連載
プロジェクトは「やる気」で成功する(1)


補足解説――クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメントの「やる気」という落とし穴

竹之内 隆
カイゼン本舗

2010/1/26

「本文」<Page2>へ戻る

 本文中では簡単に説明しましたが、なぜ「やる気」が大切なのか、もう少し詳しく説明しましょう。

 まず、以下の図1を見てください。これは時間的に最も長くかかる作業の連鎖「クリティカルパス」を表した図です。各工程を示す赤い矢印の下の( )内に、次の段階までにかけてよい余裕時間(「フロート」と呼ぶ)が示されています。四角の枠内の数字は、その段階に至るまでのフロートの合計数で、上段が次の工程に入る最早開始時刻、下段がその前の工程を終える最遅完了時刻を表しています。

クリティカルパス
図1 クリティカルパス。各工程を示す赤い矢印の下の( )内は、次の段階までにかけてよい余裕時間。四角の枠内の数字は、その段階に至るまでのフロートの合計数で、上段が次の工程に入る最早開始時刻、下段がその前の工程を終える最遅完了時刻を表す

 2本の線のうち、より時間がかかる赤い矢印の経路がクリティカルパスとなります。ゴールドラット博士が指摘した「リソースが限られているために発生する従属関係」は考慮していません。このクリティカルパス上の作業が遅延すると、プロジェクト全体の納期を遅らせてしまうことになり、逆にクリティカルパス上の作業を短縮できるとプロジェクト期間も短縮できるというわけです。

 一方、「クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント」とは、従来のプロジェクト管理手法のように各工程の締め切りを積み上げていくのではなく、リソースの制約条件を加味したうえでクリティカルチェーンを導出し、さらに、「納期を起点に、プロジェクトを短縮化する方向で計画を考えていく」手法です。

 従来の管理手法は、「個々の工程が計画どおり確実に終了すること」を前提にしてきました。そこでプロジェクトマネージャは、計画立案の際、まず現場の人間に工数見積もりをヒアリングするのですが、現場の作業者は遅れを出さないように多めに作業時間を見積もり、多くの余裕を確保しようとします。その余裕について、ゴールドラット博士は「多くの作業者は実質的に2倍の時間を確保しようとする」と指摘しました。また、「2倍の余裕時間を確保しても、作業の着手を先延ばしにする」など、往々にして計画が遅延しがちであることにも着目したのです。

 そこで博士は「プロジェクトバッファ」「合流バッファ」という概念を導入します。プロジェクトバッファとは、各工程が取っている余裕時間をひとまとめにしたものです。ポイントは、この余裕時間を個々の作業者ではなく、「プロジェクトマネージャが管理するもの」と定義したことです。

 余裕時間の使い道を作業者に委ねてしまうと、作業への着手を先延ばしにされがちですが、プロジェクトマネージャがそれを取り上げてしまえば作業者は即座に作業を始めなければなりません。もし、工程における作業が遅れそうなら、プロジェクトマネージャが管理するプロジェクトバッファから「あと1日作業時間を与えましょう」というようにあらためて割り当てます。いわばプロジェクトバッファとは余裕時間の貯金のようなものです。

 一方、「合流バッファ」とは、クリティカルチェーン上にはない工程が、クリティカルチェーンに合流する段階に設置される安全時間のことです。つまり、この時間に余裕があれば、クリティカルチェーンには影響を与える可能性がない、すなわちプロジェクト全体の完了期日には遅れが生じないことを示します。

 さて、こうしたことを踏まえて図2を見てください。これは図1と同じプロジェクトを、“納期を短縮する”ことを目的としたクリティカルチェーン・プロジェクトマネジメントの考え方で再計画したものです。

クリティカルチェーン
図2 クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメントの考え方。「プロジェクト全体の余裕時間はプロジェクトマネージャが管理する」「作業者は実質的に2倍の時間を確保しようとする」ことに基づき、各工程にかける時間を図1のほぼ半分に設定している。遅れが生じたらプロジェクトバッファ(PB)から割り当てる。図中の「FB」は「Feeding Buffer」の略で「合流バッファ」のこと

 2本の線のうち、より時間がかかる赤い矢印の経路が、リソース競合の問題も考慮したクリティカルチェーンです。一方、「PB」、プロジェクトバッファを見ると、図1と同じ「130」となっています。しかし「多くの作業者は実質的に2倍の時間を確保しようとする」ことから、各工程における作業時間を、こちらは図1の約半分に見積もっていることに注目してください。

 このペースでプロジェクトを進め、万一、各工程の作業が時間通りに終わらなかった場合のみ、プロジェクトマネージャがプロジェクトバッファから時間を割り当てる――そんな具合に計画を進めれば、単に見積もり時間を積み上げて作った計画に沿って作業を進めるより、納期を大幅に短縮できるというわけです。

 ただ、ここで大きな問題が残ります。「実質的に2倍の作業時間を確保したがる」各作業者に、その半分の時間で作業をこなしてもらうためにはどうすればいいのでしょうか? 「とにかくやれ!」と命令すればよいのでしょうか? そんなわけはありません。加えて、「リソース競合の問題自体はクリティカルチェーン・プロジェクトマネジメントでも解決できない」とゴールドラット博士は明言しています。つまり「リソースは限られていることが大前提」であり、半分の時間で作業をこなすために作業者を増やす、といったこともできないのです。

 すなわち、こうした既存の管理手法を有効活用するためのカギは、本連載のテーマ「“やる気”をどう管理するか」にあるというわけです。

「本文」<Page2>へ戻る

既存のプロジェクトマネジメント手法の落とし穴とは?
  Page1
人は論理のみでは動かない、動かせない
PERT/CPMの“落とし穴”を指摘したゴールドラット博士
  Page2
“人間らしさ”という制約条件
もはや「やる気」は避けて通れない問題
→ 補足解説ページ
クリティカルチェーン・マネジメントにおける「やる気」という落とし穴

この記事に対するご意見をお寄せください managemail@atmarkit.co.jp

キャリアアップ

@IT Sepcial
@IT Sepcial

「ITmedia マーケティング」新着記事

最も利用率の高いショート動画サービスはTikTokではない?
ADKマーケティング・ソリューションズは、ショート動画に関する調査結果を発表しました。

古くて新しいMMM(マーケティングミックスモデリング)が今注目される理由
大手コスメブランドのEstee Lauder Companiesはブランドマーケティングとパフォーマンス...

Yahoo!広告 検索広告、生成AIがタイトルや説明文を提案してくれる機能を無料で提供
LINEヤフーは「Yahoo!広告 検索広告」において、ユーザーが誘導先サイトのURLを入力する...