ビジネスで“魔法”を使うことほど恐ろしいことはない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(48)

普段、当たり前に使っているインターネット。しかし、その仕組みを知らないと、何らかのトラブルが起きた際、不安感とリスクがいたずらに高まってしまう。

» 2011年06月28日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

インターネットのカタチ――もろさが織り成す粘り強い世界

ALT ・著=あきみち/空閑洋平
・発行=オーム社
・2011年6月
・ISBN-10:4274068242
・ISBN-13:978-4274068249
・1900円+税
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 911テロ発生直後、第2回ワールド・ベースボール・クラシック 日本対韓国の決勝戦でイチローがヒットを打った瞬間、テレビで放映されたアニメ「天空の城ラピュタ」で「ヒロインのシータが『バルス!』と唱えた瞬間――これらの事象に、ある共通点があることをご存じだろうか。そう、3つとも「インターネットが落ちた瞬間」なのである。911テロ発生直後にはCNN、New York TimesなどのWebサイトが表示されなくなり、「イチローがヒットを打った」「シータが呪文を唱えた」瞬間には2ちゃんねるのサーバが落ちた。

 これは言うまでもなく、「興味の集中」によりサイトへのアクセスが集中し、Webサーバが処理し切れなくなったためだ。本来、Webは「すべての通信が一対一であるコールセンターのような構造」のため、不特定多数の人々が同じ瞬間に集中してアクセスすることに強い」とは言えない。よって、「1台ですべての処理を受け付けるのではなく、トラフィックを分散させることでサーバ当たりの負荷を軽減する」必要があるのだ。

 むろん、これは基礎知識に過ぎない。だが、人はトラブルに見舞われた際、その原因や理由を知っていたり、復旧の見通しなどを推測できたりするだけで、心持ちは大きく変わるものだ。この知識も、知っているか否かでインターネット利用の快適性は大きく変わってくるのではないだろうか。

 本書「インターネットのカタチ」は、多くの人にとって当たり前の存在となったインターネットについて、その仕組みを基礎から解説した作品である。むろん、現在はインターネットの仕組みを知らなくても十分に使うことはできる。だが、その知識の有無は、インターネットが社会インフラと化している現在、利用の快適性ばかりではなく、安全性や、自身の社会的信頼に影響することもある。そうである以上、仕組みを知らなくても使えるとはいえ、社会生活の一端を“よく分からないもの”に預けているというのも恐ろしい話だ。その点、技術的な側面が分かりやすくまとめられた本書のような作品は、ぜひ読んでおくべき一冊と言えるのではないだろうか。

 大きな特徴は、つながらない、見られないといった「インターネットが壊れた」事象・事件に着目して、その原因を紹介することで仕組みを説明している点だ。ストレートかつ平坦な技術解説によって仕組みを解説するのではなく、われわれの社会で実際に起こった「リアルで生々しい」出来事を基に、「読み物」として案内してくれるのである。

 例えば「2009年10月に、スウェーデンのサーバが世界中から見られなくなる」という事件が発生したのはご存じだろうか。2010年5月にもドイツで同様の事件が起こったが、この原因はアクセス先のドメイン名・ホスト名を提供する仕組み、DNS(Domain Name System)の設定ミスによるものだった。「国全体をつかさどるDNSを管理している組織」における“ちょっとした設定ミス”だったわけだが、本書では、国全体に影響を与えた両事件のインパクトの大きさから、DNSの仕組みの重要性をあらためて指摘するのである。

 一方、「インターネットが壊れる」のは、論理的な原因だけではない。ネットワークが物理的に切れてしまうこともあり得る。本書はこの点にも注目し、台湾地震で光海底ケーブルか切れ、中国、タイ、マレーシアなと複数の国々と通信不能な状態に陥った事例などを紹介している。また、光海底ケーブルが切れると一度に多方面に影響が及ぶことから、「回線を分散させれば良いのでは」という考え方もあるのだが、本書では経済的な理由、地形や漁業権による制約など、分散させられない“現実的な理由”を解説。インターネットがバーチャルなものではなく、あくまで物理的な仕組みに基づいた「形あるもの」であることをあらためて教えてくれる。

 筆者らは、その仕組みの根幹であるプロトコルの変容とともにインターネットが進化し続けていることを受けて、インターネットを“永遠のベータ版”と形容する。なおかつ仕様がオープンであり、誰でもインターネット文化の発展に参加することが可能であるとも説き、「興味を持つ人が減るのはもったいない」と述べている。そこで「観察対象としてのインターネット」の面白さをまとめたというのだが、クラウドサービスが急速に浸透しつつある今、企業人にとっては「面白い」だけで済まないことは言うまでもない。業務で使う以上、仕組みは分からないが便利な“魔法”や“ブラックボックス”のままでは、リスクが大き過ぎるのである。

 「インターネットは核攻撃に耐え得るネットワークとして作られたもの」「パケット交換方式の歴史」など、豆知識的なコンテンツも豊富に盛り込まれており、「インターネットとは〜」といったストレートな技術書よりも大幅に読みやすいはずだ。業務部門やマネジメント層の人こそ、ぜひ手にとってみてはいかがだろうか。


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