情報システムと顧客との関係顧客指向開発のすすめ(1)

そもそも企業にとって顧客とは何なのか。顧客の定義は、情報システムを構築するうえで大変重要なものである。企業の情報システムは、誰が操作するかによらず、企業と顧客の間を仲立ちするためである。

» 2007年03月08日 12時00分 公開
[營田(つくた)茂生,日立ソフトウェアエンジニアリング]

顧客の定義

 企業にとって顧客とは何か。筆者はさまざまな企業にお邪魔した際、実際に聞いてみるのだが、「あなたの会社にとって、良いお客さんは?」の問いに明快に答えてもらえることがほとんどない。この質問は、B2C(企業/ 顧客間取引)あるいはB2B2C(企業/企業/顧客間取引)を想定して発している。多くの企業がCRMやSFAなどの導入に当たって、顧客像について明快な答えを持っていないというのが、まず大きな問題である。顧客像がなければ顧客との関係強化を考えても意味がない。

 あなたの所属する企業では、顧客をきちんと定義しているだろうか? どのくらい顧客がおり、どのような顧客が「良い顧客」で、どのような顧客が「望ましくない(悪い)顧客」と定義されているかどうか。

 また、定義しているとすれば、その定義に従った業務設計がなされ、企業内の誰もが(あるいは関係先も含めて)、「良い顧客」にとって望ましい行動を取れるようになっているだろうか。逆に「望ましくない顧客」に対しては望ましくない取引を減らしたり、「良い顧客」に変わってもらうためのメッセージを出したりしているだろうか。

 「良い顧客」「望ましくない顧客」と定義するためには、企業と顧客間にあるさまざまなやりとり/取引を特定し、必要十分な定量化を行い、分析可能な状態としておく必要がある。また、日本企業に多い「すべてのお客さまを大切に/平等に」という悪平等から抜け出す思考を身に付けなければならない。第2回において、顧客の定義と関係の構築について述べる。

組織とプロセス

 企業は特定の目的を達成するために、さまざまな役割を分割し、個人個人および集団(=部署)ごとに専門分化された役割を与え、その活動を統合・調整する「組織」を持つ。

 顧客に対し製品、サービス、サポート、情報といった価値を提供する一連の流れは、個人や1つの部署で完結することはない。複数の部署がそれぞれの役割を果たしながら連鎖し、顧客に対してアウトプットを生み出していくこととなる。この役割を果たしながら連鎖していく部分がプロセスである。

 あなたは部署間の調整に苦労したことはないだろうか? 部署間の調整に苦労する理由にはいくつかあるが、多くは役割の境界線や責任分解点について押し合いになることと、部署間で物事の定義/見解の相違があることと部署ごとに持っている情報の量や精度に差があることに起因しているのではないだろうか。これらはいずれもナレッジのアンマッチからくるものである。ここでいうナレッジとは、知識だけでなくデータ、情報、ノウハウ、知恵など組織の知的資産全体を指すものとする。下記の図にナレッジのアンマッチのイメージを示す。

ALT ナレッジのアンマッチのイメージ

 部署間の調整がつかないまま企業としての行動に出るとどうなるだろう。部署間で異なる答えをするということになり、顧客に対しては意図しない複数のメッセージを送ってしまう。企業として顧客に対しより良い製品、サービス、サポート、情報といった価値を提供するためには負の要素となる。まず関係する部署間で製品やサービスといった自社側の情報だけでなく、顧客との関係を表す情報を含め、ナレッジを共有するところが顧客との関係強化のスタートラインであるといえる。

 顧客が「次も買いたい」「次も使いたい」と明確に意思を持って選択する場合、その判断の根底に経験(良好な商品/サービスの経験)=カスタマ・エクスペリエンスが存在する。顧客視点で見たときに「良好な経験を生む」組織とは、顧客から見える部分はもちろんのこと、顧客から見えない裏方の仕組みまで、良好な経験を生み出すための組織間連携を持っていなければならない。

 例えば、親切で人当たりの良い営業員が出来の悪い製品を扱っている場合はどうだろうか。顧客は親切で人当たりの良い営業員とは付き合いたいかもしれないが、出来の悪い製品にお金を払うことには抵抗があるかもしれない。営業部門の成績が上がらないのは、各営業部員の資質や営業組織などの問題ではなく、出来の悪い製品やその出来の悪い製品を許容している設計部門/製造部門、あるいは出来が悪いと顧客が判断していることを共有できない組織間連携の問題であるかもしれない。

