利用客のナレッジを取り込むポータルブログ[阪急電鉄]ビジネスWeb 2.0事例 (1)(1/2 ページ)

顧客に読ませるマーケティング用コンテンツは、プロにつくらせるものとの考えが当然だった2000年ごろに、阪急電鉄では顧客に書かせるという発想に基づくWebコンテンツを立ち上げた。きっかけは非常にシンプルなアイデアだった

» 2006年05月20日 12時00分 公開
[柏木 恵子,@IT]

 企業のマーケティングツールとしてのブログ利用が広まっている。企業情報を提供するホームページは静的なものだが、頻繁に更新されコミュニケーション機能が充実しているブログを、顧客を誘導するために利用するというものだ。阪急電鉄は沿線情報の提供にブログを利用しているが、複数の一般利用客に書いてもらうポータルブログという手法を取っているのが特徴だ。ユーザーの知の集合によりシステムを成長させるというWeb 2.0の本質をとらえた「ブログdeバーチャル駅長」の成立過程と運用ノウハウについて聞いた。

「利用客による利用客のための」沿線情報を2000年に開始

 阪急電鉄は自社ホームページ「@Hankyu」で企業情報を提供する以外に、時刻表や運賃といった鉄道情報や沿線情報も提供してきた。フリーペーパーを発行したり沿線情報を提供するサイトを開設している鉄道会社は多いが、その目的は一言で言うならば「沿線価値の向上」だ。沿線の魅力的な情報を提供することで、その場所に行ってみたい、あるいは住んでみたいという気持ちを起こさせるためのものである。

 阪急電鉄ではWebによる沿線情報提供に2000年ごろから取り組んでおり、さまざまなコンテンツを提供してきた。これらの事業を担当しているのは、同社経営企画部だ。グルメ情報や就職情報など、いわゆる地域情報誌などに見られるものを試してきており、それを収益に結び付けようという案もあった。しかし、社員だけでそれらの情報提供事業を賄うには限界がある。そこで、広告事業となるグルメ情報などはパートナー企業に任せるなど、徐々に体制が整理されていった。

 さまざまなコンテンツを試してきた中で、2000年当初から人気の高かったものが、一般の鉄道利用客に「バーチャル駅長」として沿線情報の紹介をしてもらう日記形式のものだ。まだブログという言葉が広く知られる以前だが、オンライン日記のCGIを独自に開発し、利用したコンテンツだった。10人から20人の日記ライターを一般公募し、その記事を集めたポータルとしての「バーチャル駅長室」を公開していた。

 内容は、駅長日誌や今月のスポット情報、今月いちおしグルメなどさまざまな内容を自由に書いてもらうもので、コミュニケーションツールとして情報投稿コーナーやメールも利用していた。広告事業と違い、自社としては直接の収益を何も生み出さないコンテンツであったが、独特の盛り上がりを見せていたこの「バーチャル駅長」は、前述のように体制の整理が進む中でも変わらず続いていったのである。

 この、一般の利用客の知識や知恵を集約するという発想は、Web 2.0の典型的な成立要件である。2000年当時からこのことに着目していたとは、素晴らしい先見の明があったわけだが、阪急電鉄経営企画部 藤井裕志氏によれば、キーワードは単純なことだという。つまり「沿線のことを知っているのは、18歳とか22歳で働き始めて仕事で来ている社員ではなく、20年とか30年、もしかしたら40年そこに住んでいるお客さんです」ということだ。そして、「沿線のこと知ってるのはお客さんや」というキーワードを実現するためにどうしたらいいかというアプローチの結果、利用客が書く日記という手法に行き着いたわけである。

コミュニケーション機能が充実しているブログへの移行

 2003年ごろに日本でもブログが登場し、その後世間でもてはやされるようになった。その流れを受けて、この日記形式の「バーチャル駅長」をブログにしたらどうかという検討は、2004年から始まった。企業がマーケティングやブランドイメージ向上のためにブログを利用する、ビジネスブログが広まり始めた頃である。もともとWeb上に展開しているコンテンツがあり、日記作者にそれぞれの記事を書いてもらうという基礎はできている。検討すべきは、システムや新たな機能の使い勝手である。そこで、藤井氏らは、試しに個人のブログを持ってみたという。

 日記をブログに変える理由は、ブログの持つコミュニケーション機能により、コンテンツがより膨らむだろうという期待があることだった。日記形式はスタンドアローンの情報だが、ブログにはコメント機能やトラックバック機能が標準で搭載されている。鉄道ということで情報の切り口は固定してくるし、ライター個人の好きなジャンルに偏りがあるものだ。駅というキーワードで固定のライターだけが情報を蓄積していくと、その広がりには限界がある。そこで、さまざまな人に情報発信してもらえる環境を作ろうというわけだ。

 ブログに移行したことで始まった新しい試みとして、各駅長のブログにコメントやトラックバックを受け付けるだけでなく、トラックバックを専門に受け付ける「トラックバックセンター」を設けている。ここには、駅長であるライター以外の人の記事へのリンクがどんどん溜まっていく。これにより、サイト全体では、見かけ上のコンテンツの数が増える。しかもコストは掛からない。

 これ以外にも、もちろんブログの特徴であるSEO対策に有利であるとか、RSSによる情報発信ができるという利点がある。また、ブログ内検索が可能であることもブログの優位性だ。

複数のブログを統合するためポータルブログを採用

 バーチャル駅長室の新バージョンである「ブログdeバーチャル駅長」は、2005年11月にスタートした。システムとして利用しているのは、CATWALKがパッケージとしてライセンス販売している「PwBlog(パワーブログ)」である。PwBlogは、CATWALKが独自に開発したブログエンジンで、ポータル機能を持っているのが特徴だ。ブログdeバーチャル駅長は図1のようなシステムで構築されている。

ALT 「ブログdeバーチャル駅長」の運用概念図

 一般的なブログツールは、記事の投稿やサイトの管理を1人で行う設計になっている。個人でブログを立ち上げる場合やビジネスブログでも企業自体が情報発信する場合はそれで十分だろう。しかし、バーチャル駅長は数人のライターがそれぞれ自分の責任で記事を投稿し、それらのブログをポータルの画面にまとめる必要がある。PwBlogは、ブログ1つごとにユーザー(ライター)が管理する機能と同時に、各ブログをまとめたポータルを管理する機能が標準で装備されている。阪急電鉄がこのシステムの採用を決定した理由はそこにあったという。

 また、阪急電鉄としては、旧バーチャル駅長からのシステム更新によってデザインが大きく変わることも避けたかった。ブログ化したことでニュースサイトのような文字で埋め尽くさたトップ画面になると、それまでの読者が離れてしまうかもしれないからだ。PwBlogでは、デザインのカスタマイズの点でも細かく対応可能だったという。

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