効率ばかり追求しているから“元気”がなくなる情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(59)

聞こえてくるのは、いつもアップルやグーグルの評判ばかり。彼らはなぜあれほど元気なのだろう? 多くの日本企業は、なぜ元気がないのだろう? その答えはシンプルそのものだ。

» 2011年09月13日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

日本企業にいま大切なこと

ALT ・著=野中郁次郎/遠藤功
・発行=PHP研究所
・2011年8月
・ISBN-10:456979713X
・ISBN-13:978-4569797137
・720円+税
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 今、日本企業は問題を抱えている。それはグローバル化が進む中で、「モノづくり」だけでは生き残れなくなってきたことだ。今は「単なる『モノ』ではなく、モノを媒介とした『コト』を生み出すことで、新しい価値を提供すること」が求められている。例えばアップルのiPadは「使うことで人とつながり、新しい関係性が生まれるからこそ、徹夜で並んででもいち早く手に入れたくなる」ものとなった。このように「モノ」を組み込んだ「コトづくり」といった点で、日本企業はほかのグローバル企業に遅れをとっているように見える――。

 本書「日本企業にいま大切なこと」は、「知識創造理論」を唱えた一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏と、「見える化」を提唱した早稲田大学ビジネススクール教授 遠藤功氏が、「今、日本企業がグローバルで戦うために何が求められているのか」について考察した作品である。組織やビジネス、チームワークの在り方など、企業を取り巻くあらゆる要素について言及するのだが、本書を一貫しているのは「日本人自身が忘れた『日本の強み』を自覚せよ」というメッセージだ。冒頭は野中氏の論だが、実はこう続くのである。

 「マサチューセッツ工科大学のレスター・サロー名誉教授は」「日本にはイノベーションがなく」「iPadのように人をワクワクさせ楽しませる商品が出てこない。アップルのような企業を生み出すアメリカ文化の方が、経済成長に適している」と断じた。だが「私は、それが文化の問題」だとは思わない。「例えばソニーやホンダは、まさに人をワクワクさせる製品を生み出すことで成長」してきたし、現在もそうした日本企業は存在する――

 ただ、ここまでは多くの人が指摘していることだろう。重要なのはこの先である。野中氏は、日本にも元気がある企業があることを主張した上で、元気な企業とそうでない企業の違いは、従来からの「アメリカ型経営モデルを踏襲していないことだ」と指摘するのである。

 この「アメリカ型経営モデル」とは、「経営とはサイエンスである」という考えに基づき、「全ての要素を定量化、対象化して論理的もしくは実証的に分析すれば最善の解が得られる」とする手法、考え方を指している。つまりは、分析などに基づき、全てを科学的・論理的に考え、結論を出す経営スタンスのことを言っているわけだが、野中氏は日本の多くの経営者が効率化を目指すあまり、こうしたアメリカ的経営手法を取り入れ、元気をなくしてしまったと説くのだ。

 そして経営とはそのような「机上の計算通り」にいくようなものではなく、「生身の人間がかかわる現象」であり、「人間同士の相互作用によって常に動き続ける」ものだと力説。「その相互作用を見極めながら最適な判断を下すのが経営者の役割」だと、その本質を喝破するのである。

 さらに「これはサイエンスというより、むしろアートの領域に属する」ものであり、「企業経営にはサイエンスとアートを融合させるような考え方が求められる」と指摘。そのためには、「自分たちの会社はどうありたいのか」「どんな(公に対する)善を目指す会社なのか」といった“主観的なテーマ”があって然るべきだ、と説いている。

 さて、いかがだろう。「組織運営は、コアバリューに基づいたビジョンの設定が重要」とは常識的に言われていることだけに、この言葉もある意味マニュアル化し、盲信されている嫌いがある。だがこのように、「経営とはアートであり、従って主観的なテーマが必要だ」と言われると、ビジョンが大切な本当の理由が肌感覚として理解できるような気がしないだろうか。

 さらに興味深いのは、かつての日本企業はそうした“主観的なテーマ”、すなわち「公に対する善=コモングッドの実現に向けて努力する側面を持ち合わせていた」と主張している点だ。野中氏はその根拠として、「公に奉仕するサムライに武士道があるのと同様、職業人にも『職人道』『商人道』という言葉があったことがそれを象徴している」と解説。現に今、「元気のある企業」では、分析のみに頼らず、「匠のように日々の仕事を徹底的に追い求めながら、そこから得た気付きを非連続的に伸ばしている」と説くのだ。

 そして、そのように1人1人の個がコモングッドを追求する風土を指して、「1人の傑出したイノベータが新しい価値を生み出すのではなく、イノベーションが組織そのものの中に組み込まれている」と表現。アップルやグーグルのような元気な企業は、まさにそうした仕組みが構築されていると指摘するのである。遠藤氏も野中氏の論を受けて、コンセンサス重視の弊害、リーダーが現場とともにあることの重要性など、興味深い論を数多く展開するのだが、両者の意見は、理詰めのアメリカ的経営手法からの脱却と、「共同体の善」「現場の暗黙知」を重視するかつての日本的経営への回帰に集約されている。

 いかがだろう。確かにグローバルで勝負するためには効率とスピードも必要だ。だが、それだけでは市場の支持は獲得できない。人や社会に訴えかける企業としてのこだわり=コモングッドがその活動の根底にあることが、企業として存続するための前提条件なのだ。そして、もちろんこれは経営者だけの問題ではない。われわれ1人1人がコモングッドを胸に抱き、「匠のように日々の仕事を徹底的に追い求めながら、そこから得た気付きを非連続的に伸ば」して初めて実現できることなのだ。われわれは忙しさに追われ、この一番大切なことを、つい忘れてしまいがちなのではないだろうか。

 だが、それに気付いたとして、“元気な企業”になるには具体的にどうすれば良いのだろう? これについて野中氏は、「各々が専門性を共有しながら、まさにラグビーのスクラムのように一体となり、ボールをパスし合いながら、ともにゴールを目指す」ソフトウェア開発プロセス「アジャイルスクラム」の例を挙げる。特にPCを2人で共有するペアプログラミングを導入し、ベテランと初心者を組み合わせれば、暗黙地が伝承されるほか、互いに気づきや刺激があり「場が活性化する」。このように、どんな仕事も「もっと身体レベルでビジネスと向き合う」ことが大切だと説くのだ。

 今、われわれが忘れかけているものが、この一言に集約されてはいないだろうか。仕事とは本来、頭ではなく、心で取り組むべきものなのかもしれない。


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