“鉄則”に縛られているからプロジェクトは失敗する情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(53)

プロジェクトマネジメントの鉄則とされていることは、全て忠実に実践している。それなのになぜかうまくいかないという場合、一番大切なものが欠けているのかもしれない。

» 2011年08月02日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

ジョブズ・ウェイ 世界を変えるリーダーシップ

ALT ・著=ジェイ・エリオット 他
・発行=ソフトバンククリエイティブ
・2011年8月
・ISBN-10:4797362286
・ISBN-13:978-4797362282
・1700円+税
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 朝8時、ホテル「カーメル・イン」のレストランに入ると、ホテル客たちは目のやり場に困ったように、うつむいたり、コーヒーカップに目を落としたりしていた。大きな窓の外には朝日に輝く青いプール。その中で女の子が二人、若い男たちと楽しげに戯れていた。しかも全裸で――よく見れば、彼らはMac開発チームのメンバーたち。まったく「スティーブがからむと、チームメンバーを引き連れてのビジネス合宿も、ふつうではない」。

 本書「ジョブズ・ウェイ」は次々と新しい製品を生み出してきたアップル会長 スティーブジョブズの「リーダーシップ」にフォーカスした作品である。著者は現在、ソフトウェア会社ヌーベルのCEOを務めるジェイ・エリオット氏と、ノンフィクションライターのウィリアム・L・サイモン氏。エリオット氏はアップルに在籍していたころ、スティーブ氏直属の部下として経営計画に参加し、初代Macの開発、発表に携わっていた。本書はその経験を基に、間近で見たスティーブ氏の仕事ぶりを振り返った作品であり、組織運営法やチームワーク作りに関する多くの教訓を与えてくれる点が魅力となっている。

 例えば冒頭の“全裸の水遊び”は、「スティーブがMacチームの中に強い一体感をもたらしていた」ことを示す証拠として紹介されている。というのも、Macintoshという画期的なコンピュータを作り出すためには、斬新なアイデアが必要だった。そのためにスティーブは「アップル社内を歩き回り、常識の殻を破って突き進む勇気のある者をスカウトして」チームを編成したという。筆者はこれを受けて、「プールに裸で入ろう」という発想が生まれたのも、画期的なコンピュータ開発にふさわしい「人選が成功していた証」であると述べ、プロジェクトの円滑な推進は「ゴールに最適な人選」からすでに始まっていることを示唆するのである。

 カーメル・インで合宿を始めるに当たり、「Why join the navy,if you can be a pirate?(海賊になれるのに、なぜ海軍に入ろうとするのか)」と書かれたTシャツをメンバー全員に配ったというエピソードも印象的だ。

 ご存じの通り、これは当時から業界に君臨していた巨大組織、IBMに対し、アップルは小規模ではあっても進取の精神に富んだ可能性のある会社である、といったことをアピールしたキャッチコピーである。スティーブ氏はそのTシャツを着て、3日間、みんなで食事をし、遊び、ブレインストーミングをしたという。 つまり、氏はこのキャッチコピーを「ときの声」として利用し、まずチーム全体の結束を高め、一体感を醸成することから始めたのである。事実、プロジェクト内の担当分野が違っていても、みんなが親密になったそうだ。

 そして著者はこれを受けて、「この海賊Tシャツのたぐいをいくつ見たか知れない」と述懐するのだ。目標の達成、売り上げの増加、新製品の発表など、「アップルという会社は何かにつけておおげさに祝う」。つまり、目標や文化を共有し、強い仲間意識を醸成することがプロジェクトの成功に不可欠な要素であり、アップルではそうした風土が定着していると強く指摘するのである。iPhoneやiPad発表時の派手なプレゼンテーションが思い出されるが、これも対外的な意味以上に、実はチーム内の結束を高める意義の方が大きいのかもしれない。

 また、この合宿ではハードウェア、ソフトウェア、マーケティング、営業、経理など、各分野の担当者が一同に会し、「ひとりずつ、手短かに現状報告をし」、予定より遅れている場合は課題と挽回策を述べていたという。つまり、「問題点を堂々と打ち明けて、みんなで知恵を合わせて解決する」「問題は、あくまで全員の問題であり、特定の誰かの責任ではない」という文化が作られていたのである。普段の会議でも、スティーブは「オープンな議論をおおいに奨励し」「メンバーが正直にものを言おうとしないとき」や「(開発に当たって)大切な事柄を知らずにいる」ときだけ不機嫌になった。逆に「正当な指摘であれば、どんな低い階層のスタッフからの提案や批判だろうと耳を傾けた」そうだ。

 現在は米アクセス・システムズのCEOであり、かつてアップルの幹部だったジャン=ルイ・ガセー氏はそうした姿勢を指して、「民主主義は偉大な製品を作り出さない。リーダーは有能な暴君であるべきだ」と評したという。この“暴君”とは、「思い描く製品を完成させよう」と夢中になり、いたずらに妥協を許さない「製品をめぐる暴君」という意味である。だが、製品に対する思いの強さは開発メンバーも同じだ。よって、コストや進ちょくも含めて、スティーブがどれほど厳しい姿勢で開発プロジェクトに臨んでも、彼を恨む人は誰もいなかったという。

 さて、いかがだろう。以上のエピソードは本書のごく一部に過ぎない。だが、このようにいくつかをピックアップ してみると、現在、一般にプロジェクトマネジメントの鉄則と言われていることを着実に実践していることがよく分かる。ただ、大きなポイントは、これらを誰かに聞いたり、本を読んだりして覚えた「ノウハウ」として実践していたわけではないということだろう。まず「ものを創りたい」というシンプルかつ力強いモチベーションがあり、その発露としてこうしたリーダーシップが発揮されているのである。

 事実、スティーブ氏は昔から「画期的なものを創りたい」「機能をシンプルな美しさで包みたい」「テクノロジに詳しくない一般の消費者でもオブジェとして受け入れられる製品を創りたい」といった情熱が強かったという。ではその実現のためには、どんな人をそろえ、どう訴えかけ、どうプロジェクトをリードすれば良いのか――おそらくスティーブ氏はそのように考えて、実にナチュラルにチームをリードしてきたのではないだろうか。プロジェクトマネジメントのノウハウを忠実に守っていたのではなく、逆に、開発に対するパッションに背中を押されるようにして、自分たちのプロジェクトに最適なやり方を、自分で作り出してきたのである。

 プロジェクトには納期やコストの問題がつきまとうだけに、円滑に進めようとすると、ついノウハウに走ってしまいがちだ。だが、そもそもプロジェクトとは、 誰かのために何かを作り出すためのものであり、待っている人がいる以上、創り手たちもそれなりのパッションを抱いて臨むものだったはずだ。だが、現実はどうだろう? ノウハウばかりが先行して、一番大切なものが忘れ去られているケースが多いのではないだろうか。

 本書にノウハウを求めても、おそらく発見はない。だが、開発に対するスティーブの気持ちに着目してみると、きっと大切なことを思い出させてくれるはずだ。 数々のノウハウはそうした情熱があって初めて生きてくるものだと思うのだが、皆さんはいかがだろうか。


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