不況に乗じて“勝てる”コスト構造を構築せよERPリノベーションのススメ(6)(3/3 ページ)

» 2009年04月20日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]
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目先のコスト削減に走ってはいけない

 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)などの報告によると、一般に「情報システム予算の6〜7割は保守運用コストであり、情報システム部員の日常業務の8割は既存システムにかかわるものだ」といわれています。

 こうした中、「IT予算を3割削減する」という言葉をそのまま受け止めれば、「新規投資を完全にストップする」か「既存システムのサービスレベルを落とす」ことを意味します。

 新規IT投資を完全にストップすれば、企業競争力がそがれ、トラブルや障害に対してリスクを抱えることになります。既存システムの保守運用コスト削減も同様です。深刻なリスクを抱えることになりますし、情報システム部員のモチベーションを著しく低下させることにもつながります。短絡的な、その場しのぎのコスト削減では、自社の首を絞めることにもなりかねないのです。

 その点、F社は単純なコストカットに走らず、システム全体を見直して問題点を洗い出し、SaaSをはじめ新しい要素も柔軟に取り込みながらシステム構成のスリム化を図りました。特に、最初にシステム構成を棚卸しし、現状を明確に把握したことがポイントです。まずは1つ1つのコスト要因をしっかりと把握し、それに基づいてより効率的な体制を考えることが大切です。

 中でも、F社の事例でもっともコストが掛かっていたのはERPですが、そのコスト削減を正しく検討するためには、ERPのライフサイクルに沿って、コストが掛かるポイントをきちんと把握しておく必要があります。以下では、そのポイントをまとめてみました。


 ERPにかかわるコストをどう抑えるのかは、こうしたポイントに基づいて考えなければなりません。以下にはその際に検討すべき内容をまとめました。こちらに沿って考えれば、自社にとってあるべき回答を効率的に導き出しやすいと思います。

ERP導入・運用に関する費用抑制のポイント
初期導入 必要なものだけを、必要な分だけ、最小限に絞って購入する。特に保守費用が発生するERPのソフトウェアライセンス購入、データベースのライセンス購入は、中長期的なTCOの視点で判断すべき
ソフトウェアライセンス保守 毎年発生するソフトウェアライセンス保守費用については、ベンダの都合によって次第にアップしていくことを念頭に置いておく。TCOを抑制するためには、ほかのパッケージへの変更も選択肢に入れる
ハードウェア保守 システム構成(物理的なサーバ台数と、その保守作業内容)と耐用年数で費用のバランスを考える。費用抑制はリカバリ、バックアップなど、万一の事態に備えて、どのような復旧体制を取るかによって大きく左右される。サーバ仮想化など、サーバ自体を見直すことが最も確実な費用抑制手段
保守運用作業 ハードウェアは、社内要員と、社外へのアウトソーシングの使い分けに費用抑制のポイントがある。基本的に、固有機能や煩雑に変更対応が必要なものは社内、汎用的な機能や変更頻度が少ないものは社外という位置付けにすべき


 従来のシステム機能をきちんと確保しながら、どうコストカットするか──緊急を要する事態にあるのは、どの企業も同じだと思います。ここはF社の事例のように、しっかりと腰を据えて、“攻め”の視点によるコスト見直しとIT投資を考えるよう心掛けたいものです。

新しい技術を積極的に有効活用しよう

その点、幸いなことに、ここ数年でそうした検討に寄与する新しい技術が複数登場しています。それも、SaaS/PaaS、SOA、仮想化技術を使ったサーバ統合、ネットワークストレージなど、実用レベルとして検討できるものが数多くあります。

 ここではそれぞれを詳しく説明することは避けますが、例えば圧倒的なシェアを持つSAPやオラクルのERPは、SOA対応のエンタープライズシステムとして機能、完成度とも優れており、ほかのシステムとの連携やSaaS連携、仮想化技術の活用など、あらゆる選択肢の実現をサポートしてくれます。

 オンデマンドCRMで有名なセールスフォース・ドットコムも、現在、PaaSベンダとして着実に基盤を固めつつあり、企業間をまたがるシステム連携のプラットフォーム機能を提供してくれます。仮想化技術で定評のあるイージェネラは先端技術を取り込んだ仮想化対応サーバを提供しており、コストパフォーマンスに優れたシステムとして、金融機関や大企業で採用実績があります。NetAppやEMCのネットワークストレージは大規模システムでの導入実績があり、基幹系システムでの利用においても実用レベルにあるといえます。

 近年、これらの導入企業は増えつつありますし、数は少ないですが、これらをすべて組み合わせた仕組みを活用している企業もあります。そうした企業は、劇的なコストパフォーマンスを実現しており、先行者メリットを最大限に得ています。ちなみに、こうした仕組みを率先して取り入れ、成功している企業の方々は、「システムの基本は“プラットホーム”と“人”の活かし方だ」と異口同音に指摘します。目先のコスト削減などではなく、前述したような「費用が掛かるポイント」を見据え、中長期的に有効なコスト削減策をしっかりと検討している証拠だといえるのではないでしょうか。

 しばらく厳しい状況が続きそうですが、システムの上物であるアプリケーションやユーザーインターフェイスといった機能や見た目だけではなく、足元のプラットホームや人員の運用から見直す好機ともいえます。また、F社の事例のように、「新しい技術や仕組みを積極的に取り込む好機」でもあるでしょう。不況の後にも有効な“勝てる”コスト構造を、ぜひこの機会に検討してみてはいかがでしょうか?

筆者プロフィール

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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