マスタデータ整備が、ERP活用の大前提ERPリノベーションのススメ(4)(2/2 ページ)

» 2008年09月25日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]
前のページへ 1|2       

マスタデータ管理を徹底すれば、ERP導入効果はさらに高まる

 さて、それでは事例のポイントを考えてみましょう。今回はERPをバージョンアップするに伴い、『全社マスタ統合プロジェクト』という業務改革レベルで吟味してきた計画を、システムの追加導入によって実現し、ERP導入効果をさらに高めることに成功した、というお話です。そのポイントは、マスタデータの利用内容とライフサイクルに配慮し、マスタデータ管理システムを「変換機能」と「収集機能」という2つのシステムに分けたことにあります。

 ここであらためて2つの機能を解説しましょう。まず「マスタデータ変換(マスタデータ・コンソリデーション)機能」とは、マスタデータのコードを読み換えたり名寄せしたりするもので、流通業界、卸売業、小売業、商社など、コードを頻繁に読み換える業界において大きな効果を発揮するものです。

 これらの業界では会社ごとにコード体系が異なるため、商品取り引きに応じて、商品コード、取り引き先(顧客情報)コード、契約情報といったデータが大量に変換されるほか、短期間で変わってしまいます。従って、事例のように情報管理の一元化とメンテナンス性に配慮することに大きな意義があるのです。

 一方、「マスタデータ収集機能(マスタデータ・ストック)」とは、BOMや部品構成データといったマスタデータを収集・管理するもので、近年、組み立て加工系製造業が重点課題として取り組んでいる、いわゆる「統合BOM」を実現するものです。

 BOMをはじめ、製品に関連するマスタデータは企業の資産そのものであり、長期間利用する必要があリます。また、マスタデータの管理には独自のこだわりやノウハウを持つ企業が多く、データの利用期間が10年以上になることから、マスタデータ管理システムについては、パッケージ製品に頼るのではなく、スクラッチ開発するケースも多く見られます。これについては、「パッケージを利用すると、管理ノウハウが競合他社へ流出してしまうのでは?」といったリスクを懸念する理由もあるようです。

図1 マスタデータは企業の資産であるとともに、企業の成長に合わせてその内容もボリュームも拡大するため、 中長期的な運用を前提とした管理システムの構築が必要となる。マスタデータ管理は、 企業の成長に対応して「ノウハウと資産」を管理する“戦略的アプリケーション”といえる

 すなわち、マスタデータもその管理も、企業にとってそれだけ重要なものだということです。今回の事例は、その重要性を再認識したうえで、部門ごとの管理形態に合わせて、変換機能、収集機能という2つのシステムに分け、マスタデータ管理の効率性、正確性を向上させたうえで、ERPと組み合わせたことに意味があります。これによって、ERPをより効果的に生かすことができたのです。

 現在、ERP導入済みの企業の多くは、BIやSCM、CRMといった機能拡張を進めています。しかし、実はその中心にあるERPのマスタデータの管理にこそ、見直すべき点が多いのではないでしょうか。

 ちなみに、マスタデータの中でも特に重要な存在であるBOMは、以下のように用途・目的に応じて使用することを前提に、全社レベルで管理することがポイントとなります。

企画開発BOM 企画段階で製品構成やオプション構成、原価などの検討に使う部品表
設計BOM 開発・設計段階で使用する製品構成を階層構造で表現した部品表
製造BOM 設計、受注BOMから生成。製版ごとの製造手配用データを管理する
販売BOM 営業活動用に、製品構成の仕様を階層構造で表現した部品表
受注BOM 顧客企業からの受注(仕様・製番)ごとに製品構成を管理する部品表
購買BOM 受注した顧客企業仕様の部品について、その購買を管理する部品表
メンテナンスBOM 設置・納品後の変更、メンテナンスの状態を管理する部品表
図2 組立加工製造業におけるBOM管理の例。BOM全体を統合管理し、企画開発、設計など「各プロセスで求められるデータ」という切り口で各種BOMを整備する。

 このように用途・目的に応じて柔軟にBOMを閲覧できる体制を構築することで、ただERPを新規導入したり、バージョンアップしたりするより、いっそうの業務効率化、収益性への貢献が可能となるのです。

マスタデータ管理パッケージはあと一歩足りない!?

