変化の中で、自らを制御できるものが生き残る何かがおかしいIT化の進め方(43)(1/4 ページ)

「環境」を作るのは自然だが、「社会環境」を作るのは人間である。しかしこの四半世紀、経済性・便益性を最優先してきた結果、われわれの心理や肉体は、自らが作り出した環境変化の波に、かえってほんろうされているようだ。

» 2009年06月23日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

人の生体調節系が悲鳴をあげている

 ずいぶん以前のことだが、「企業組織のコントロールの仕組み」と「人の生体調節系」との対比について、経営コンサルタントをしていた友人と話し合ったことがある。生体調節系は、社会や組織、そのマネジメント・システムを考えるうえで大変参考になる。

 長い生命の歴史が作り上げた生体調節系には、さまざまなものがある。中枢(脳)から末端器官を直接コントロールする、“中央集権的”な自律神経系、中枢からの情報に基づき、各臓器間で情報のやり取りを行って全身のバランスを取る“分散処理的”な内分泌(ホルモン)系、このほか、末端の細胞が必要に応じて自律的に活動を行う免疫系、解毒機能を担う肝臓の代謝系などである。

 それらの役割分担の内容の見事さ、連携の巧みさ、経験を次に生かす仕組みには、あらためて感心する。しかし近年、アレルギーなどの免疫系疾患、うつをはじめとする精神疾患を患う人が増加している。生活環境の激変に、生命の歴史が作り上げた生体調節系が、うまく対処できなくなりつつある。進化論を唱えたC・ダーウィンの言葉に、「最も強いものが生き残るのではない。最も変化に適応できるものが生き残る」というものがあるが、長い寿命と複雑・精緻(せいち)な仕組みを持つ高等生物ほど、環境変化への対応が難しいようだ。

 生物の進化の過程で、「環境」はすなわち「自然」であり、「環境」を変える主な要因もまた「自然」であった。しかし、現在の経済社会には「社会環境」が加わり、われわれを取り巻く日常生活の環境を大きく変えているのは、ほかならぬ人間自身である。

 環境問題というと、「地球温暖化」「CO2削減」といったテーマばかりが聞こえてくる世相であるが、今回はわれわれの健康に直接的に影響を与えつつある「生活環境と生体調節系」という、最も身近な“環境問題”について掘り下げてみたい。社会や組織、そのマネジメント・システムの在り方についても、何らかの発見があるはずだ。

花粉症を作り出したのは「人」

 高度経済成長期に日本では、全国の広葉樹林を切り倒し、そこに建築資材に使うスギやヒノキを植林するという政策が採られた。しかし経済が発展して円高が進むと、1ドル360円だった為替レートは100円になって、外国産の木材が安価に輸入されるようになり、林業はたちまち立ち行かなくなった。

 間伐されず、荒れ放題の樹林で成木となった大量のスギからは、毎年大量の花粉が飛散するようになった。さらに、今後20〜30年にわたってはヒノキの花粉も飛び交うといわれている。日本ではスギ花粉には反応しない体質の人が約30%いるが、国民の70%は遅かれ早かれ発症することになるらしい。

 つまり、いまや国民病になった花粉症の要因の多くは、実は「人が引き起こした環境変化」によるもの、ということになるが、一方で、戦後、生活が豊かになる中で、国民全体がアレルギー体質に変わってきたという問題もある。

 日本人のアレルギー患者の割合は、20世紀の初めには0.3%、20世紀中ごろは3%、21世紀初頭には30%と、50年で10倍という恐るべき速さで増えている。この傾向が続けば、2030年ごろには、ほぼ100%の人が何らかのアレルギーに悩まされることになるかもしれない。

 発症はしていなくても、アレルギーの原因となる「抗体」を持つアレルギー体質者は、60歳代で3割、50歳代で4割、20〜40歳代では7〜8割を占めるというデータもある。このデータを基に考えれば、五十数年前の1960年代に、国民の体質をアレルギー性に変える何らかの環境変化があった、ということになる。

