“シックオフィス”で健康を損なっていませんか?何かがおかしいIT化の進め方(34)(1/3 ページ)

ITが社会インフラとして浸透してきたが、一方で新しい犯罪の温床になるなど、マイナス面も現れてきた。また、日ごろ働いているオフィス環境も、さまざまなリスクをはらんでいる。今回はオフィスやIT機器などに潜む問題を考える。

» 2007年12月03日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

前書き―いま必要な“光”と“陰”の同時事前評価

 ITが、その利便性や生産性などの良い部分、“光”の部分を求めて普及が進み、社会の中で大きな位置付けを占めるようになった。

 その一方で新しい種類の犯罪の温床になったり、ゲーム脳など子供たちの心身の発育にかかわるような問題も発生している。また、インターネットの匿名性がもたらす“自制心の喪失による人間性の崩壊”を見るような事件の多発など、想像もしなかったほどマイナス部分といえる“陰”の部分も大きくなってきていると感じる。もはやITは従来の狭いIT分野という視野を超えて、広く社会から見た総合評価が必要な時期に来たと、とらえるべきではないだろうか。

 変化速度が速くない時代なら、メリットを求めて“光”の部分が独走し、後追いで“陰”の部分に対策を打ちながら、その過程で“光”の部分の評価を行って、ブレーキをかけたり方向修正するというやり方ができた。

 しかし、現代のように変化が速過ぎると、“陰”の部分への対策が手付かずで、“光”の部分が評価されないまま既成事実化されてしまい、それを前提に次のステップへ独り歩きしてしまう。

 つまり、変化の速い時代には“光”と“陰”の事前評価を同時に行うことが必要だ。

 ITにかかわる人の健康問題として、従来より精神ストレスが問題視されてきた。そしていま、新たにIT機器やオフィスの室内環境が、身体の健康をも脅かしているという懸念が生じている。

 今回の話題には多少の違和感を持つ方がいるかもしれないが、オフィス環境を見直すための問題として、建物やIT機器から発生する化学物質や電磁波による健康への影響という問題を取り上げてみた。

ITとオフィス環境の歴史

 1980年代末〜1990年代初め、オフィスの情報化、オフィスオートメーションと共に、オフィスアメニティという言葉が一世を風靡(ふうび)した。

 ワープロやパソコン、ホストの端末器がオフィスに普及し始めたころだ。OA用と称したオフィス機器が出回り、移動式の間仕切りで仕切った個人の仕事スペースや、リフレッシュコーナーと呼ばれる休憩スペース、IDカードなど、オフィスの“見える面”が大きく様変わりした。

 次の変化は1990年代後半にやってきた。1人1台パソコンの時代を迎え、オフィス環境=IT環境として、IT機器やソフトウェア、ネットワークなど、いわゆるITインフラの整備を意識する時代になった。当時、一部にはパソコン作業に伴うドライアイや、CRTディスプレイから出るX線などの電磁波による傷害の懸念など、健康問題が取り上げられた時期もあったが、いつのまにか話題にされることは少なくなっていった。

オフィスに潜む有毒化学物質

 消費者が目先の利便性や経済性を求める中で、産業界は経済性や機能性に優れた新素材・物質の開発を続けてきた。

 例えば、中皮腫(*1)で問題となったアスベスト(石綿)は、熱や酸・アルカリに強く、電気の絶縁性や強度に優れるなどの特性も持つ。さらに、その他の物理的特性や耐火性、加工性に優れ、おまけに大変経済的な“優等生の素材”として、古くからアスベストを混入した多くの部材が開発されてきた。

 諸外国に比べて規制実施で後れを取った日本では、オフィスの壁や天井の材料、電気器具の部品や工事材料などさまざまな形で、いまでも相当量のアスベストが残ったままだ。

 また、多くの中毒犠牲者を出したカネミ油症事件(*2)の原因物質で、高い毒性を持つPCB(ポリ塩化ビフェニル)は、極めて安定性の高い優れた絶縁油としてトランスやコンデンサなどの電気部品や、感圧複写紙などに多用された。昭和47年に製造・使用禁止となったが、優れた物理的化学的安定性が災いして安全な分解処理が難しく、使用者が使用終了後も保管することが義務付けられた(行方不明も相当あるらしい)。そして、その後三十数年間にわたり、その状態が続いている。

 これらのケースは、効果がはっきりしている機能性や経済性が優先され、安全性とのバランスが後回しにされてきた結果の例である。多数の死傷者を出した列車事故や、現在進んでいるIT分野の光と陰の問題と同じ構造だ。

 しかも、このような事例は、さらに複雑な形になって、いまも繰り返されている。

 例えば、有機リン化合物(*3)(*3)は殺虫用のほか、難燃化・防炎化の処理剤として、カーテンやいすの布地、さらに電子機器などに多用されている。しかし、この機能的に優れた有機リン化合物は猛毒物質でもある。多数の犠牲者を出した「地下鉄サリン事件」のサリンは、代表的な有機リン化合物だ。そして、この有機リン化合物は、IT分野でもIT機器の基板や筐体(きょうたい)の難燃化のために使われている。

 また、あらゆるところに使われているプラスチックには、それ自体に毒性のあるもの、可塑(かそ)剤や表面処理などで添加したものに毒性のあるものなどがある。

 世の中のほとんどのものに匂いがあるのは、その物質の粒子が空中に放出(蒸発)されているからである。ただし、放出されている化学物質はごく微量であり、多くの場合、問題を生じるような量ではないとされてきた。

 問題はわれわれの周辺に化学物質を含むものが、あまりにも増え過ぎたことにある。それらの総量、さらに過去から滞留蓄積したものが環境に残っている。個々については問題はなくても、「ちりが積もれば問題発生」ということになる可能性があり、その場合も因果関係の特定が大変難しい厄介な問題になる。


(*1)
アスベストによる中皮腫は、肺に吸い込んだアスベストの細かい繊維により、10〜30年の期間を経て胸膜に発症する病気である。

(*2)
1968年、カネミ倉庫社製の米ぬか油に、製造工程で熱媒体として使用されたPCBが油に混入して発生した大規模な中毒事件。皮膚病、手足のしびれや「(皮膚の)黒い赤ちゃん」など深刻な健康被害が発生。その後の研究により、PCB以外にもポリ塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシン(PCDD)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)などのダイオキシン類が混入して起きたことが判明している。

(*3)
戦時中のドイツで毒ガスとして開発され、大戦後、農薬や殺虫剤に転用された。神経伝達物質にかかわる酵素の働きを阻害して神経障害を発症させる。


コーヒータイム

植物と植物を食物とする動物との間では、その進化の過程で種々の攻防があった。すなわち、植物は動物に食べ尽くされないよう動物に対する“毒”をその組成の中に含ませ、動物は、植物の“毒”を解毒する代謝系を進化の過程で体内に作り出していった。このような長年の過程を経て、動植物が共存するバランス体系が作られた。「天然物を普通に使っているうえでは安全である」という根拠はここにある。


 しかし、20世紀のわずか数十年の間に、人類は実に多種・大量の人工的な化学物質を作り出し、これらを日常生活の中で、知らぬうちに皮膚、経口、あるいは呼吸を通じて、相当大量に体内に摂取している。これら人工的に作られた物質に対しては、長年共存してきた天然物とは異なり、体内でうまく解毒処理する代謝系が準備されている保証がない。世に出現して日が浅く人工的に作られたこれらの化学物質の安全性に対する研究は、まだ十分結果を得る段階には至っていないのが現状だ。



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