 ただ、マスタデータ管理を取り巻く状況を眺めてみると、やや残念な点もあります。1つはシステム面です。

 近年はSOAが重視されていることもあり、サービスやシステム同士の同期を図ることが増えています。その際、以下の図3のように、各システムに必要なデータを適切に配信できることが求められます。この点で、マスタデータの統合化、共有化ができていなければ情報に不整合を生じることから、マスタデータ管理システムも大いに注目されつつあるのです。

図3 システム連携やSOAに対応するためには、マスタデータを統合管理したうえで、各システムに必要なデータを配信できなければならない。SOAがますます重視されつつあるいま、マスタデータの整備と変換機能の確保は必須条件といえる

 しかし前述のように、マスタデータは業種・業態をはじめ、その利用内容やライフサイクルによって管理すべきポイントや考え方が異なります。この点で、事例のように管理機能に独自のノウハウを盛り込む必要性があり、“パッケージありき”といった紋切り型のシステム導入では、期待する効果を十分に得ることができないケースが多いように思われます。

 事実、現状をみる限りでは、多くのパッケージベンダは、「マスタデータ変換」と「マスタデータ収集」という2つの機能において、業種・業態ごとにきめ細かく対応できるソリューションを提示できているとは思えません。外資系の大手ERPベンダ各社も最近しきりにソリューションを提案していますが、実用レベルにおけるコストパフォーマンスには疑問が残ります。

 また、マスタデータ管理パッケージの中には、その保守サポート期間が5年間ほどしかない製品もあります。前述のように、BOMをはじめ、マスタデータには通常10年以上のライフサイクルがあるのに、システムの耐用年数がその半分程度しかないというのは不安です。こうした点も含めて、マスタデータ管理システムについては今後に期待するとともに、さらなる議論が必要な領域だと思います。

扱うデータを整理すれば、ERPはもっと便利になる

 もう1つ残念に感じるところは、マスタデータ管理に対する企業の認識です。以前、筆者がコンサルティングを担当していた顧客企業の方から、こんな話を聞いたことがあります。

  「新製品の開発とともにマスタデータが増え続けている。製品をディスコン(製造中止)にしても、マスタデータを削除すれば業務に影響することもあり、簡単にはできない。よって、使われない可能性の高いマスタデータでも、そのままERPに置き続ければよい。見直して最適化するといった手間を掛ける必要は感じていない。いずれバージョンアップなどでERPシステムを見直すときまで、面倒なのでできれば手をつけたくない」

 多くの場合、ERPの運用コストや作業負荷の最小化を優先し、増え続けるマスタデータについては、このように問題を先送りする発想が多いようです。「適宜、マスタデータを見直して最適化する。これによって業務の最適化とERPシステムのデータ肥大化をコントロールしよう」ではなく、「マスタデータの見直しはシステム再構築時でよい。肥大化するデータにはメモリやストレージの拡張によって対処するほうが楽だ」と考えてしまうのです。

 しかしデータが肥大化すると、データロードに時間がかかるなど、パフォーマンス低下を招きます。ストレージを拡張すれば、その分、運用管理コストが増大してしまいます。これではERPの運用コストや作業負荷の最小化を図ったら、システム全体の作業負荷や運用コストがかえって増えてしまった、ということにもなりかねません。

 つまり「ERPを業務に最大限活用しよう」という意識はあっても、そのための下ごしらえをする=「マスタデータを最適に保とう」という根本的な対処をする視点には欠けているように思うのです。

 繰り返しになりますが、マスタデータ管理とは、企業経営の軸となる取り組みであるとともに、“資産”を蓄積することでもあります。そして、マスタデータの最適化は、「在庫の見える化」や、マスタデータ管理業務の効率化を図るうえで不可欠な取り組みとなります。現時点ではスクラッチが中心になるとは思いますが、システム化による業務効率化、収益向上も期待できますし、SOAでシステム開発をするうえでも、欠かせない要因となります。


 ERPをよりよく生かすためには、ERPだけではなく、その関連要素も巻き込んで考える視点が大切です。「統合マスタと統合データベースによる全社最適の実現」というERP導入の本来の目的をもう一度見直して、マスタデータ整備に、ぜひ前向きに取り組んでみてはいかがでしょうか?

筆者プロフィール

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