 また、使い捨てではない製品で、デザインは優れているが、耐久性のない製品ではどうだろう。たまにしか使わない顧客はデザイン優先で選んでくれるかもしれないが、多くは耐久性の高いほかの製品を選ぶだろう。デザイン部門などの声が強過ぎたのかもしれないし、耐久性の出せないデザインを受け取り、諾々と設計した設計部門にも問題があり、優れたデザインと耐久性を両立させる組織間連携が作れていないところに問題があるのかもしれない。

 顧客に対し、良好な関係を作り出すための組織間連携はどうあるべきか。第3回、第4回の2回にわたり、どのように考え作り上げていくべきか、組織とプロセスやITによる支援という観点から述べる。

顧客とのインターフェイス設計

 顧客との関係強化を考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは顧客との接点を持つ営業などの部門かもしれない。しかし、本当にそれだけであろうか?

 現代ではフェイスtoフェイスのやりとりだけでなく、電話、FAX、Web、電子メールなどさまざまな顧客接点(チャネル)が存在する。さらに、製品そのものも顧客接点といってよい。それぞれのチャネルが異なったメッセージを発していたり、製品の使い勝手などが企業として統一感のないものだったりでは信頼できない企業とも取られかねない。

 まず、顧客接点≒チャネルの特性について考えてみる。販売する製品やサービスによってさまざまではあるが、下記の表のようにまとめた。

  時間的
自由度
距離的
自由度
特徴
フェイスtoフェイス
(訪問型)
コミュニケーションとしては効果的
フェイスtoフェイス
(来店型)
コミュニケーションとしては効果的
郵便 大/小 大/小 出すときの自由度は大きいがやりとりに時間が
かかる
電話 携帯電話の出現により時間的自由度も緩和
FAX 誤送信が問題であり、金融機関等では利用を
減らしている
Web PULL 定型
メール PUSH/PULL 定型/非定型

 かつては訪問型にせよ来店型にせよ、フェイスtoフェイスであった。これに郵便、電話、FAXという非フェイスtoフェイス型の顧客接点が追加されてきた。非フェイスtoフェイス型顧客接点の特徴として、フェイスtoフェイス型に比べて、時間や距離の自由度が高くなったという点が挙げられる。例えば電話であれば、つながる限りお互いがどこにいてもよいという距離の自由度が高い。しかし、時間には自由度はなくフェイスtoフェイス型と同様に、同じ時間を共有する必要がある。郵便では、距離の自由度は高いが、時間の自由度は発信時には高いものの、1つのやりとりが完了するまで多くの時間(距離や郵便事業者などの利用者の制御範囲外に依存)を要する。FAXは時間、距離ともフェイスtoフェイス型や電話、郵便に比べて自由度が高い。

 一方で、FAXは10〜11けたの数字の組み合わせからなる電話番号だけで送れるため、誤送信が問題である。間違い電話であれば、重要な内容を話す前に電話を切るのに対し、FAXでは相手方がFAX受信可能であれば送ることから、間違いであっても重要な内容をそのまま送るためである。

 ここ十数年来、Web、電子メールという新たな顧客接点が加わり、距離や時間の自由度が増している。

 多くのチャネルでは、これらの顧客接点の1つだけを利用するわけでなく、組み合わせで利用している。例えば、ある営業部門の営業員が顧客先に赴く際、電話やメールでアポイントメントを取り、実際に訪問するというように適宜組み合わせている。

 顧客からの視点で考えた場合、○×株式会社という会社はどのチャネルであっても○×株式会社である。Aという窓口とBという窓口でいうことや扱いが違っていては困る(または頭にくる)し、時間が取れないからWebで申し込んだのに、9時から17時の間にどこそこに来いといわれても困る(あるいは、付き合い切れないとあきらめる)。

 それぞれの顧客接点で働く人が別であっても部門が別であっても、顧客の求める品質や信頼を損ねることになってはならない。また、顧客が選好する方法での顧客接点を維持するべきである。

 連載の第5回では、信頼されるチャネル間連携と題し、顧客を基点としたやりとりをどのようにデザインすれば顧客との関係強化につながるのかを述べる。

ITとして実装

 最後にまとめとして、IT側の観点から顧客との関係強化に当たっての実装ポイントを示す。

 チャネル間連携を実現するためには、データコンソリデーション(データの集約化)やSOA(Service Oriented Architecture)、EA(Enterprise Architecture)的な取り組みや実装が不可欠である。しかし、現在の企業では業務システムだけでなく、情報系システムやグループウェア、さまざまなチャネル系システムなどが存在している。この多種多様なシステムを一気に改造することは大変難しい。

 段階を踏んで実現していくとすれば、どのような点に留意すべきなのか、ビジネス上の時間軸に対応していくためにはどう考えるべきなのかについて、連載の第6回にて述べる。

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