業務破壊の地雷原、野放しのExcelシートをなくそう中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(7)(1/3 ページ)

業務遂行に不可欠で最も身近なソフトウェア、Excel。それだけに未管理のまま放っておくと、勝手にマクロなどが仕込まれたExcelシートが量産され、Excelシートのブラックボックス化、業務の属人化を招いてしまう。

» 2010年12月27日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

情シスは「Excel」は管理していても「Excelシート」は管理していない

 日本企業におけるERPの普及率は、大手企業で約7割、中堅中小企業を含めると約5割と言われています。しかし、ERP研究推進フォーラムの2010年度の調査によると、ERP導入企業のうち、その効果やコストパフォーマンスに「満足している」企業はわずかに1割程度。7割の企業が「不満を感じながら利用」しており、15%の企業は「積極的に乗り換えを検討」しているそうです。実際、私が普段行っているコンサルティング業務においても、同様の声は数多く聞かれます。

 また、ERPパッケージ導入の目的として、「業務改革」「業務の標準化(属人化の排除)」「グローバル化への対応」などを挙げている場合、これらの目的について「まったく実現できていない」と感じている例も多いようです。特に大手外資系ベンダ製のERPパッケージを採用している企業でそうしたケースが多いのですが、特徴的なのは、経理部門や財務部門、情報システム部門や経営企画部門はERPパッケージをそれなりに評価しているにもかかわらず、営業部門、工場、倉庫、調達部門といった事業部門では不満を抱いている傾向が強いことです。

 そうした場合、問題となるのは、ERPに対する不信感と使い勝手の悪さから、各部門が勝手にSaaSASPなどのサービスを利用したり、取りあえずExcelで何とかしてしまうケースです。

 このことは、社内のITガバナンスの観点から見て問題と言えるのですが、業務遂行の面にも大きな影を落とします。というのも、かつて私が所属していた外資系製造業では、全社や事業部、部門やグループ単位で、生産計画や販売計画、予実管理などに使っていたExcelシートの名前とフォーマットが決められていたのですが、日本の製造業では、なぜか「管理側」と「現場側」で使っているフォーマットがそろっていないケースが多いのです。工場間や倉庫間など、同じ業務に携わる拠点・部門同士なら、フォーマットをそろえた方がノウハウ共有やリスク管理をするうえで、はるかに確実・効率的なのですが、見事なまでに“現地/現場仕様”なのです。

 加えて、大抵の場合、情報システム部門は「Excelのバージョン」は厳しく管理していても、「Excelシート」については管理していません(ただし「Excelシートを印刷したもの」については「社内管理文書」や「ISO文書」などの形で管理されているケースが多いようです。しかし、それでも「Excelシートのフォーマット」や「仕様書」をきちんと管理しているケースはまれです)。

 そして何よりも問題なのは、このようにフォーマットもバラバラで、情報システム部門も管理していないExcelシートが、「ERPと連携して使うツールのナンバーワンでもある」ということです。つまり、社業の中核を担うものとして情報システム部門がきっちりと管理しているERPに、情報システム部門がまったく管理していないExcelシートを連携させて使うというアンバランスな体制から、システム運用管理上の大きな落とし穴が生じやすいのです。

「Excelシートに埋もれた業務ノウハウを掘り起こせ!」

 では、その“落とし穴”とは具体的にはどういうものなのでしょうか? 今回は、このような事態に悩み、「ERPと連携させるうえで、Excelシートをどう取り扱うべきか」を考え抜いた中堅製造業、G社のケースをご紹介しましょう。

事例:Excelシートに込められた機能・ノウハウの見える化に挑戦 〜前編〜

 「今回、ERPを導入する真の狙いは、“現場に蓄積された業務ノウハウの塊”であるExcelシートと、これを作った熟練者の知恵を標準化し、『組織の共有ノウハウ』とすることにあります」

 ようやく立ち上がった業務改革推進プロジェクト――その責任者は、会議室に集まった全関係者を前にして意気揚々と話し始めた。

 「よって、業務コンサルティングに長けていると評判のITベンダ、N社に期待するのは単なるERP導入ではありません。『現場業務で日常的に使われている多数のExcelシート』から、そこに反映されている『業務ノウハウ』を腑分けしてもらうことと、多数のExcelシート上に作り込まれている処理機能を反映した基幹システムを構築してもらうことです。つまり、各種Excelシートに埋もれている業務ノウハウを、全社で共有できるようにすることがERP導入の真の目的なのです」

 同席していた中堅ITベンダ、N社の事業部長は、プロジェクト責任者の言葉を聞きながら契約までの経緯をあらためて思い出していた。10社以上の厳しいコンペを経て、勝ち取った契約だった。そしてN社が選ばれた理由も、ありがちな「ERPの導入価格」でも「短納期」でもなく、プロジェクト責任者が語った“業務ノウハウの腑分け”と“新システムへのノウハウの反映”という今回のプロジェクトの目的にあった。すなわち、

N社の「業務分析の実績と経験」が買われたためなのであった。

 G社がERP導入を決定し、ベンダ選定のコンペを始めたのは1年前のこと。生産、物流、販売、在庫、購買、経理・財務部門と、その導入予定範囲はほぼ全社に及んだ。コンペ前の第1回ベンダ向け説明会も、東京本社ではなく、G社創設の地である四国工場で行われ、約10社のベンダに対し、半日の工場見学と3時間以上の説明会を実施するなど、G社の意欲の高さがうかがえるものだった。

 当初、N社の営業担当は「短納期」「低コスト」をカギとした商談を予定していた。しかしG社の“本気度”の高さを受けて、経験豊富な業務コンサルタントと、中堅クラスの技術者2名を専任メンバーに加えた「提案チーム」を作ったのだが、その対応の正しさは、その後、数回にわたって行われた説明会で実証されることになった。「導入テンプレート」や「他社導入事例」をベースに提案を行ったベンダは、発注候補から軒並みふるい落とされたからだ。いずれのベンダも数多くの事例や成功事例を持っていたが、G社はそうした説明にはまったく興味を示さなかったのである。

 そうした中、N社の営業担当者は、「業務上の課題や現状に関する説明が9割、システムに関する説明が1割」といったG社の説明内容から、「ERP導入の真の狙いは、システム再構築ではなく業務改革にある」と読んでいた。また、「ウチがコンペで落とされないのもそこに理由がある」と考えたのであった。

 というのも、N社が取り扱っているERP製品は、メジャーなベンダ製品ではなく、N社が独自に開発したパッケージ製品。よって、とても「製品力にポイントがある」とは考えにくかったのだが、N社はコンサルティング力には定評があった。加えて、ERPは自社パッケージのため、メジャーなERP製品に比べると汎用性や導入実績では劣るものの、「機能の追加やバグの修正、サポートまでを全て自社で完結できる」というアドバンテージがあったのである。

 営業担当者の予感は当たった。数回にわたる説明会を経て、G社がRFPを出したのはN社、外資系コンサルティングファーム、国内大手ITベンダの3社。そして最終的に選ばれたのは、やはりN社なのであった。さらに、契約締結後、初めて詳しく聞かされたG社の内幕に、N社の面々は一層自信を深めることになったのであった。


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