“変化”は外からやってくる(前編)何かがおかしいIT化の進め方(39)(1/3 ページ)

BRICsの台頭から、突然の人事異動まで、あらゆるレベルで変化は起こり続けている。だが、ものごとを注意深くみていれば変化の予兆は必ず含まれているものだ。常に革新が求められるIT技術者は、世の中全体を幅広く観察し、流れを読み取ることが大切だ。

» 2008年11月10日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

深く考えることと広く考えること

 終わってしまえば急速に記憶から薄れてゆくが、今回の北京オリンピックはなぜか分からぬが見ていてシンドかった。1番印象に残ったのは金メダルを取った北島康介の涙でも、3連投の末、優勝を手にした女子ソフトボールの上野投手の超人的な気力でもない。オリンピック会場の内外に見られた中国の人海戦術、人員動員力である。

 この背景にある14億の巨大な人口が持つある種の恐ろしさを、あらためて認識させられた思いがする。開会式典において、いままで無視されていた孔子が取り上げられたのは何かの兆しであろうか。

 いま、グローバル化は道半ばである。これから次の段階へ向かって新たな局面を迎え、われわれはさらに大きな変化に遭遇することになると思う。誰しも、長い間同じ環境の中にいれば、それが当たり前になって問題意識がなくなったり、それが未来永劫に続くかのような錯覚に陥る。しかし、現実は厳しい。ようやく分かった、対応できたと思うころには次の変化が押し寄せてくる。

 話は小さくなるが、異動続きの社員がようやく本社勤務に戻り、それでも慎重に構えた末に、もう大丈夫かとマイホームを買った途端に転勤の辞令が出る――そんなことがよくあるが、誰かが意地悪をしているわけではない。自分の周囲の状況はとらえていても、その周囲の状況を動かしている事象を読み切れなかった結果だ。

 突然やってきたように思える大変化でも、注意深くみてみると、小さな兆しや変化が、事前に数多く起こっていることが多い。しかし、その変化の多くは外の世界、思いがけない分野で起こる。意識していないと、人の視野は思いのほか狭い。起こることを幅広く見ておくことが大切だ。

 環境問題と食料問題、エネルギー問題がこれほど密接に関与し合うようになったのも、日本、中国、米国の経済がこれほどまでに相互依存をし合うようになったのも、初めてのことである。1人の人生に経験のなかったようなことが起こっても、何も不思議ではない。

ITの問題は外からやってくる

 IT関係者はITを技術問題ととらえるゆえか、意識していないとITの島に閉じこもった状態になっている場合が多い。しかし、ITの問題に大きな変化をもたらす引き金はITの世界の外からやってくる。

 ふた昔も前なら、会社の状況や仕組みを知るうえで、財務諸表程度の知識があればこと足りた。その後も世の中の動きを知るうえで、経済の仕組みに関する簡単な知識があれば十分に仕事ができた。ここまではまだ“理屈”で考えられる世界であった。しかし現在は投機マネーが実体経済を振りまわす時代である。視野を広げないと世の中が見えてこない。ほかの分野や日本の外の動きにも、現在の事象の背景である過去の歴史にも、目を向けておくことが大切だと思う。

 歴史には人間や組織、集団の持つ特性や傾向が映し出されている。人や組織は同じような状況になれば、同じような判断や行動をしがちである。よほど意識していないと、過去の教訓は生かされない。1つの問題を深く掘り下げてゆくと、ほかの多くの分野の問題や、問題同士の幅広いかかわりが見えてくる。マネジメントに携わる人は、「深く考えることは、即、広く考えること」と肝に銘じておいてほしい。

30億人に追い上げられる日本

 この20年で起こったグローバライゼーションによる大変化の1つは、ソ連の崩壊により、かつて共産圏であった東欧諸国や、BRICsと呼ばれる所得水準の低かった経済新興国が、安い人件費を武器とした安価な商品の供給者として、人口10億人に満たない経済先進国の市場に加わったことである。

 やがて、これらの国の人々は所得水準の上昇に従い、徐々に消費者としても市場に参加してゆくことになった。これら新興国の人口総計は30億人に近い。追い上げる側が3倍の規模を持っていっせいに動き出すという、先例のないことが世界で進行している。

 人件費単価は、おおむね人の需給関係で決まる。人が都市の商工業に流出すれば、人の供給側である地方・農村部の人口が減少して、人件費は上がってゆく。しかし、30億人の人件費単価が上がるのには相当の時間を必要とする。このために、われわれは長期にわたり物価の安定というメリットを享受してきた。

 しかし、これらの国々も経済が発展し消費が増えれば、労働者の需要が増え、人件費の高騰が加速して、それが商品の価格を引き上げる。さらに原材料やエネルギー需要の増加が資源価格の高騰を招く。資源価格や人件費の高騰はコスト高となって輸出競争力を低下させる。

 しかし、人口14億の中国や11億のインドには、それぞれに人口10億の先進国全体と同じくらいの潜在的消費市場がある。コスト競争力が低下して安定成長段階に入ったとき、人件費の安さという武器に代わる新たな付加価値を生み出す技術力、開発力がどの水準までレベルアップしているか、消費市場がどこまで顕在化しているかによって、世界が受ける影響の内容は大いに変わってくる。特に隣国、中国から日本が受ける影響は大きい。

 繰り返しになるが、いま、われわれはこうした巨大な人口の国々の追い上げを受けている。これによって次々と起こってくる事象を敏感に察知し、目先の対応とともに、長期的な観点による基礎対策と覚悟が必要になる。そのためには、事前に分かる範囲内だけでも問題の構造を整理しておくことが役に立つと思う。

 その際、注意すべき点は2つある。1つは経済の成長は複利計算で起こる。必要な資源や労働力は指数関数的に増加する。つまり後になるほど変化の絶対値は大きくなるということだ。もう1つは何といっても新興国の人口規模の大きさだ。日本の10倍の人口を持つ中国における1の変化は、日本の10の変化に相当するほどの影響力を持つ。例えば「ごく一部の割合の富裕層」といっても、その絶対値はバカにできない。

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