「想定外」から脱却できる、真の対策を何かがおかしいIT化の進め方(50)(1/3 ページ)

16年前、阪神淡路大震災の渦中に筆者はいた。当時を思い出し、今回の東日本大震災で亡くなられた方々、被災された方々の状況を想うと本当に心が痛む。謹んでご冥福、お見舞いを申し上げたい。

» 2011年04月07日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

問題を直視しよう

 なぜ、かくも政治が弱体化したときを選んだようにして災害が起こるのか、との思いもあるが、胸に突き刺さったのは先般の津波の恐しさだ。残った建物や津波襲来直前の家屋の映像を見ると、被害の多くは地震よりも津波によるものだと思う。

 一方で、原子力発電所の大事故については、この原稿を執筆している2011年3月29日時点では、収束の先行きは全く見えない。この収束なくしては震災の復興の姿は見えてはこない。

 そうした中でも、いま、どうしても考えておかなければならない問題がある。

 昨今、いろいろな分野で「あってはならない」ことが頻発している。「想定外」をその言い訳にする。今回の地震と津波は天災であっても、これを引き金に起きたことの多くは人災だと思う。だが、本来なら、責任を感じるべき立場の人たちから、早々と責任回避の発言が始まった。「想定外の大津波」の合唱である。

 しかし、この“外れた”想定を設定した、あるいは追認した人や組織があったはずなのだ。ここで個人や組織の責任を問おうというのではない。「こんな状況を生み出す構造」が問題なのだ。ここにメスを入れない限り、問題は再び起きると思う。

都合の悪いことには目をつぶる“構造”が人災を招く

 福島第一原子力発電所を計画した1960年代、大陸移動説を起源とするプレートテクトニクス理論は、まだ主流ではなかったが、1896年にマグニチュード8.5を記録した明治三陸沖地震で、三陸海岸に20メートルを超える津波が押し寄せた記録はあった。今回の地震はその少し南側で起こった。その後、プレートテクトニクス理論は広く認められることとなり、プレート境界で起こる、いわゆる「海溝型大地震」のメカニズムは解明されつつあった。

 西暦869年、今回とほぼ同じ地域で起こった貞観の大地震と津波の様子を記した古文書もあった。計画当時には、詳しいことは分かっていなかったであろうが、その後の地層調査などから、今回とほぼ同じような地震や津波が貞観の時代に実際にあったことは明らかになっていた。

 阪神淡路大震災と、東京電力の柏崎発電所が被災した中越地震の震度は、想定を大きく超えるものであった。これを受けて、原子力発電所の耐震基準見直しが全国的に行われたが、今回のような「海溝型地震」が起こり得る地域の発電所について、「津波対策を強化した」という話がなかなか見つからない。

 また、その背景や、それがどのように扱われたのかは定かでないが、ある野党の福島県支部が、今回大事故を起した福島第1発電所について、「チリ地震津波クラスの津波が来ると、その冷却機能が失われる可能性がある」ことを具体的に指摘し、調査と改善を求める要望書を、2007年に東京電力の当時の社長宛てに出していた、という情報があった。

 見直す気になればそのチャンスはあったとは思う。しかし、人は目先のことには敏感でも、先の可能性に対しては甘くなりがちである。原発分野の専門家や政府には「原発推進の妨げになるようなことはできるだけ小さくしておきたい」、電力会社は「できるだけお金の掛かることはしたくない」、役人は「いったん認めたことは修正したくない」など、それぞれの立場で、“自分たちの不利益につながる知見を重くとらえたくない”心理が働くのが普通であろう。「世界唯一の被爆国」と言いながら、“経済”を失いたくない価値基準の中で、放射線の怖さへの認識が国全体で失われてしまっていた。

 また、事故を起こした福島原発の映像を最初にテレビで見たときには本当に驚いた。この時点では、建物が破壊された状況や煙が映っていたわけではない。驚いたのは、この狭い敷地に6基もの原子炉を集めて建てている異常さにである。関係者が、それに疑問を感じなかった異常さにである。全国各地の多くの原子力発電所もまた、ほぼ同じように何基もの原子炉を狭い敷地に密集させた形になっている。

 停止した原子炉も、使用済みの燃料も、5〜10年間は安定的に冷却し続けなければ熱を出して溶け、危険な放射線や水素ガスを出し始める。その何千本もの使用済み燃料棒もまた、同じ場所の水槽中にあるのだ。1基の原子炉から大量の放射線が漏れる事故が起これば、他の原子炉にも人が近付けない状況になる。こんなことが長期に続く。人が入って保守できなければ、冷却水ポンプのフューズ一本飛んでも危険な状態に陥る。そんなことは専門家は十分に知っていたはずだ。恐ろしいのは、このように「専門性の高い分野で、専門家の多数が一方の側に偏った場合、事実上、チェックが効かない体制になる」ことだ。

 また、テレビで次々と類焼する石油コンビナートの映像を見たが、法律に違反しているわけではないだろうが、このタンクの集積は素人目にも危ないことが分かる。現場を見れば、机上の計算や文字で書かれた規則からは見えないことが見えてくる

 これらのことは他の分野にも当てはまる。IT分野でも気を付けなければいけない。IT戦略、企画などといって本社のオフィスに閉じこもっていては“本当の問題”は見えてはこない。

 今回の事故の背景には、「都合の悪いことはなかったことにする」「あってはならないことは起こらないことにする」といった、人や組織の体質、構造があったように思う。そのように考えると、事故以前から現在に至るまでの関係者の言動と、生じた数々の事象とのつじつまが合う。

 感覚力抜群の大阪のオバちゃんは言う――「難しいことは分からんけど、偉い人の言わはる“想定”に対して、うちらは“想定外”を想定しとかんとあかんな」

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