“ここ一番の決断”で後悔しないために情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(24)

ビジネスでここ一番の判断を迫られたとき、あなたならどうするだろう? 常により確実な判断を下すために、“分析”の重要性をもう一度見直してみよう。

» 2010年12月21日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

分析力を武器とする企業――強さを支える新しい戦略の科学

ALT ・著=トーマス・H・ダベンポート/ジェーン・G・ハリス
・発行=日経BP社
・2008年7月
・ISBN-10:4822246841
・ISBN-13:978-4822246846
・2200円+税
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 「105球を過ぎたらマルチネスは交代だ」―― その言葉通り、レッドソックスのエース、ぺドロ・マルチネスの息は明らかに上がり始めていた。85年ぶりの優勝に王手をかけた2003年のアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズ第7戦。宿敵ヤンキースに対して3点をリードしていた8回、グレディ・リトル監督は試合前、チームのゼネラルマネージャ テオ・エプスタインから告げられた言葉をあらためて思い出していた。「91〜105球までなら相手チームの打率は2割3分1厘。しかし106〜120球になると3割7分に跳ね上がる。つまり105球以降は打たれやすいのだ。チームのアナリストは、そう分析している」

 そのとき、リトル監督の頭の中に去来したものは何だったのか。長年の野球経験か、経験に裏打ちされた直感か、それとも“分析”というものに対する野球人としての懐疑心だったのか――考え抜いた末、リトル監督は自身の“直感”に従い、マルチネスを続投させた。それが「ヤンキースの猛反撃の幕開けとなって85年ぶりの優勝をふいにし、自分の監督人生までも終わらせる」という最悪の意思決定になるとも知らずに――。

 本書「分析力を武器とする企業」はERPの権威であり、バブソン大学の学者としても知られるトーマス・H・ダベンポートらが、BIツールベンダの米SASインスティチュートと「ビジネスインテリジェンスの実態調査」を行った経験から着想を得て執筆した作品である。

 冒頭のエピソードは、序盤の「データ分析のお手本はプロスポーツ界にあり」の章で紹介されるのだが、日々、何らかの決断を迫られているビジネスパーソンならば、リトル氏の“決断”を安易に非難したり、笑ったりする気にはなれないのではないだろうか。多くの企業では、「分析」の重要性・有用性を認めてはいても、経営者をはじめ全社員がそれを深く認識し、組織的に生かす体制には至っていない。それどころかビジネスの“経験”や“直感”を必要以上に尊重する傾向も少なからずあるためだ。実際、スケールの違いはあれど、直感に頼って“ここ一番の判断”を誤った経験は誰しもあるはずだ。

 とはいえ、本書はむろん「直感」を否定するものではない。ただ、「直感で下す判断よりもデータ分析に基づく決定の方が正しい――少なくとも、その確率が高い」という事実に基づき、「データが入手でき分析が可能であるならば、分析結果を使って決断する方が、『なんとなく』勘で判断するよりずっと望ましい」と説くのである。そして、多数のケーススタディを通じて「成功している企業はきっちり分析して(物事を)決めている」ことの根拠を示しながら、“より確実に勝利を獲得する”ための方策を紹介しているのだ。

 特に目を引くのが、「企業が分析力を開発し活用するにはどうしたらいいのか」を極めて具体的に解説している点だ。例えば「分析力活用のためのロードマップと組織戦略」では、「企業の分析力」を4段階に分け、各レベルにおいて「実践できて然るべきこと」を紹介している。つまり企業はこれをベンチマークに「自社の分析力が現在どのレベルにあるのか」を確認し、さらなる分析力アップのために、今後何を目指せば良いのか、TO BEを描きやすい構成としているのである。

 また「分析」に限らず、何らかの新たな取り組みを遂行する際に、必ずハードルとなるのが人や組織の問題だ。その点、本書では「分析力を支える人材」という1つの独立した章を用意し、CIOCFOといった「経営チーム」から、現場の「分析チーム」まで、各階層にある人材が「分析」に対して、どのような考え方で、どのように振る舞うべきかを明確に示している。

 さらに「分析力を支える技術」として、「分析を担うIT環境はどのように整備していけば良いのか」、いわばITアーキテクトが考えるべき「分析環境構築のロードマップ」も提示する。このように、分析をビジネスに生かすためのコンセプトから、全社的に「分析」に取り組むための人や組織運用の在り方、それを支えるテクノロジやツールまで、一貫してレクチャーすることで、強力に“実践”を促している点が本書の最大の特徴と言えよう。

 なお、著者は「分析力を武器にする企業」の特徴として、4つのポイントを指摘している。「戦略上の強みが、分析をベースに(策定)したものであること」「データの管理・分析が全社で統合的・統一的に行われていること」「経営幹部がデータを重んじて分析力の活用に熱心であること」「分析力を競争優位にする戦略に社運を賭けていること」の4つだ。そして中でも大切なのは3つ目のポイント、「経営幹部の熱意と後押し」だと説く。すなわち、分析を有効活用するうえで最大のカギとなるのは、一部のアナリストらの分析テクニックやノウハウでもなければ、BIツールなどの機能でもない。経営トップをはじめ、全社員が「分析を積極的に生かそう」と考える“社内文化の醸成”にあるのだ。これとノウハウ、ツールが三位一体となって、初めて分析を有効活用できる環境が整う、ということなのだろう。

 優勝を逃した翌年、レッドソックスは、分析結果を重視するチーム文化の醸成と戦力補強により、ファンが86年間待ち望んだ栄冠を見事、勝ち取った。あなたの会社が自社の分野で栄冠を勝ち取るためにはどうすれば良いのか――直感も大切だが、「直感で判断を下すよりもデータ分析に基づいた決定の方が望ましい――少なくとも、その方が勝てる確率は高い」ことは言うまでもない。


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