し」「国際標準として他社に公開」した。つまり「内プロプラ(独自技術)、外スタンダード(標準)」「内クローズ(秘匿)、外オープン」の構造を確立した」。これにより周辺部品メーカーは、「標準規格に則って、関連部品を開発する」ようになった、と説く。つまり、インテルは「MPUを前提条件にして完成品が設計される」状況を作り、「外部をコントロールする“からくり”」を手に入れたのである。

 さらに、完成品を効率的に生産しやすいよう、MPUを組み込んだマザーボードを開発。その製造ノウハウを台湾のメーカーに提供することで、MPUを使った完成品が大量に生産されやすい土壌を築いた。すなわち、完成品の市場拡大を見込んだうえで、「市場から得られる収益はすべてインテルに還流する仕組み」を作ったのだと解説する。本書では、このように「オープン標準化と完全ブラックボックス化」、さらに「ディフュージョン(普及)分業」までを“1つのシナリオ”として完成させるうえで、製品開発、知材マネジメント、事業戦略の3本柱が重要だと説くのだ。

 一方、アップルは「基本コンセプトと設計思想そのもの」を最大の魅力とし、製造自体はほとんどを外部委託に任せた。また「著作権の領域まで踏み込んだ知材マネジメントを仕掛け」、iPodとiTunesという「モノとサービスが相互に関係し合い、モノが売れればサービスが伸び、サービスが売れればモノが売れるという『相乗効果』をもたらすような“からくり”を形成した」。加えて、iPhone用アプリケーションの「開発キットの無料配布を行い」、「自軍を助ける『与力』が集まる“からくり”」を築いて成功を収めたと解説している。

 ポイントは、「オープンとクローズの使い分け」と「市場拡大と収益確保の同時達成」、そしてそれらに伴う知材マネジメントにある。著者は、このインテルとアップルに見られる2つの“フレームワーク”を参考にすれば、中小やベンチャーの「下克上も可能」として、“イノベーションへのチャレンジ”を促すのである。

 このように説明されると、戦略としてはオーソドックスな印象もあるが、それゆえに“フレームワーク”として役立つと言われれば確かに納得できる。また、“スタープレーヤー”的な存在を生かすことより、“あるものを賢く使いこなす”ことは、いま、あらゆる業種に求められている鉄則とも言えるのだろう。例えば、本書はあくまで「ビジネス戦略」を主題にした作品だが、「オープンとクローズの使い分け」「標準化」といったキーワードからは、自社の目標とシステム上の強みを見据えたITシステムの整理・統合の問題が想起される。導入しているITシステムは“関羽や張飛なみに強力”なのに成果が出ていない例は枚挙に暇がない。これも多くの場合“全体を使いこなす智恵”が不足しているためではないだろうか。

 著者自身も「インテル・インサイド」「アップル・アウトサイド」をフレームワークとして、自分のかかわる事業を別の観点から見ることも大切と述べている。「ヒットは出ているのに得点につながらない」状態を脱却し、1安打しか打てなくても「盗塁と送りバントと外野フライで1点取る」“アプローチ”とはどんなものなのか――ITシステムの効率化の在り方を、いつもとは少し違う角度から学んでみるのも面白いのではないだろうか。


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