免疫機能とアレルギー

 人の体には、外部から進入してくる異物を排除して体を守る、複雑かつ精巧な免疫の仕組みが備わっている。 バクテリアやウイルスといった異物が身体に入ってくると、まず皮膚や粘膜に存在する「樹状細胞」や、白血球中の「マクロファージ」と呼ばれる細胞が、異物を細胞内に取り込み、分解してしまう。同時に、細胞間の情報伝達を行う種々の化学物質(サイトカインと呼ばれる)を放出して、炎症を起こさせたり、脳の視床下部に働き掛けて発熱させたりして、早期に異物を排除しようとする。

 さらに次の段階として、異物に結合して強力に攻撃する「抗体」という物質を作る。ただ、侵入異物の特性を分析し、その異物に特化した構造の抗体を作るためには数日を要する。風邪をひいて回復に数日要するのはこのためである。この数日間は安静にして、マクロファージなどに精一杯頑張ってもらう必要があるわけである。

 また、この抗体が一度作られると、その作り方を記憶した「B細胞」と呼ばれるリンパ球が体内に残る。これにより、同じバクテリアやウイルスが再度進入した際には、抗体を即作れる体制が整っていることで、その発症を防げるようになる。

 この抗体作りの主役は「T細胞」と呼ばれるリンパ球である。T細胞は、バクテリアやウイルス担当の「1型ヘルパーT細胞」、アレルギー物質担当の「2型ヘルパーT細胞」、ウイルスに取り付かれた細胞を殺す「キラーT細胞」といった具合に役割分担をしている。

 異物を処理したマクロファージや樹上細胞から、異物の特性情報(化学構造)を読み取ると、1型ヘルパーT細胞はバクテリアやウイルスを直接的に“撃退する”「IgG抗体」を作るように「B細胞」に指示を出し、2型ヘルパーT細胞はアレルギー物質を“取り押さえる”「IgE抗体」を作る指示を出す。

 問題は、2型ヘルパーT細胞がかかわるIgE抗体である。これは、皮膚や粘膜にある「樹状細胞」に結合して、アレルギー物質(アレルゲン、抗原)を取り込むとともに、「さらにIgE抗体を作れ」(B細胞に作らせろ)という信号を2型ヘルパーT細胞に送る。このようにして、IgE抗体がアレルギー物質に出会うたびにIgE抗体は増えていく。

 また、このIgE抗体は、「マスト細胞」という細胞にも結合して、再度同じアレルギー物質に出会うと、ヒスタミンなどの化学物質を分泌させる。ヒスタミンには血管を拡張させる働きがある。本来は異物を早く排出させるための仕組みなのだが、IgE抗体が多過ぎると血管を過度に拡張させ、粘膜を充血させ、鼻づまりや周囲の神経を刺激してかゆみなどを起こさせる──すなわち、アレルギー反応の原因となるのである。これがひどい場合、さらに血管が拡張し、血圧が急に下がり、いわゆるアナフィラキシー・ショックで死に至ることもある。

参考情報 〜免疫系疾患の怖さ〜

花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー症は、本文で述べたように免疫系の過剰反応によるものである。一方、現在もひそかに広がりつつあるエイズ(HIV感染症)は、「T細胞」がエイズウイルスに侵されて、免疫系が機能しなくなる病気である。いわば「悪党を取り締まるべき警察の中枢が、悪党に乗っ取られた」ような厄介な状況になるのである。そのエイズウイルスは、長年アフリカのジャングルの奥で、ある種の猿とひっそりと共生していたが、「ジャングル開発という環境変化」が人をこの猿に近付け、人の病気として広がることになった。

なお、本文では触れなかったが、これら以外の免疫疾患に、骨の変形やこれによる猛烈な痛みを引き起こす「関節リューマチ」などの膠原病がある。外からの異物と自分自身との区別が付かなくなり、免疫系が自分自身の器官・細胞を攻撃してしまう病気である。


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